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――や。
[挨拶は何時ものようで、
けれど、何時もの笑みは無い]
悪いね。店を開けて。
何、と言われても。
見れば解る、でも、見ない方がいいかな。
[己の歩んで来た方へと、視線を流した。
開かれた侭の扉。示した先は、明白だった]
[広場を抜けたところで、予想通り二人組の自衛団員と会う。
どこへ行くと尋ねられれば素直にミリィの家へと答え]
ミリィは、亡くなりました。
ああ、狼に襲われたわけではありません。
ある種の突然死…だったのでしょうか。
[静かにポツリポツリと語る。
団員達は絶句した後に、片方はついてくると言い、片方は詰め所へと走っていった]
ええ、私が看取りましたよ。
夕方様子を見に行った時には、既に倒れていたのです。
[沈んだ声は演技でも何でもない。
ミリィの家へと歩きながら、暗い表情で必要な事実だけを伝えた]
[一歩一歩と歩き出す。静かにざわめくそこへ、宿へと向かう。いつもより明らかに多くの時間をかけて辿り着くと、店を、戸を見据え、暫く耳を澄ますようにしてから]
……。
[無言のまま、その戸を開いた]
[アーベルが纏う赤。
それが何から成されているものなのか。
匂いからも嫌でも想像がつく]
…店とか、言ってる場合じゃねぇだろ、それ。
……誰の、だよ。
[纏う赤を見つめながら、短く問うた。
見れば分かると言われても、そこへ向かうには勇気が要る]
そうですよ。
そういうものは、大事にしなきゃ。
[一度狂気に陥り、全てを奪われた自分には。
もう、そういったものは残されていない。
一瞬、寂しげな声が混じった。]
イレーネさんが特に変だとか、そういったことはないんです。
でも、アーベルと比べると。
……どっちも本物なら良い話なんですけどね。
[その眼差しはどこか遠い。
同意の言葉には、くす、と笑った。]
はい、わかりました。
お邪魔してしまってすみませんでした。
……曲ができるの、楽しみにしてます。
[ちゃんと食事も摂って下さいね、と声をかけて*部屋を後にした。*]
それも、そうだね。
[微かに笑う。
薄闇に紛れて、見えるかは怪しいが]
――ノーラ姉と、エルザ姉。
[短く、はっきりと。その二つの名を、紡いだ]
[わざと音が立つように扉を開ける。
中に居るイレーネも気が付くように]
予想だけならできますけれど。
貴方もご覧になればすぐに分かりますよ。
[そう言ってミリィの部屋へと足を進めた]
イレーネ、お待たせをしました。
[アーベルの小さな笑いは陰により隠れて見えず。
紡がれる名を聞き、瞳に驚愕の色を宿す]
女将さんとノーラ…?
…お前…自分の姉を……?
[疑いとも取れる視線をアーベルに向けた。
身構えるように僅かに後退る]
[ミリィの手を取る。冷たいとはおもわないが、もう体温は大分少なくなってきていた。]
…絵、出来てよかったね。
おじさんとおばさん、きっと喜ぶよ。
[そう親友に、心からの微笑みを向けてから、入り口から扉を叩くような音がしたので、玄関へと向かった。
オトフリートや自警団の人間を見上げる、その顔は微かに青い。
親友を突然亡くした、哀れな少女の顔だった。]
――、
やあ。諸君、今晩は。
ブリジット=フレーゲがお邪魔するよ。
[後ろ手に扉を閉めてから奥に向かって歩いていく。幾らかいったところで止まり、室内を一望して紡いだのは、状況には不似合いだろう平坦な挨拶。
...に、アーベルが告げる声は届いたか否か]
――奪われるより前に。
自分の手でやっておけば良かったと思うね。
[否定と、肯定よりも物騒な言葉が零れた。
距離を取るユリアンへと近づいて、その横をすり抜けて行こうと歩む。
灯りに程近い方向から、聞き慣れた挨拶が聞こえた]
あぁ、フレーゲ先生。
声は、聴こえましたか。
いや、聴こえて“いる”のかな。
お医者先生…お帰りなさい…。
[青ざめた少女は、それでも自警団の人間には憎憎しげに映るか。
乱暴に自分を押しのけミリィの部屋へと向かう彼らの後を、心配そうについていった。]
…絵、大丈夫かな。破かれたりしないかな。
[うっかりそんな事をされては、ミリィの生が無駄になる。]
…こんな時ですのに、一人にさせてしまったりして。
考えが回りませんでした。申し訳ありません。
[イレーネに謝罪して部屋の中へと入る。
自衛団員は完成された絵画を見て、完全に絶句していた。
その視線を追い、片隅に彼女の最期の言葉と同じ文句を見つける]
『みんな仲良く』
[息が詰まった。軽く喉を押さえる。
引き寄せられかけていた絵画から目を背け、手を強く握り締める]
大丈夫ですよ。
その絵を壊すことなど、彼らにだってできるはずがない。
『ああ、遺作だしな』
『だがそいつに渡すわけにも』
…だそうですが。
[イレーネを見て、説得しますか?というように首を傾けた]
──っ。
[返された言葉に絶句する。
どこか尋常ではないその思考についていけず、アーベルの動きを注視しながら横を通り過ぎるのを見やった]
……奪われるより前に、ってことは。
アーベルじゃないってことか…。
[齎された言葉を何度か反芻し、ようやくその言葉を噛み砕く。
血塗れた姿のままブリジットに挨拶する様子に、酷く眉根を寄せて]
……客対応する前に、その格好どうにかしてきたらどうだ。
[言いながら、アーベルの紡ぐ言葉にブリジットへと視線を向けた。
声が聞こえるとは如何なることか、と]
そうしようかな。
動き難くて、敵わない。
[普段よりも、幾らか口数は少なく。
されど傍目にはさして変わりない様子で、幾らかのやりとりを交わしてから、緩やかな足取りで*その場を後にする*]
いいえ…ありがとうございました。
ミリィとたくさん、二人だけで話が出来たから。
…うん、ほんとうはいけないんだって、分かってるけど。
それでも。
[謝罪にそう返しながら、後に続く。
自警団員の様子には少しだけほっとした。
説得するかと問うオトフリートには、緩く首を振った。]
…私が貰っていいものじゃないから。
[みんな仲良くと、銘のように入れられたそれに込められた願い。それを含めて、これは誰か一人のものにするべきではないとは朧気に感じていた。
そんなことしてはいけない。
――魅入られて帰って来れなくなる。]
ああ、アーベル。
聞こえたよ。聞こえている。
ノーラが、女将が。
呼び声、だろう?
[「そこ」へ向け再び歩き出しながら、アーベルに答える。一言一言ははっきりと、しかしどこかばらけたように。自分がやっておけば、という物騒な言葉にはそちらを見るが、それ以上の反応はせず。ユリアンの方も一瞥し]
そう。重なった。
重ねたのだ。重なりは引き出した。
変容は、変容を。
時を錯誤したる増加。
呼び声は呼び声を呼ぶ。
[普段とあまり変わらない動きのアーベルに不信感が浮かぶも、姉弟の死であれでもショックを受けているのだろうか、と思うと突く言葉も失われる。
目の前から姿が消えると、赤が見えなくなったことで安堵の息を漏らした]
…呼び声は、呼び声を呼ぶ?
……先生よ、あんまり分かりにくい言葉は並べないでくれないか。
噛み砕くのに時間がかかる。
[今までブリジットの叫びや言葉は極力聞かないようにしていたため、向けられた言葉が何を意味するのか理解出来なかった]
そうですか。
[手に触れてくる感触に、僅か目を細める。
小さく震えていた手は、やがてゆっくりと解かれる]
ミリィは容疑者だったかもしれませんが。
死者までを疑い手荒に扱うようなことはしませんよね?
…静かに眠らせてあげてください。
せめて彼女だけでも。
[自衛団員に告げて、冷たくなったミリィの手を取る。
すみません、と呟きながら手にした薬液を注ぐ]
同じです。数日ならもちます。
それだけあれば恐らく…解決するでしょう。
[開かれたままの扉の前。一度止まってユリアンを振り向き]
……。
私には聞こえる。残骸の欠片が。
呼び声が、影の片鱗が。
そう、例えば――自衛団長殿の声が。
[変わらず曖昧に紡ぐが、最後の呼び名は鮮明に]
御伽に伝わりし、声を聞く者。
死人の声を聞きたる者、それが私だ。
変容が起きた時には皆に結果を伝える。
自身で以て決めた通りに、伝えよう。
ノーラと女将は、死んでいる。
[相手も既知である事実と]
ミリィも、死んでいる。
[自警団長の声。
それは既にこの世には居ない者。
その声が聞こえるとなれば]
…死人の声を聞く者…。
[反芻するように呟き。
そして続く名前に瞳を見開いた]
ミリィ、も?
…異形じゃなくて、異形にやられたのでもなくて。
じゃあ、何で死んだんだよ…!
[誰かが手を下したとでも言うのか。
不意に浮かぶのは、ミリィと親友である少女の顔。
何事も無ければ良いのだが、その身を案じ不安が過ぎる]
[オトフリートの震えが収まったのを確かめてから、手を放した。
自警団へ彼が向ける願いは、自分の願いでもあり。
それが叶えられるようだとすれば、ほっとしたように、青い顔にやっと小さな笑みを浮かべるだろうか。
薬を塗る様子をぼんやりと、眺めながら。
数日で終わる、には果たして終わるのだろうかといった不安の色を浮かべた。]
…おじさんとおばさんと、早く会えるといいね。
[ぽつりと呟いた。]
何処で死んだかはわかる。自分の家で、だ。
何故かまではわからない。
ただ、静かだった。
それまで止められていた物を届けはしたが、……
[そこまで言うと扉の奥へと消えていき]
何故そう言えるか、ですか?
それは私も幾つかの伝承を知っているからです。
長くても10日までは掛からない。
それだけの間に起きてしまうという事件なのですよ。
空気が篭らないようにしておけば、どうにかなるでしょう。
…それに、私はミリィが人間だということは分かっています。
医者ですしね。何かの力を使われている時ならともかく、力を失って亡くなった後までも騙されはしません。
[それは嘘ではない。だが真実でもない。
本当は、真偽を最初から知っているのだから]
…すみません。少し休ませてください。
流石に…堪えてます。
[溜息というには大きい息を吐いた]
…ミリィの、家。
原因は分からない、けど、死んだのは──。
[本当なのか。
その言葉は口からは出ることなく]
静か、って。
止められてた物って…?
[訊ねるもブリジットは奥へと消えていく。
問いの答えを貰うために追いかけようと思ったが、その奥からアーベルが赤に染まって出てきたのを思い出し、思わず踏み止まった]
……。
[そこにあった物を見下ろす。広がる赤。ノーラとエルザの残骸。視線は真っ直ぐそれに向きながらも、宙を見つめているように。拳を、ノートなどの束を、握り締め]
呼ぶ。それは。天からの物か。
地からの物か?
糸か穴か。どちらでも――そう、どちらでも!
呼び声には違いない。そうじゃないかい、女将。
違うかね。それも有様。
再び進み出した腐食は全身をも覆うか。
それならば。――恐ろしい事だ!
[ブリジットが何かまた叫んでいる。
何を言っているのかやはり意図が読み取れなかったが、死者の声を聞いているのだろうか、とは漠然と思って。
ふと、先程聞いたミリィの話を思い出す。
ブリジットは自宅での死を感じ取ったと言っていた。
彼の少女はそのことを知っているのだろうか。
また無事で居るのだろうか。
護ると決めた少女の安否が気になり、宿屋を飛び出した。
当ても無く、イレーネの姿を*探し回る*]
[何かを押さえ込むように、また何かに話しかけるようにぶつぶつと呟く。時折大きくあがった声は開いた扉の向こうにも響いただろうか。そのうちに奥から戻ってくると]
死に際は穏やかだったのだろう。
[一言、抽象的ではなく告げた。丁度飛び出していったところで、届いたかどうかはわからなかったが]
重なりあい成った形相。
赤いそれではなく……
そう、赤いそれではなく。
赤のモザイクは増え。
侵食していき。……
[また呟きながら不安定な歩調で進み始め。そのまま店を出、どこへかと*消えていき*]
…許されるのなら、今夜は。
ここで過ごさせていただけませんか。
ああ、ちゃんと仕事はします。
呼ばれれば戻りますし、朝になったら診療所に帰りますから。
[自衛団員達がそれを認めたのは、間違いなくミリィの絵があったからだろう。それが技巧を尽くされたものだからではなく。一番の理由は村人揃っての笑顔と、一言のメッセージ]
イレーネも、すみません。
できれば一人、いえ、二人にさせていただけませんか。
貴女は他にも心配される方がいるでしょう?
[穏やかな笑みは以前の彼のままのよう。
だがその瞳をよく見れば、昏い影があるのに*気付くだろう*]
[座り込んだオトフリートを心配げに見、ミリィの部屋に置いてあった彼女のタオルを水場で濡らし渡した。気休めにでもなればと。
そうして暫くその場に居たが、自警団員に娼館へと戻るよう告げられ(恐らく今は娼館が彼女の見張り役なのだろう)何人かの見張りの団員と共に*帰路についた。*]
[帰宅には若干見せた渋ったような素振りを見せたが、オトフリートに一人にして欲しいと告げられればすぐに消え、大人しく従う。
自分の、二人っきりのお別れはもう済んだし、オトフリートが同じような事をしたいと思うのは当然の事だとも思えたから。
彼の湛える瞳の影には、*透明な笑みで応えてみせた。*]
[自衛団に連絡が行き渡ったのは、それより暫く後の事。
相手方にはノーラとエルザの死が、此方にはミリィの死が、情報交換のような形で知らされた。尤も、その事実自体は、ブリジットにより既に齎されていたが。
それ故に、あぁ、と納得の表情を浮かべるアーベルに、団員は訝りの眼差しを向けた。
けれど、全体的に見れば、態度は軟化しているように感じる。その理由は、未だ知らずにいた。
現場の確認と、第一発見者に対しての事情聴取が行われる。
家族を亡くしたばかりにも関わらず、常と変わらないような彼の態度は、相手方には如何映ったか]
[時間の感覚は薄かったが、解放された頃、宿の外には、妻を迎えに来た夫の姿が在った。団員から、起きた事実は聞かされているのだろう。室内から零れる灯りに照らされた横顔は、いやに白かった]
こんばんは、フランツ義兄さん。
[昔とは異なる、他人行儀な口調。その表情は暗がりに紛れて読み取り難い。嘲りを含んだ微かな笑みを浮かべていたか、それとも]
――…ノーラ姉は、死にました。
[敢えて口にした言葉は、
冷酷な現実を思い知らせるよう]
貴方は姉を愛すると言い、
神の前でその誓いを捧げた。
……容疑者と聞いて、如何思いましたか。
信じきれなかった、疑う心があった?
もし、彼女が人狼ならば――と、考えた?
いえ、人間であれば、
それは仕方の無い事だと思います。
変わらずにいるなど、出来はしない。
けれど、それなら。
誓いなど、立てなければ良かったのに。
[フランツが何を言ったか、何言おうとしたか。
一呼吸置いて、遮るようにして、続ける]
フランツ兄。
俺はお前が、大嫌いだった。
[内容とは裏腹に、気配は穏やかだった。
幼い頃から知っていた彼とは、傍目には本当の兄弟のようで、相手もそう思っていただろう。
夜の挨拶を告げて、中に入り戸を閉める。
*浮かべた笑みは、柔らかかった*]
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