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……さぁな。
[ 琥珀から黄金へと変わる濡れた双眸を眺める黒曜石は揺れる事も無く。]
然れど、獣に堕ちてしまえば昏き闇に揺蕩えば、其れは快い事だろう。
[ せせ嗤う様な声ながらも、薄い口唇からは零れる吐息は僅かに甘い。]
成りたいのなら、――己が欲望の儘に動けば好い。
[ 差し伸べられた手は誘いか。]
[突き放す様で居て][誘い掛ける様な]
[其の言葉に]
[ゆっくりと眸、瞬かせ]
[瞬時差し伸べられた手を見つめる]
[けれども躊躇いは無く]
[手を取り]
御自由に?
[ 近付く其れにも動じた様子も無く微笑は湛えられた儘。]
尤も。俺は、喰うなよ。
[ 触れ合った手をすいと別てば彼の指先が男の口唇を掠めるもそれも叉直ぐに離れ、服の内より取り出すのは皮鞘に包まれた短剣。抜き放たれた其れの柄に刻まれしは緑髪の少年の名。其の刃で自らの左腕に立て軽く引く。]
此れくらいならやるが。
[ 零れる緋色。]
嗚呼……。
[腕に引かれた緋色の線に吸い寄せられ]
[蕩けた蜜の色した眸][黄金に煌き]
[逡巡を振り払う様に]
[久しく求めていた]
[赤く赫い][甘く甘い]
[生命の美酒に口を付ける]
[やがて、刻至れば]
[濡れた琥珀][満ち足りた微笑]
[緋色に口唇を染めて、]
[冷艶な黒曜石の眸を見据える其の顔には]
[*獣の嗤い。*]
[ 零れた緋色の雫で渇きを潤す男を見遣るは月の如き光華を湛える黒曜石の双眸。其の幼子の如き様相に彼は何を思うか、然し浮かぶのは微かな艶笑。]
……今晩和、同族?
[ 軈て欲望を充たした獣を眺めれば、先程の様に男の濡れた口唇を其の指先でつ、となぞって緋色を掬い取り、*薄い口唇は三日月を象って歪む。*]
─浴場─
[湯の中に浸かって、物思いに耽る。
表情はやや、陰りを帯びて見えたか。
しかし、薄紫の瞳には、感情らしきものは見えず、どこか虚ろ]
……結局…………最後に、決めるのは、自分なんだよね。
[ぽつり、と。
ずっと考えていた事を口にして、湯船から身体を引き上げる。
いつも男物の装いに包んでいる肢体は華奢で。
今は、表情の虚ろさとも相まって、容易く手折れそうにも見えた]
力の印……巫女の印……異能の証。
……人にも、異形にも。
どちらにもなれない、どちらにも寄れない、中途半端な存在、か。
……どちらにも、受け入れられないなら。
何のために、いるんだろうね、ボクらは。
[ふる、と首を振り、脱衣場へ。
身体の水気を丁寧に取り除き、用意してきた着替えに身を包む。
それまでの、男物ではなく、女物の衣類に。
着替えを済ませるとしばしの逡巡の後──外へ]
─館外・吊り橋跡付近─
[いつかのように、対岸を見やる。
でも、やはり対岸には誰もおらず、ただ、風鳴りが響くのみ]
……ね、ばーちゃん。
ばーちゃん、言ってたよね、確か。
じーちゃんに、殺してほしかった……って。
一番、大事なひとに。
ボクは……どうなんだろね?
そも、そういうんじゃないしなぁ。
[言葉と共に、くすくす、とこぼれる笑い声は楽しげで]
……ま、なんでもいいや。
わかってるのは、「いなくなったらやだ」って事だけ。
それから、「いなくなったから悲しい」って事。
……ボクは人でも異形でもないから。
どちらの決め事にも、縛られはしない。
どうせ、異能としてしか生きられないなら……そこから逃げない。
……こわいけど……ね。
[最後の言葉は小さく呟いて。ゆっくりと踵を返し、館へと戻って行く]
─音楽室─
[館に戻り、足を向けるのは音楽室。
いつかの事を思い出せば、僅か、その表情は陰りを帯びるか。
それでもすぐに、その色彩は失せ。
開かれる鍵盤。
そっと、指が落ちて。
*紡がれる旋律*]
―自室―
[早朝。未だ館の多くは眠りにつく時間帯か。
それは彼女の眼前で寝息をたてる少女もまた例外ではなく。
昨夜の少年の死も相俟ってか、相当に疲れているのかも知れなかった。少女が未だ起きる気配がないのを見て取り、薄暗い部屋の隅よりスーツケースを引き出す。錠を外し、中に眠る銀色の小箱を手に取る。
蓋を外せば、そこにあるのは一見すれば銀の弾丸。けれどかの牧師の持つ物より輝きは劣るか]
[それから彼女の視線は左の腕へと移される。
ぱちりと袖のホックを外した。覗く小さな皮のホルスターに収められた、やはり銃と思しき黒い塊を掌中に。丁度彼女の掌に収まるサイズのその隅には、彼女が仕えていた家とは違う紅い狗の紋が刻まれる。
それは幾年も前、表には出ることなく滅ぼされた“施設”のもの。
“銃”に“弾”を一つだけ込める。
両手で握り、狙う先は少女]
――…
[少女に向けて放たれた弾丸は銀粉の光を纏う壁となる。
獣の悪意には強靭な、けれど人からのそれには脆く儚い]
[彼女が全てを元の通りに戻し部屋を後にする頃には、その壁は人目には見えないものへ]
――広間にて――
[悲しみの果てに歯車が狂った情景を、少女はどこかぼんやりと眺めていた。]
[悲しみに暮れて責め立てる少年に、振り払った青年の力はあまりにも多大すぎたのか――]
[がたり――]
[音を立てて崩れ行く少年は、あまりにも脆くて――]
[悲嘆にくれる蒼髪の青年の声と少年の呟きに、少女はぎゅっと自らの手を握り締めて――]
どうして…?どうして人は――…こんなにも愚かなの…?
[息絶えていく年端の変わらない彼の事を思い――
はたまた自らの体験と重なったのか――]
[こつり――]
[少女は靴音を立てて――]
[さらり――]
[金糸を揺らしながら、神父と共に名も知らない少年へ、祈りを捧げた――]
[悲壮に暮れるその場から少女が立ち去ったのは、神父の導きか、それとも少女自身の体力の限界が近付いていたのか――]
[変わらず大きな手に自らの白い手を重ねて、向かうは少女に割り当てられた部屋へ――]
――広間→客室へ――
[部屋に入るなり、少女の記憶はそこで途切れる。加害の者もいない、言わば信頼できる者だけで囲まれた空間、父のような存在のルーサーの温もりに安堵したのだろうか――]
『おやすみ、ウェンディ。良い夢を――』
[夢現で囁かれた初老の優しい声色に、少女は確かに微笑み、瞳を閉じて眠りに就いた――]
[その声が――]
[彼の最後の言葉になろうとは知る由もなく――]
――客室――
[窓から差し込む朝日に、少女は静かに目を覚ます。
――清々しい朝。置かれた状況を考えれば、朝日と共に新たな情報を与えられるのだが、今はただこうして。無事に朝日を拝めることだけでも、少女にしてみれば喜ばしいことだった――]
おはよう、神父様。今日もいいお天気みたいよ?
[部屋を一歩出れば、また惨劇の舞台へと借り出される身だとは理解っていながらも。
――せめてこの部屋にいるときだけは…、擬似的な平和である日常を味わいたくて。
少女は努めて明るい声で室内へと振り返った。
在るべき筈姿を求めて――]
[しかし、少女の目に映ったのは――]
[机の上に無造作に置かれた――]
[一枚の紙――]
――客室――
[一枚の紙を手に取り、少女は無言でそれを握り締めると。
無造作にドアを開けて部屋を飛び出した。]
どうして…?
どうして片時も離れなかったのに、『今回だけ』一人で出て行ったの?神父様…。
――調べたい物って…夜が明けてから…せめて人狼が動けなくなる夜明け以降では…だめだったの?
[少女は屋敷内の廊下を駆け巡りながら、ルーサーの姿を探し始める。
脳裏に浮かぶのは、走り書きに記されていた言葉――調べ物――と、夜が明けても戻ってこなかったら――の二つの文。
それが何を意味しているのか――
解らない少女では無く――]
――客室→広間→アーヴァインの部屋へ――
[少女は記憶を辿り、神父と共に向かった場所を見て回る。
花を摘み取った温室を覗き、広間へ。
そこに武器庫の鍵が置いてあることを確認すれば、少なくても武器庫には用が無いと思われ――]
調べたいもの…調べたい…。
人狼が活動する時間にでも調べたいものって何…?喰われたあのお姉さんの事?
――きっと違う…。死体損壊について調べたければ、昨日の時点で済ませている筈…。
二人で巡って…まだ行って無い所は何処?――夜中で無ければ駄目な場所とは…?
[――少女は記憶を遡って――]
[一つだけ合致した場所のドアノブに手を掛け――]
[かちゃり――]
[静かに扉を開いた――]
――室内へ――
――アーヴァインの部屋――
[ドアを開けると、まだ温め切れていない風が室内を漂っていた。
開け放たれた窓に、靡くカーテン。
その緩やかな動きに目隠しをされながら、少女は一歩ずつ室内へと歩みを進める。]
[潮の満ち干きに似たカーテンの動きに合わせて、揺らめく赤の色彩――]
[ふわり――]
[目隠しが外れれば――]
[少女の目に映し出されたのは――]
しん…ぷ…さま?
[横たわる、変わり果てたルーサーの姿――]
-ネリ−私室/朝-
[目がさめると、いつものように彼女の姿はない。
いつもならすぐに身支度を整え、部屋を出るヘンリエッタだが、今日は違った。
寝台の上、膝を抱えたまま動かない。
赤褐色の目は目の前の壁を指すけれど、少女が真に見ているのは記憶の中の光景。
緑の髪の少年の血に汚れた無惨な顔。
赤く染まった床と、赤く染まった青髪の男の腕。
少年を殺したのは、人ならざる力ではない。]
……人だって、人を殺せる。
[ならば、人と獣と何が違うと言うのだろう。]
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