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……悪運は、お強いようで。
[ユリアンに短く言葉をむけ。
青の青年を、再び見やる]
なくしたもの。
それは……君、自身、か?
[呟いて。ふわり、背に開く、白の翼。
かけた眼鏡も外して。
それは、竜郷で見せた姿と同じ物]
……この姿で会った時には、あったもの?
[それならば。時空竜たる彼には、読み取る術もあるのだけれど──]
[抑えが効かない。崩れる均衡を戻すために本来の力を得ようと。
だが無作為の開放は無理な干渉を引き起こしかねない。
どうすればいいのか]
『 ...Oeffnung und Umwandlung 』
[呟きと共に左手の鎖が全て外れた。
同時に人の子の身体が崩れ、紫のもやっとした球体へと。
そのままエリアも越えて薄く広がってゆき。
軋む世界を宥めるかのように流れる]
[今までとは異なる何かに、私は彼の仔を抱いて身を竦める。
まるで世界が――機鋼界自体が軋むかのよな、音]
『何が…!?』
[事態を把握せんとする私の腕から、彼の仔が飛び出して。
応えるは、時空竜の声]
[一瞬の後、『波動』が響いて、消える。
私は、渡った彼の竜の無事を祈り、出ぬ喉で高く一音啼いた]
誰なのか、
何なのか、
すべて、ぜんぶ。
後、少しで、わかるから、
そうしたら、 きっと。
[砂とも光とも知れぬ粒子が舞う]
[人の形は文字の羅列へと変わって]
[*瞬きの後、その姿はもう、其処には無い*]
誰なのか、何なのか、か。
[小さな呟き]
自分は、自分。
それ以外の何だってんだよ……?
過去があろうと、なかろうと。
時が刻まれ、螺旋巡り行けば。
新たな物が開き、積み重なる。
……そこに……価値は、見出せない……のか?
[どれほどの時間がたったであろうか。
もしくは、刹那ほどの時であったろうか]
[宥められゆく気配に気付き、私は目を閉じて感覚を追う]
『……これは…影輝……?』
[おぼろげに感じるは『均衡』を司る気配。銀茶の髪の少女のそれ。
私は不安そうに鳴く彼の仔を抱き、導かれるままに部屋を後にした]
[アーベルの消えた空間を、しばし、じっと見つめる]
何が価値となるのかも…まだわからない、そういうことかもしれない。
[オトフリートの言葉に、ぽつり、零して]
僕にも、わかりませんが。
[目を伏せた]
[外した眼鏡を乗せなおし、一つ羽ばたいてから、翼をしまう]
何が価値かもわからない、か。
ありそうだな、あの調子だと。
……価値の在り方なんざ、人それぞれ違うもの。
俺だって、わかりきっちゃいない、よ。
[小さく呟いて]
……これ以上ここにいても仕方ない。一度、屋敷に戻ろう。
[放たれた力は界の中を流れ渡ってゆく。
ギリギリの均衡。それすらも崩しそうな場所でだけ暫し留まって]
[竜もどきは昏々と眠る。
内に残るのはその姿を支える最低限の力のみ。
首に掛かった鎖細工はその色を失って]
―屋敷:広間―
[階段を下りて、広間へと気配を辿る。
着いたそこは、破壊され広いそれではなく――人影なき空虚]
[その中心に浮かぶ、小さな藤色の羽竜]
ほんとにね。
[言いつつ、目を細める。感じるのは、影輝の波動]
……無茶もしたようだし……。
[ほんとにもう、と言いつつ。
さすがに『渡る』余力はないので、光鎖を収め、歩き出す]
[『それ』が彼の少女なのだと、天聖が属ゆえか唐突に理解する]
『……何ゆえ…このような…』
[心配そうに鳴きかける彼の仔をソファーへと下ろし、私は小さな藤色の羽竜へと両手を差し伸べる。
どうか、無事で……そう祈りと願いを込めて]
[オトフリートの後をついて、踵を返しかけて]
………これは?
[影輝の少女が幾ばくかの安定をもたらした成果か、ゆらぎのわずかに落ち着いた、その空気の中、残る”精神”の力の残滓]
イレーネさんと一緒だと言ったのは…本当だったのか…
[自分を動揺させるために言っているのかと、そう判断したことを後悔した]
[天聖が属の者の手に受け止められて。
巡っていた力の幾ばくかがその身へと戻る。
それでも未だ瞳は閉じられたまま。
シャラリと音だけが響いた]
[手の内に在る羽竜は、静かな…静か過ぎる眠りの中にあり。
私は、彼女が界を護る為に力を使い果たしたのだと理解する]
『……そう、でしたか…
おやすみなさい…どうか安らぎの夢を……』
[眠る羽竜への言葉は、心の中のみで]
『まったく…修行が足りないってレベルじゃねえな……』
[自分自身に吐き捨てて、手にしていたバンダナを頭に巻こう、として、手を止めた]
……言っていた……って、誰が、何を?
[呟きを聞きつけて、そちらを振り返り、問う。
それに対する答えに、同族の消滅を確かめたなら、異眸はやや、陰るだろうか]
……っとに、もう。
[小さな呟き。それはどこか、*苛立ちを帯びていたろうか*]
[オトフリートの目に浮かんだ陰りを、声に滲む苛立ちを感じて]
…だからといって、あなたが無茶しないでくださいよ。
おとーさん。
[*真顔でそう言った*]
[消耗した時に殻となる姿で。
包まれる天聖の気に添って身の内を力が巡る。
それでも意識を取り戻せるまでにはまだまだ時間が*掛かるだろう*]
[その頃。
上空を旋回せし白梟は、場が落ち着いたのを確認して。
軋みによりひび割れし氷の窓のから現れ、羽ばたき一つ]
『あ…白梟殿。どうか彼女を…』
[押し戴く藤色を差し出して、私は希う。
なれど返るは否定のそれ。力失いし昏りは傷を癒すとは別なりと]
『なれば…少しでも構いませぬ、私が喉を…願えませぬか』
『せめて眠りなりと安らかに…』
[ばさり、大きく羽ばたくは了承の印なりや]
[助力して下された白梟殿に、私は深く礼をして。
ソファーにお座りしている碧の獣の傍らへと腰掛けて、藤色の羽竜を両手で守るよに膝へと乗せる。
背凭れに身体を半ば預け、紡ぎ出すは――幼き麒麟の為の音。
未だ五音に至らぬ、三音の――優しくも易しき歌]
……―――…――
[喉に負担をかけぬよう、私は静かに柔らかく歌う。
眠る羽竜に、側に在る愛しき魂に、そして…遠き*無垢なる器へと*]
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