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[傷なき左手はロランの流した透明な雫に濡れる。
傷ある右手は自ら流した赤い雫が滴る。
差し出した赤の誘惑に耐える彼を認めれば
男は少しだけ困ったように笑みを浮かべた]
衝動を上手く制御できるように
緩めるところは緩めていい。
締めたままでは何れ限界を感じるだろ。
[ロランの言葉を疑おうとは思わない。
否、子供の成長を見守る親の心境なのかもしれなかった。
自身の言葉が示すように赤く染まる手は彼に差し出したまま]
キミが頑張るというなら応援しよう。
[言って、ロランの頭をくしゃりと撫でる]
――…ダメだよ、ロラン。
仮令辛くとも、此処を離れるのはゆるさない。
[先ほどよりも柔い声でロランに告げる]
目の届く範囲に
手の届く範囲に、居ろ。
キミが此処以外の何処かに行ってしまったら
誰がキミを止める?
……――だって、
[視界の端でカチューシャの髪が揺れ、視線を向ける。
ユーリーの言葉に、一度鼻を啜った。
甘い匂いと赤い色に、烏色は何度もぼんやりと、
鼓動の早さで紅色を映し、息が荒くなる]
目の届く範囲にいたら。
手の届く範囲にいたら。
俺が負けてしまったら――、ユーリーを食べるよ。
カチューシャを、ミハイルを食べるよ。
だから、
人のいない、どこかへ…行きたい。
[人ならざる者の力の大きさを自分が一番知って居るから]
…――、
[上半身が微かに前へと揺れる。
赤い匂い、それに寄ろうとして…すんでの所で止まった]
今だって、…
[くしゃりと撫でられた頭の感触が気持ちよくて。
困ってしまって、また、眉を落として]
…月が昇れば、…――、
[それでも、言葉とは裏腹に。
ユーリーの言葉にひどくひどく嬉しそうに、
涙流したまま、 頬は、 わらう]
……やだ……
そんなの、やだよ。
お兄ちゃんも、キリルもいなくなったのに。
ロランまでなんてやだ……っ
[乗り越えられない窓枠に手をつく。
ガラスは、かろうじて手を傷つけなくて。
室内を覗き込むようにロランを見つめた]
――…若し、
キミがその衝動に負けてしまったら
[荒い呼吸が濡れた手の平に触れる。
ロランを見下ろす花色には固い決意が滲む]
そうなる前に
力ずくで止めてやる。
もう二度と、キミに人を襲わせやしない。
[彼の望みを聞けどゆると左右に首を振り
男はそれをよしとはしなかった]
カチューシャ、だって俺は。
君のユーリーを食べるかもしれない。
それだけの、力を、持ってるんだ。
…ひとり…じゃないから。
[胸元で、きゅ、と手を握った。
食べたひとたちが、一緒に居る、とキリルは言った。
だから、此処に居るのだろうと思う事にした。
――少なくとも、そう言ったキリルは、居てくれると思っている]
ひとりじゃないから、大丈夫…――ッ
[願いを聞き届けてくれないユーリーの硬い意志籠る声が降る。
行かせてくれそうにない。
くしゃりと顔を歪ませて、
自分の血に汚れた手をユーリーの肩へと伸ばす]
……――なんで、俺に、そんなに優しくしてくれるの。
[その肩に、額を押しつけようと]
――…もう、赤い月は昇らない。
[占い師は予言じみた言葉を口にする]
ロラン、月が昇っても誰も襲われはしない。
キミは誰も、襲わない。
[そうであって欲しいから
信じるという代わりにそう言葉を重ねる。
涙流しながらわらうロランの顔を見詰めた後
男は少しだけ腰を折り両の手で彼の肩を引き寄せ
自らの胸を貸そうと動く]
キミがいなくなると寂しいよ。
――カチューシャも、オリガも…
会えなくなったら、きっと、哀しむ。
[ロランの言葉に唇をかみ締める]
でも……赤い月がなければ、食べなくても、良いんでしょう……?
[ユーリーが説得するのが聞こえる。
ロランがユーリーにすがるのが見える。
ただ、それを、じっとみていた]
――…一人じゃなくとも
話しかけて応える声がなければ寂しいだろ。
こうやって、触れられる相手がいなければ
凍えて冬を越せないかもしれないよ。
[少しだけ。
長閑な日常にあった揶揄るような響きが滲んだ。
なんで、とロランに問われれば
男は肩を貸したままわらうように喉を鳴らす]
生まれた時から
ずっと同じ村で過ごしてきたんだ。
弟みたいに思っていたら、おかしいか?
情がわかないほうが、変だろ。
[ユーリーの胸元に額押しつけ、肩震わせて。
未だ、怖いけれど。
生きていけるのだろうか。
甘えてもいいのだろうか。
自分は生きる事を求められてもいいのだろうか。
想いが胸を押し潰すようで、苦しくて苦しくて。
カチューシャに見られて恥ずかしい等と思う事すら無く、
ただ、何度も頷いて、子供のように嗚咽を漏らした]
…あり…がと……
[掠れる声は、くぐもって低く]
[震えるロランの肩が眼下にある。
左手を彼の背にまわし
ぽんぽんとあやすように軽く叩くを繰り返す]
――…ン。
[低く掠れた声が耳朶に触れる。
応えは短く紡がれて]
大丈夫、
大丈夫だよ。
[常なら見せぬだろう子供のような姿。
包み込むような穏やかな声をそと向けた]
[ロランとユーリーの様子をじっと見つめていた。
ふとおなじように見ているはずのミハイルは、どう思うのだろうかと気になり。
視線を向けた**]
[随分と長く、穏やかな優しい声を聞いていた気がする。
ロランは漸く泣きやむと、ゆるゆると顔をあげて
ユーリー、カチューシャ、それからミハイルへと視線を巡らせ、
ゆっくりと口を開く]
……俺、ミハイルの近くにいたい。
俺が負けた時、銃が一番、
俺をなんとかしやすい気がする、んだ。
[他にも理由は複数あるのだけれど、今は告げる事無く。
ぐしゃぐしゃの顔を年長者へと向けた]
別に、一番美味しそうとか思ってるわけじゃないよ。
[此処にきてようやっと。
少しだけ、冗談が言える余裕が出てきて。
ロランは初めて、晴れ晴れとした笑みを見せた*]
[泣き止む気配。
顔を上げたロランの眸を覗き、
男は微か笑うように目許を和ませた。
腕解き、一歩後ろへ寄れば足代わりの狼と目が合う]
間近でみるのは初めてだな。
[ぽつと呟いて、ロランの言葉を聞く]
ミハイルがそれで良いなら僕は構わない。
[この小さな集落を離れぬなら目の届く範囲と考えるか。
男はロランとミハイルの二人を交互に見遣る。
続く冗談にははたり瞬きをしてから、
クツクツとおかしそうに喉を鳴らした]
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