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―診療所―
[ベアトリーチェの横に立ってじいっと見下ろして、
どれくらいの時間が経っただろう。
アトリが彼女のそばを離れないのは、
まるで護っているように見えたかもしれない。
暫くして、その時間が絶たれたのは、カタンという音。
何かが倒れるような音に驚いて誰かが現れれば]
足、痺れちゃった。
[見せたのは、何時もと変わらない、
――いつでも本当に変わらない、笑顔。]
─自宅─
[唐突に響いた鈍い音は、彼が壁を思いっきり殴った音。
殴られた壁からは、ぱらぱらと土の破片が零れ落ちる。
さらに、硬く握られた拳からはぽたぽたと紅い血が垂れる。
だが、それに頓着することなく、ごっ、と額を壁に押し付ける。
その表情は垂れた前髪で窺えないが、涙が頬を零れていく。]
……ちくしょう。何も出来んかった!!
兄ちゃんとの約束守らんといけないとか、お役目とか、んなの何の理由にもなんねぇよ!!
あんな怯えた顔してたのに。気休めにでも……大丈夫とか言ってやることも……くそっ。
うっ……うぅ。
[そのままずり落ちる様に床にへたり込むと、そのまま意識の糸を手放したのであった。]
[それから幾程かの時間が経った後。
次に彼が目を覚ました時、耳に届いたのは、ベアトリーチェを描いた後にエーリッヒが封じられたこと。ミリィが倒れたこと。
……そして、エーリッヒの代わりの『絵師』として、ミハエルが選ばれたこと。]
…………な、んだよそれ。いくらなんでも風雲急すぎんだろ。
[そのあまりの急展開に、しばし頭がフリーズした。]
ねぇ、足が痛いときにはる冷たいヤツ、欲しいの。
[痺れた足を摩りながら、ブリジットに言う。
ミリィなら何か言ったかもしれないけれど、
彼女は少しの冷たいミントの薬草を染みこませた湿布を、
直ぐに少し渡してくれた。
1人で色々キリモリするには忙しすぎて、
構う暇が無かったのかもしれない。
少女はそれを大事そうにそれを受け取り、
ブリジットが去ったのを見てから鞄の中に仕舞いこんだ。]
[大きなキャンパスに上着をかけて、そのまま抱えて歩く司書の姿は、当たり前のように人目を引くもので、途中、幾人もの人間に声をかけられた]
ああ、絵師殿の絵を見つけたんだ。今からミハエルに届けに行く。
[問いには、真実を答える。絵を見たそうにする相手も居たが、先にミハエルに見せたいからと断れば、それ以上無理を言われることは無かった]
[どこで見つけたのかと問われると]
キノコ畑に行く途中の路地裏だ。
[これは真実とは遠い。上着からはみ出ているキャンパスの端にヒカリコケの胞子が、僅かについていることを、不思議と思う者はいたろうか?ヒカリコケなどありふれたものだ、と見逃されてしまったかもしれない]
…………とにかく、ここでジッとしていても仕方ねぇ。
行くとしたら……兄ちゃんのところか。ミリィ先生のところか。
あるいは、ミハエルの……。
[そう呟くと、のそりと起き上がり、自分の部屋をあとにした。]
―診療所―
[ひょこり、
人々がざわざわする合間を縫って外へと出た。
暫く歩いていると少し大きな道の向こう、
図書館へ行ったのか図書館から出てきたのか、
オトフリートが歩いているのが見えた。
何故か、少しばかり人が回りに遠巻きに見たり、近寄ろうとしたりしてざわついている。
どうしたのかしら、と、近寄ろうとして]
……ぁ…っ
[上着の端から覗いたキャンパスを見て、
吃驚して目を見開き足を止めた。]
─診察所前─
[何処へ向かおうとしていたかは実の所彼も分からないまま飛び出したわけで。そうして、道を歩いていたわけだが、]
? 何の人だかり……って!?
[遠巻きに見ていた奴の呟いた言葉に目を瞠る。
そいつは今『絵師様』って……]
っつ。おい、オトフリート!! その絵……くっ。
[問い詰めんと駆け寄ろうとするも、彼は図書館の中に。
追いかけて中へ入ろうとするも、そこに知った顔を見つける。]
……エルザ?
[ユリアンに声をかけられ
少し呆っとしていた少女は、体ごと振り返った。]
びっくり、した。
えと、ごきげんよぅ。
[驚いた顔は笑顔に変わり、
ユリアンへと向けられる。
ふわり、無邪気に綻ぶ顔は何時ものまま。]
ききゅう、飛べたかしら?
ああ、ごきげんよう。
[こちらも笑顔を返す。
……心の葛藤は奥の方に押し隠して。]
あー、今はちょっと……それどころじゃねーし、な。
……でも、この騒動が終わったら。
ぜってぇ。ぜってぇ、気球を完成させて。
……そん時は、一緒に外の世界に行こうぜ。
[そう言って、はにかんだ笑みを浮かべる。]
[持ち込んだキャンバスを書庫の中ではなく、読書室の一角に立てかける。既に内にも外にも噂は届いて、人々のざわめきが辺りを取り巻いていた。ドアに近い窓からそっと覗くと、図書館に入る直前に声の聞こえたユリアンがエルザに近づくのが見える]
・・・・・・・
[さすがに外の声までは聞こえなかったが、特に不穏な様子も見えなかったので、少しの間思案して、結局そのまま二人の様子を見守った]
[ユリアンの言葉に、
両手を合わせて口の前に立て小さく飛び上がる。]
行くわ、行くわ?
空や、空から見える、うみ。
ききゅうが完成するのと、満月夜に綿毛草で行くのと。
どっちが、先なのかしら。
満月夜って、何時なのか、知ってるかしら?
[嬉しそうに、首を傾けて笑う。
セルシアンブルーの髪が肩から零れ
笑んだコバルトグリーンの目の色が
細められる。]
……そっか、よかった。
[エルザの反応に、ほっと胸を撫で下ろした様子。
だが、続く言葉に僅かに表情を硬くする。]
……それは。
[しかしそれも一瞬。すぐに苦笑いを浮かべると、]
んにゃ。わかんねぇ。
でも、綿毛草に負けるつもりはないぜ。
それは、絵師さまへの挑戦ね?
[ユリアンの言葉にくすくすと笑いを零す。
それからふいと図書館へと目を移して細めた。]
さっき、キャンパス、持ってるようにみえたの…。
絵、なのかしら…?
[口調は少し、固い。]
だな。兄ちゃんは好きだけど、そこは譲れないね。
[もちろんエーリッヒが封じられたということは把握している。
これは、かならずこの事件を解決してエーリッヒを元に戻すという決意の表れでもあったわけで。
そして、エルザの目線を追って、視線を図書館へ。]
……ああ。チラッとしか見えんかったけど……あれはキャンパスだよな。
周りが言うとおりなら、アレに描かれてるのは……。
[あえて、それ以上は口にせず。]
―自宅―
[昨日は診療所で手伝いをして、一段落ついたところで家に帰って寝ていて起きたのは先ほど。
まだ妙に気だるいのは診療所でなれない手伝いをしたからだろうか。緊張したりした分余計疲れてる感じがあるがそうもいってられない。
エーリッヒが封じられたこと。その代わりなのかなんなのか。ミハエルが絵師になっているらしいことで]
俺、しばらくあんま手伝えねえかもしれない。あいつは友人だし、ミハエルの兄さんに頼まれたし、のんびりしてられない。
[とはいえ何ができるのかわからないが、そんな気分で海に入れるほど甘くはなく。迷惑をかけることとなったが許してもらえ]
親父、母さん。ごめんよ。じゃあまたいってくる…大丈夫だって、危険なことはしないから
「むしろあなたが迷惑かけないか心配です]
あぐ…
[そんなこんなで家を出て、人がいるほうへいるほうへと道を歩く]
[二人の視線が図書館へと注がれたのを見ると、す、と窓際から身を引くと書庫へと一度引っ込む]
[読書室には上着のかけられたままのキャンバスと、興味津々に覗き込む客達が取り残された]
[言葉を発する事は無く、視線をユリアンへと戻し
そのまま暫く、じいっと見た。
そうしてからにこり、笑ってくるりと後ろを向いて歩き、
図書館の入り口付近にぺたりと座り込んだ。]
見たいから、待ってる。
[ひとこと言う。
しゃがんだ膝に両手を乗せて、
あなたは?とばかりに首を傾けてユリアンを見上げてる様は、
何かの動物のようだった**]
[アトリエを出、向かう先は図書館。
道の人は己の姿を見れば話を止め、こちらを伺うような視線を向ける。
極力気にしない振りをしていれば、表情は自然と硬くなった]
―→図書館―
[ふらりと道を歩いて、少し足が痛かったりして立ち止まる。
ぱっと見上げた天井は、空を見せない。]
……はぁ。
[しばらく見ていたけれど、ため息吐いて図書館へと向かう。
と、皆が振り向く様子につられてそちらを見る。]
あれ、
ミハエル?
あ、そっか。絵師様なんだっけ。
[じーっと見つめられて僅かにたじろぐが、にっこりと笑顔を向けられると]
……そっか。んじゃ、俺も一緒に待ってっか。
[そう言って、エルザの横に*座り込んだ*。]
[誰かの声が聞こえた]
…違う。
[小さく呟いたその後。
顔を上げ、声の主を知る]
あ。
[いつものようにはできなかった。
戸惑い、間が空く。
『月』は今は隠れているけれど]
違うの?
なんか、絵師様だってみんな言ってるけど。
[きょとんと首を傾げる]
ご兄弟で絵師様になるなんてすばらしいって。
みんな褒めてるよ。
ミハエルは、音楽もすごいし、絵もお描きになるんだって。
ん?
[広場付近まで来て、人の流れ。塊が図書館から出ていることを知り]
どうしたんだ?あん?オトフリート先生が絵を?…そうか。
[など聞いて把握していた直後に、新しい絵師が。という声に見れば人ごみの向こうにミハエルの姿]
二人で一緒に絵師様でも良いと思うんだけどな。
[にへらと笑って]
そういえば、ここに来るまでべたべた触られたりしなかった?
なんかおばーちゃんとかおじーちゃんとか、ありがたやありがたやって感じだったけどさ。
[もちろんそれだけではないが。]
で、どっか行くの?
[書庫から出て来ると、手にしているのは、大きな白い布。綿毛草の糸で丈夫に織られたそれは、普段、古い書棚の埃よけの覆いとして使っているものだった]
ああ、どいてくれないか。
[絵の周りにたむろしている客達を下がらせて、その布をキャンバスに掛けてから自分の上着を取る]
…それなら良かったかも知れませんね。
それが、できることなら。
[微かに笑みを]
触?…いえ。
むしろ…
[続く言葉の代わりに、辺りを示した。
それが幸運なのか不運なのかは分からないが]
ええ。
図書館に。
ミハエルはおとなしいよねー
ユリアンはさわがしいけど。
[お前に言われたくないというようなことを言った。]
……んー、
まあこんなときだからね。
すぐ終わるよきっと。
あ、でもそうすると触られる?
[と、周りを見て、
青い髪をその先に見つけて手を振る。]
って、図書館行くのかぁ。
わたしも行こうと思ってたんだ。
オトせんせーにも一度本出してもらわないと。
[絵が完全に布に覆われてしまったことで、覗き見るのは無理と判ると、一人、二人と図書館を出て行く者が多くなる、その出入りの狭間から、外に居るミハエルとリディの姿が見えた]
持っていくまでも無かったか。
[呟いて、戸口へと向かう]
そっか。ミリィ先生も起きないか
[そういえばなんでミリィ先生は。など思う。原因不明な分だけそちらが怖く思いつつも視線はミハエルに。頼む…か]
ん…遠くないな。ちょっとどいてくれや
[小声で呟き。ちょうどリディが手を振るのが見えたので人をかきわけて進み]
よう、ミハエルにリディ。
[いつもどおり気軽に声をかけれたはず]
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