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[子供はナターリエが守護者であることを疑ってはいなかった。イヴァンがライヒアルトによって人と判じられ、そのライヒアルトが殺された今、彼女の言葉は、子供の知る「事実」に完全に符合している]
[だから、彼女がベアトリーチェに刃を揮ったことも、当然と受け止めた。青き炎もそれを肯定するように、子供の胸をじわりと心地良い震えで満たす]
[ゼルギウスの恐慌は、子供には元より関係のないものだった。彼が朱花に手をかけない限り。そして彼が人狼であると判ずることができない限り]
[だから、子供は守護者と人狼の対決を(そう確信して)じっと見つめ続けていた。決意をもって刃を向けたナターリエ、そして、思わぬ反撃に出たベアトリーチェの姿も]
そんなに、死にたくないの。
[子供は、驚くでもなく、ぽつりと呟いた]
………死ななければ、終わらないのに。
[茶色いガラス玉の瞳が、少女の姿の人狼を映して瞬く**]
[動いていく空間。
ただ、見届けるのみの暗き翠は、静か]
……器、離れても。
力は、俺を、捕えたまま。
[ならば]
……黒御霊。
視る事となるのか。
[イヴァンが対なる力の主なのは、文字通り、身を持って感じた。
ならば、少女に死が訪れたなら、映るのはそれ]
……器。
失したのは、幸い、か。
[黒き御霊は、見出すことに悦びを与える。
それ故に、犯した過ちもある。
故に、心の奥には拒絶が根付いた]
従えば快楽、抗えば苦痛。
神の加護の象徴たる双花。
……神の名の下に。
[呟くのは、ここに集められてから、ずっと考えていた事]
……誰が。
この場を求めた?
[それを知る者は、居るや否や。
知るとすれば、最初に彼岸に送られた自衛団長か。
いや、彼すらも。
引鉄として組み込まれていたのやも知れず]
……師父。
あんたは、確か、最期に……。
[神の名を呼び、そして、人狼の名を呼んでいた。
その意味は。どこにあるのか]
……ま。
今となっては、戯言だな。
考え、答えにたどり着こうとも。
俺には、それを持って何かする力はない。
[逝けもせず、戻れもせず。
泡沫の如き場に漂うもの。
近くにあるぬくもりに、触れる事すら、叶わぬ身なのだから]
……死ななければ、終わらない。か。
[聞こえた子供の声。
呟く]
……結局、終わらせる力には、なれんかったな。
[子供が、自分にそれを望んでいたか否かは知れぬけれど。
誓いを違えた事には変わらず。
その結果は、僅かに、重い]
[その日の夜は眠れなかった。
ベッドに腰掛、さまざまなことが頭をめぐり疲れたように俯いている。
自室をノックする音]
誰だ?
[問いかける言葉に答えたのはよく知った妹分の声]
ナタリーか、適当にはいってくれ…。
[ベッドの上に座ったまま俯き、ナターリエの説明を聞いていた。
上の空、適当に返事を返し、
最後に心配する声をかけられた気がする。
適当に手を振りながら]
ちょっと疲れてるだけだ。休めば大丈夫だ。
ナタリーはまだ用事があるんだろう?
[こちらの言葉に頷き、部屋を後にするナターリエの姿を見送った]
お。
なんだァ、昨日ヤられてた奴じゃねェな。
[視線を逸らし]
[存在][眼を細め]
さては、喰われたか。
そいつはご愁傷様だ。
[口許][笑みは絶えず]
……あれを、喰われた、と称していいのかはわからんが。
いずれにせよ、奴らにやられた事だけは、間違いなかろうな。
[返すのは、ぬけがらを見て認識した事実そのまま。
笑みの絶えぬ口許。
余りにも異なる様子に。
暗き翠には、疑問の色彩]
ハ。
あんな甘ったれと一緒にすんな。
[呼ばれた名][一笑に伏す]
さァて。
相棒、兄弟、…それとも、分身と言うべきかな。
[口許を歪め]
[はぐらかすよう]
……まあ、確かに。
一緒にするのは、いささか……苦しいものがあるか。
[ぽつり、呟いて]
分身……。
と、いうよりは。
反側面、とでも称したい所だな。
[はぐらかすような物言いも、やはり、知る姿とは違うよで。
窺うよに見つつ、綴る言葉は淡々と]
[膠着していた場が動いた時ですら]
[彼に動きは無かった]
[床に膝を突いたまま、何事かをぶつぶつと呟いている]
[その呟きは極小過ぎて他には聞き取れなかったことだろうか]
[心の中で黒が渦巻く]
[負の感情]
[それが徐々に全身へと広がって行く]
[刺されたナターリエが倒れた後も、身動ぎ一つすることなく]
[本来の薬師としての行動を何一つ為さぬまま]
[ただその場に留まっていた]
[哄笑]
ッハハハ。
なるほど。
上手いコト言うなァオマエさん。
[ふと][片眉を上げ]
…おや。
噂をすりゃ、お目覚めのようだ。
[自らの隣][眼を遣る]
[どれだけの時をそうしていたであろうか、ふと顔をあげる]
ああ、そういえばナタリーが…。
[何かいっていたなと思い出し]
ヨハナさんの部屋か…。
[目の下にクマを残しながら少しふらつく様子で向かう、
部屋につくころにはきっとベアトリーチェとナターリエの決着がついたころであろう]
笑いを取るつもりは、なかったんだが。
[哄笑にも、さらり、返して]
……目覚めた?
[動く視線と言葉に、訝るように呟いて。
目の向けられた先に、自分も目を向ける]
[同時][散り散りになった存在]
[集まり][形を作る]
[先程までそこに居た『彼』][全く同じ姿で]
…う、
[眉を寄せ][眼を開けた]
[果たしてあがった悲鳴は、ベアトリーチェではなく、ナターリエのものだった。
気丈にも叫びはせず、呻くような声を吐き出すのみだったが、ぐらとよろめいた身体は傷の大きさを物語る。
ウェンデルの位置からは、少女が具体的に何をしたのかは見えないが。
その表情は微か、驚きを抱いているようにも思えた]
…随分、「お上手」ですね。
[ナターリエが油断していたとは思えない。
だからこそ、そう言葉を吐いた。
彼女の傷を心配する言は、今はない]
ナターリエ!
[何が起きたのかまでは見えなかった。
けれど、ナターリエとベアトリーチェの間で動きが有ったのは確かで。
そのうえ、ナターリエがふらついて、銀の粒子が散っていく様が翠玉に映ったから。
狭い部屋の中、駆け抜ける勢いでナターリエをベアトリーチェから引き剥がす。
宙に、紅の筋が二つ、舞った]
……な。
[拡散と、再構築。
目の前で起きた事態を、把握できずに一つ、瞬く]
……アーベル、か?
[こちらを呼ぶ声は、自身も知る者で。
つい先ほどまでとの違いに、名を呼ぶ声は問うような響きを帯びた]
[ヨハナさんの部屋につくとまず聞こえたのがゲルダのナターリエを呼ぶ声で、
そのただならぬ様子から意識が自然とそちらに向く]
どうした?
[中に入ると見えたのはナターリエとベアトリーチェを引き離すゲルダの姿だった]
また、何があったっていうんだよ…。
ナターリエ、…ナターリエっ!
薬師さ――
[幾らゼルギウスを呼ぼうと、意味はない。
その直感が、手を動かすことに繋がった。
身に纏うエプロンを剥いで、ナターリエの傷口に押し当てる]
なんで、傷口…ふたつも!?
[床に伏せさせ押さえるも、両手それぞれで塞いだ場所が紅へと染まっていく]
ナタリー!
[構えていても介入する余地など無かった。
動こうとした時には既にナターリエの声が上がっていた]
ゼル…は無理か。
ゲルダ、手当て頼む!
[ベアトリーチェを半ば突き飛ばすようにして。その先には老婆の眠る寝台があっただろうか。
ゼルギウスを見るが、何か呟いているだけで動かず。
ナターリエを引き離したゲルダに、背中を向けたまま声をかけた]
今、何をしたんだ。
[鞘に入ったままの短剣を右手に握って、ゲルダとナターリエを庇うような位置に立つ。
ウェンデルの声が淡々と響いて。その意味は分からず眉を寄せた。
ベアトリーチェの説明――ナターリエは自分の鎌に、というのを聞いて、眉は更に寄った]
[ずぶり、と。すり抜けると思っていた刃が手応えを返すので、わたしは慌てて爪を戻した。]
[…やられた。ハッタリだ。]
……さっきのは、一体……。
[ぽつり、呟き。
それから、場所を問う様子に、眉を寄せる]
……端的に言うならば。
生ける者の世界と、死者の世界。
その境界とも言うべき、狭間の空間、だな。
[どう説明するかの思案は短い。
言葉を飾れど、彼に、自分に、起きた事実は変わらないのだから]
人狼だけを傷つける武器じゃなかったのか?
[けれどナターリエはすぐに話せそうな様子でもなく。
少女の手元に残る紅。何か違和感を感じた]
マテウス。
[背後からの声。
けれど目の前の少女から目を離すことは今できない]
ナターリエが、ベアトリーチェのことを確かめようとした。
[それだけは事実。思惑も結果もどうあれ]
[真っ赤に染まった手を見ながら]
…嘘。
[わたしは本気で呆然としている。]
刺さらないって、だからわたし、だから…。
あのひとは自分の鎌に刺さったの!
人狼しか刺さらないなら、あの人は人狼なの!
…最初から、わたしを殺すつもりだったんだ…。
[心を巡る黒の渦が全身を巡り終えた頃]
[ぴくりと、ようやく手が少し動いた]
[ぎこちない、ゆっくりとした動きで床を見つめていた顔が持ち上がる]
[その動きに沿い、足にも力が込められ]
[ゆらりとその場に立ち上がった]
……………。
[何も言わず]
[しばらく真紅に映る光景を見つめる]
兄さ、…ナターリエ、が
[いっそ泣き出しそうに潤んだ翠玉が兄の姿を見上げる]
血が…止まらないの。
…やだ。このままじゃ、ナターリエまで。
[明確な答えなど、返せるはずも無く。
それでも、傷口を押さえる手の力は緩まない]
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