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―離れの工房―
[熱する。熱する。固めるために特には水にいれ冷まし、曲げ、捻り、型を造り、鍛え
それを繰り返す。
猛々しく盛る炎の揺らめきに映える姿は、一心で。それこそ狂っているかのよう
それほどの熱中…否、静かに熱狂している]
―回想/客間―
[珍しく早朝……ブリジットが魂を食われて発見されるよりももっともっと前。
目が覚めて、ぼんやりと。
あ、部屋にちゃんと戻ったのか。と、昨日の記憶を反芻しながら思う。
あの後のホールで起きた出来事。ヘルガの末路。
あれが魔というものだったとなれば。それまで接していたのは、建前か本音かまではわからぬまでもヘルガだったのだろう。と思えば魔といえども複雑で、呆然としたまま他のことも気にかけずホールを後にしたのだが、それ以上は曖昧だった。
知恵の輪は今日は弄らない。思考も覚めている。
あの後、オルゴールがどうなったかまでは知らないが、魔は去ったのだから、後は使用人達が探して見つけることだろう。そしてエーリッヒが魂を戻す方法の一つも見つけて戻して解決するだろうと思うと]
終わったのかね。
[と呟く。一種の脱力感を持って]
お邪魔してはいけないかと思いまして。
[にこやかな微笑を湛えて言うも、問いには答えず。
長い黒橡が風に靡くのを片手で押さえ、目を細めた]
私一人で捜すにも限度がありますゆえに、
そちらでも動いて頂けるのはありがたく存じます。
[全て知っているのか、或いは探りを入れているのか。
普段通りの口調からは、それを読み取る事は難しい。
モノクロームの世界に鮮やかに咲く紅の薔薇を、
その周囲の様相を認め、口許には艶やかな笑みが浮かぶ]
[静か…それは早朝ということもあるが。
終わったからかもとも思っている。
オルゴールは見つかっていないならば、まだ魂を食われた人間は元には戻らないだろうが、探して見つけて。
後は任せれば勝手に解決の道を辿るだろう…といってもはじめっから任せっぱなしで逗留していただけだがな。と思う。
解決といっても元の鞘に収まるわけではないのだけれども
ただ……]
イレーネ……あの瞳は……??
[結局ヘルガに聞くこともできず、この胸の中にただわだかまる。
あれはなんだ。と。]
……まあ、集中切れると厄介だから、終わってからで助かったけど。
[問いへの答えに代わるように投げられた言葉に、ぶつぶつと呟き。
それから、続いた言葉に僅かに目を伏せて]
……やらない限り、最悪が避けられないんと思うんだから、やるしかないんじゃないかと。
[ため息混じりに言った後。
翠の瞳は静かな光を湛えて、艶やかに笑む執事を見やる]
……何も聞かないのは、気づいているから……と、解釈しても?
[...は魔だのなんだの。人伝に聞くことはあっても、それを体験するような人生など送ってきたわけではない。
だから不可解なものはどこか現実から霞がかかって感じてしまう。
でもあったのは圧倒的に現実で……]
そっか……オルゴール見つけないと、まだ終われないのか……
何せ…わかんないってことは、終わったのかどうかもわからないんだからな
[別に、まるっきり違うのかもしれない…が、それはただの現実逃避だったのだろうか。と認めざるを得ない。
でも、仕方ないだろ?
と、誰にともなく語りかける。
なんにせよ。疲れた……いい加減に精神も疲弊してくれば感情も昂ぶってくる。]
お好きなように。
……と、はぐらかしてばかりでも、仕方ありませんか。
[笑んだままの表情は変わらずとも、
細められた緑の瞳に、僅か鋭い光が過る]
一つ申し上げるのならば、
魔が紛れ込んでいる事は元より察しておりました。
主の客人であるからと、深く探る事はしませんでしたが。
オルゴールを奪われたのは私の不徳の致すところですね。
[感情は、沈殿させることなく吐き出さねば。
そして自分の感情の吐露する方法は、決まっている。
やる気もそこそこ溜まっているし、今なら何かいいものが造れるだろう。
と、なんとも厄介で皮肉な状態でわいた勤労意欲に自身で呆れながら、使用人に尋ねる。
工房とかないか?と。
そして聞いてみて気づく。んなもん普通ないだろ。と。
だから難しい顔をして首を横に振ると思っていたが、予想に反しあったらしい。
なんでもあるな。と感心して、聞いた場所に向かう。
形はそうだな……ここ最近で言えば、薔薇か、オルゴールか]
―客室―
[窓枠へと腰掛け、その指は薄い頁を捲る。
背面から差し込む月明りが、並ぶ活字を浮び上げて]
―――……、
[ふわりと、室内へと吹き込む風に視線を上げる。
それは、白い煌きを伴いながら青の髪を攫って。
ふと、紅い瞳が其れを捕らえれば、僅か口端に笑みが浮んだ。]
[どうやら、あの女を焚付けたのは正解だったようだ。
結果的に役目を果してくれるならば誰だって良かったのだが
――これは、想像以上に]
…愉しくなりそうだ。
[青年よりも微かに低い声は、室内に響き渡って。
紅く光る瞳が、僅かに細む。窓の外に広がる庭園に浮ぶ人影を見据え。
青年の姿を借りた其れは、手に収めた本をパタリと*閉じた*]
……そう、か。
[元より察して、と言われれば、ほんの一瞬、目は伏せられて]
……ま、お察しの通り、だけれどね。
もっとも、俺は純粋な魔ではなく、かといって、既に人とも言い切れない……狭間の存在だが。
[さらりと告げる口調はどこか、自嘲めいたものを帯びようか]
……気づいていて放置していた、というのは、『こいつ』も同じだがね。
[言いつつ、傷痕のある辺りに手を当てる。
昨日までの押さえつけるような動作ではなく、ただ、軽く触れるように]
[朝早かったからだろう。特に誰かに会うこともなく、工房について……
そして現在に至る]
―工房―
[それからただの一時も休むことなく、創り続けている。
それは、弱さゆえの現実逃避もあったのかもしれない…が、作業を続ければ話は別。
その持続力はそもそも彼のもの]
そうですか。
[目を伏せる様子も、昏みを帯びた孔雀石は静かに眺め]
私は私で、仮契約の身ゆえに、大した力もないのですが。
[更に主の魂が囚われているとなれば、その制限はより大きい。
そこまで口にする事はなけれども、表情には苦笑が滲んだ。
けれど後に告げられた言葉と仕草とには、くすりと笑みを零して]
お互い様、という事ですね。
[それから、ふ、と視線を逸らす]
私と、貴方と、そして、彼女以外にも存在はするようですが――
どうにも、掴み所がない。
[どくん。
呼吸さえも微かであるがためか、脈打つ音が内にて響く。
それは己の鼓動などではない。今や自身の体は人ではなく全て造るための機関だ。狂ったと見紛うばかりに一心な集中力はそこにある。
ゆえにこの音は鼓動ではなく、胎動。
どくん。
これより生まれでる物の胎動。
そのリズムにしたがって想いを吐き出し息吹を吹き込むべく...は作業を続ける。
そして……]
でき……た……
仮契約……?
ある意味、似たようなもの、か。
[彼……彼らの場合は、互いに死と消滅を回避しようとする意思から、融合する、という存続のための唯一の選択肢を取り。
その後、身体の主である彼が、魂魄に棲みついた魔を『仮の名』によって束縛しているだけ、という状態で。
それ故に、完全な魔となる事はないまま、十数年の歳月を経ているのだけれど]
……しかし、嫌なお互い様だ。
[呟く言葉は、こちらも苦笑を帯びていたか]
オルゴールが戻らない、という点で、他にいるのは間違いないだろうが……。
[それが誰、とは特定できないのは、彼も変わらず。
沈黙したままの魔に問うても、答えは期待できそうになかった]
[結局...が選んだのは薔薇だった。
理由は単純。箱は作れても中身の音がないのは駄目だろう。というそれだけ。]
にしても……
[そもそもにして...は形にそれほど興味はなく、だから造る限りにおいてはなんでもよかったわけだが……]
使い道ねーー
[ブローチだろうか?ペンダントだろうか?指輪には少し大きい。ブレスレットにつけるならまだいいか?とは色々想像できるが、...にとっては全く持って使い道はなかった]
まあ、色々とありまして。
[困ったような笑みを浮かべて、肩を竦めてみせる。
執事自身は純然たる魔であるものの、一時は力も記憶も失い、
十年前に現在の主――オストワルト氏に拾われた訳だが。
しかしそれを彼に、わざわざ語る必要もないだろうから]
当人に自覚がないようでしたから、ね。
どうも、そちらは違うのでは……と思っているのですが。
[少なくとも今はと独り言ち、懐から出したのは黒の花弁。
けれどそれは薔薇の艶女の時とは異なり、揺らめく色を湛える]
それに……お気づきでしょうが、
先日とは異なり、オルゴールの気配が辺りに漂っています。
今の“持ち主”が隠す力を有しないからでしょうか?
[顎に手を当て思案するようにしながらも、
警戒を解く様子がないのは、信用している訳ではないからか]
[自分で作ったものを見る。
それはあの夜に見た、オルゴールほどの危険な魅力はないが、人が造り上げた魅力あるものだと…思う。
紅と黒が1:2の割合でできた花びら、緑の金属糸でところどころに棘を象った。壊れることはあっても枯れることはない薔薇の華。
全体的には静かで力の無い光を放っているが、紅の花びらだけは目を細めたくなるほど煌いている。
そこでなんとなくわかった。自分はここに、無力感による虚しさという感情を吹き込み形にしたのだと。
そして、紅の花には、そこから生まれる憤り。
それを改めて感じ、なんとなく恥ずかしく感じる。]
─1階・音楽室─
[ひと思いに、この屋敷に居る全員の魂を捧げるという魅力的な案をチラリと考えつつ、表向きまともに仕事をこなしていたが、ふらりと、彼女はこの部屋を訪れる
部屋の中央には、グランドピアノ
この屋敷に来た際に聞いた話では、本来は主人の亡き妻が音楽を愛していたために作られた部屋という話だ
歌姫も音楽を愛していたのだろう。それゆえ魔と契約をし、歌声をこのオルゴールに封じたのだろうから
知らず、彼女の口から歌が紡がれる]
Dies irae, dies illa,
(彼の日こそ怒りの日なり)
Solvet saeclum in favilla:
(世界を灰に帰せしめん)
Teste David cum Sibylla.
(ダヴィデとシビラの証のごとし)
Quantus tremor est futurus,
(審判者やがて来りまして)
Quando judex est venturus,
(万(よろず)の事厳かに糺(ただ)し給わん)
Cuncta stricte discussurus!
(人々の恐れ戦き、如何にや在らん)
[肩を竦めながらの言葉にはそう、とだけ返す。
特に詮索する必要性は感じなかったから]
無自覚……か。それじゃ、『こいつ』が興味を示す事もなければ、ローゼが感じ取る事もないな。
[肩の真白をふわりと撫でつつ、呟く]
それに、『こいつ』は自分に興味がない事には自分から絡まないし。
今回は……『永遠のオルゴール』だから、騒いでいるようなもんだしな……。
[真白を撫でた手をまた、胸に落として。短い嘆息]
力が高まっているのは、魔を取り込んだから、だと思っていたけど。
隠す力がない……というのは……今持っているのが、普通の人間……って、事か?
[だとしたら、危険すぎると。呟く表情は険しさを帯びて。
警戒を解かぬ様子には気づいても、さして気にした様子も見せず]
[観察し終えると、興味も薄れる。
これは...の悪い点だろう。造った後はあまり興味がわかないのだ。
今はそれよりも]
あっちーー。
[今更気づき、汗を拭うがあまり効果をみなさない。
ずっとやり続けていたからだろう。服も軽く雨に降られたように汗に濡れていて、気持ちが悪い。
薔薇の装飾の使い道も浮かばないため、どう加工するかなども考えずとりあえず紐に引っ掛けて首から下げ、工房を出る。
外気が気持ちいい]
[紡ぐ歌は鎮魂歌(レクイエム)の一節、Dies Irae(怒りの日)
果たして、彼女が鎮めようとしたのは主人の妻の魂なのか、
オルゴールに魂を捧げた歌姫なのか、
あるいは今現在オルゴールに縛られている魂なのか
それを誰も知る由もない]
まあ、私も本来はそういった質なのですが、
主に仇名したとあっては……ね。
[同じ“魔”としては共感するところがあるのか、
青年の嘆息とは対照的にくすりと笑みを零したが、
後半の声を紡ぐ頃には、やや物憂げな表情になった]
今日の犠牲者の事も考えれば、
まだ誰かが手にしているのは確かだと思うのですがね。
力がないのか、もしくは、わざと隠していないのか……
どちらにしても、また厄介な事になりそうです。
[腕を組んで顎に手を当て溜息を零すと、緩く首を振り]
正直、疲れておりますので、
どなたかにお任せしたいところなのですが。
[冗談めかして、小さく笑んだ]
[……そして、彼女は気づかない。否、気づけない
オルゴールが常人では聞き取れない共鳴を発していることを
何故なら、彼女自身は力を持たない存在ゆえに]
……なるほど。確かに、それは捨て置けない、か。
[笑みを零しつつの言葉に軽く頷いて。
それから、犠牲者、という言葉に、ゆるく瞬く]
……また、誰か他に……?
[呟くように言った直後に、オルゴールが未だ行方知れずである事を思えば、それは十分に考えられる、と思い至る]
……人が手にしているとしたら、魔の者よりも囚われ易いはず。暴走の危険性も高いな……。
[まったく、厄介なもの作りやがって、と。
愚痴めいた言葉と共に、傷の辺りを軽く叩く]
……オルゴールの件に関しては……嫌な話だが、連帯責任がある。
どれだけできるかはわからんが、俺も全力は尽くすつもり。
[それから、冗談めかした笑みにこう返し。
直後に、微かな震えのようなものを感じ取る]
まあ、私も最後まで関わるつもりですよ。
食事もさせて頂きたいですし。
[笑って言った台詞には、少々物騒な色があったか。
続けようとした声は、青年の呟きが聞こえ、止まる]
[ふる、と頭を振り、手を夜空に翳す。
ふわり、舞い落ちるのは白い羽根]
……『歌姫』が……。
オルゴールが、俺に……いや、『あいつ』に、応えた。
共鳴……している……。
[一度閉じられる、翠。
やがてそれは、ゆるりと開き]
本当に、今の持ち主には隠すつもりがないか、それができないか、って事らしい。
……辿れば、追えそうだが。行ってみる、か?
[問いながらも、既に羽根は。
共鳴を追うようにゆらゆらと舞い始めて]
[外気の気持ちよさにいつまでも浸っているわけにもいかない。
風によって少し渇いた気もするが、体を急に冷やすのも良くない
と、屋内へと入ると。何か聞こえる]
……唄?
[歌詞まではわからなかったものの、気になったもので、着替えは後でいいか。とわりきって唄が聞こえるほうへと足を向けてみた。]
……まあ、な。
[投げられた言葉に、浮かぶのは、笑み]
俺は、御大たちをこのままほっときたくないし。
……『こいつ』は歌姫を取り戻したいようだし。
行かない理由が、ないんだ。
[どこか楽しげな笑みは、魔の力を自ら用いているが故か。
ゆらゆらと舞う羽根は空間に飛び立ち、誘うように邸の中へ。
それを追うように、歩き出す]
ええ、そうでしょうね。
[執事はその場に佇んだまま、後姿を見送る。
やがて緩やかに首を動かすと深紅の薔薇へと視線を落とし、
*小さく笑みを零した*]
―音楽室前―
[唄にひかれてたどりつく。...は初めて訪れる部屋だ。]
ほんっと。色々部屋があるよな。
[まだ唄の主がいるのかどうかはわからないが、とりあえずノックをしてみる]
[歌い終え、遠くを眺めていると、不意に扉がノックされる]
……誰だカ知ラナいけど、ちョうどいい。次の生贄になってモらおうカしら
はい、開いていますのでどうぞ入ってください
[そう呟くと、外に向かって返答]
[ゆらりと舞う白い羽根。
それを追って、邸内を歩く。
羽根は時折りきらきらと煌めきを零すが、それを目に映せるのは、人ならざる者のみか]
……この方向は……音楽室、か?
[羽根がどこへ向かっているかに気づいて、小さく呟く。
進むにつれて、共鳴の響きはより強く、鮮明になるように思えた]
[ノックの後、ドアの向こうから聞いたことのある声がする。
ユーディットの声だ。
ユーディットが歌っていたのかな。と考えつつ]
失礼します。
[とドアを開けて部屋へと入ると、中にいるのはユーディット一人。どうやら考えていたことは当たっていたらしいと思いつつ]
あーっと…唄が聞こえたものだから気になってきてみたんだが、邪魔だったかな?
─音楽室前─
[部屋の前で足を止め、白い羽根をふわり、手に集める。
それから、部屋の中から感じる気配に翠の目を細め]
……ユリアンと……ユーディット……?
どちらか……が?
[小さく呟きつつ、ゆっくりと扉の前に立ち。
すぐには入らず、気配を消して中の会話を伺う]
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