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――ああ、またお前、こんなに怪我して。
昔からそそっかしいとこは変わってないな。
[ややあって、口唇から洩れた言葉は、]
ほら、動けないのか?仕方ないな。
保健室に連れてってやるから。
[あかい水溜りの中から、その身体を抱きかかえ、]
軽いな。
お前ちゃんと食べてるか?皐月さんも心配してたぞ。
[笑う目は虚ろで、現実を見ていなくて、]
……ちょっと……待て……よ。
[そんな冷静な一部分が]
俺……こんなの、知らない……。
[言いようもなく怖くて]
こんな……の……。
[ふ……と。
泳いだ視線が、校庭の桜の大樹を捉えた]
……さくら……。
[昨日、登って転寝をしていた時は、青々としていたそれは。今は、季節にありえない様相で。
そこから感じる力の意味を、冷静な一部分はしっかりと理解しているのが、わかった]
”餌”ども。
たとえ
此処から逃げようとしたとて
[左右に誰も居ない、男子寮と向かい合ったベランダで
俯いた、唇から零れる
フユの声に依る独白]
……………………無駄だ。
…あ、
ハルヒ。
ハルヒは。
[震える手で、黒携帯を再び、取り出す。
ビニール袋が、風に揺られて、不快な音を立てる。
何かが、ざわつく。
短縮ボタンを押して、通話を、
―――繋がらない。
耳から離して、携帯の画面を、見る。
圏外。
今までそんな事、一度だって、なかったのに。]
[戸惑いの渦中にある生徒達は未だ知らねど
学園はいまは外界と遮断された異界と化していた]
しかし…………。
[顔を上げた。]
おれ以外にもう一匹。
どうやら、紛れ込んだらしいな……
……それにこいつはどうやら
随分と。
弱い。
[早乙女の瞳は彼女に向けられたままで、水面は朱に侵食されていく。]
[千切れとんだ腕と足が、水母のようにたゆたっている。]
[胸元は深く抉られて、それに伴い水着もかろうじて上半身に引っかかっている様な状態。]
[其れは、現実感のない風景。]
[涙を流し抑揚のない声で呟き続けるマイコに、僅かに目を逸らしたが]
……そうやって現実から逃げてると、死んだ人間が浮かばれない
…………わかってるんでしょ、もうその子、ワタルだっけか、が目を覚まさないこと
[マイコの目を見据え、そう言い放つ]
……始まった……始まったら……。
……止める?
[小さく呟いて、空へ向けて手をかざす]
……もう……『閉ざされてる』、のか……。
[確かめるような呟きに応えるが如く、その周囲に風が舞う。
風はさながら付き従うように、ごく自然にそこにあった]
[携帯が、手から滑り落ちた。]
オレ、
………行って、来る。
[声には、力はなくて。
けれど足は、地を蹴って。
駆け出す。
きっと、体育館にいる。
自分の携帯は壊れていて。
練習に夢中で、気づかないだけだ。
遠くから聞こえる声。啼き声。無き、声。]
[一度、その目が離れて
再び向いたときに、口唇が最後の名前を呟いた。
涙はもう止まらずに。]
ど、して…………?
[小さな声は耳に届くだろうか。]
なん、で……?
なんで、なんで、なんで……?
[ぎゅうと、その抉れた背を抱きしめる。
深い、ふかい、きずあと。
なにも、ない。
あぁと小さく口唇が動いた瞬間――その手のおもみが、まぼろしのように消えた]
だからっ……。
何を言ってるんだよ、俺っ……。
[翳した手を握り締め、それでベランダの手すりを殴りつける。
風が、案ずるように揺らいだ。
その感触に、気が鎮まるのを感じつつ]
わけ……わかんない……けど。
やらなきゃ……ならない……?
[確かめるように、呟く]
それが……『役目』?
[共用スペースにいる人の気配にも、その入り口に立つ少女にすら気づかない様子で。
通路を通り、何時ものように靴を履いて。
腕には亡骸を抱えたままで。]
[相変わらず滴りおちるあかが自分のシャツを染めても、一向に気にも止めないで。]
[夢じゃない、と自分の声で呟いても、やはり現実感は戻らず、駆け出すショウを呆然としたまま、見送って、再び、緋に染まった男に視線を戻す]
………先生………
[答えは返らないと判っていて、そう、呼び、ゆっくりと近付く]
[目の前の光景に唖然とする。なんせさっきまでいたはずのワタルが跡形もなく消えたのだから]
…………何これ。消えた? これってどういう原理
[理解不能でぽかーん]
[辿り着いた先、体育館には、灯りが点っていた。
―――けれど、音は、 無かった。
ここの扉は、少し、開き難くて。
何処を叩けば直ぐに開くのか。
後輩に教えたのは、自分だった。
それなのに、今は、どうやればいいのか想い出せなくて、
何度かガタガタと鳴らした後、両手で無理矢理に開けた。]
[鼻を突く、臭い。
昼にスケさんと、プールの塩素臭さは嫌だなんて話をしたっけ。
ああ、違う、それとは、違う臭いで、
視界を彩る、緋色。
そう、夏なのに桜が咲いたんだ、とても綺麗な薄紅色をしていて。
ああ、違う、それとは、違う彩りで、
何処からか、転がって来たボールが、足に当たった。
べっとりと、赤い手形がついていた。]
……どこ?
あ、れ?なに?どこ?
[あかを吸っていた服も元の白をとりもどし、
体にかかっていた重みはもうなく
起き上がって、立ち上がる]
どこ?
どこいったの……?
[きょろきょろとあたりを見回して――その端にあかをみつけて、扉へと走りよる。
視界の先には亘はいなかった。]
[だが、その身体に触れる前に、緋色の華は、白く閃く固まりとなって]
………な?!
[風が、白い花弁を舞い上げる。ざわざわざわ、と桜が嬉しげに揺れた]
『役目』……とか。
わけ、わかんない……けど。
[言いつつ、視線を向けるのは、向かい側の棟。
そこに、何かがいるのは感じられた。
それが、先ほど風で切り払ったものと同類であり──それが、更に力を得ているものなのは、感じられて]
……『憑魔』……。
[どこかに刻まれていた知識が、その名をはじき出した]
嗚呼、この感じは間違いない……。
[膝を折り、苦しげな息を吐いた。
何度か、喘息めいた呼吸をしてから顔だけを上げ
闇の向こうに呟いた。]
………『司』………。
[過去に口にした
フユの口にしたことのない、甘美な味が
舌の上に蘇った。]
[ヨウコに手をとられて最初に感じたのは、何だったのだろう。
その感情の名前を彼女は知らない。
ただ望むままに思い切り腕を振り払って]
はなし、て!
どこ……にいったの?
どこ?
[赤を追いかけるように目が動く。
なくしたくないというように。
――かれのこんせきのひとつすら、ないのだ]
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