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[ 二人が其処――やや離れた場所ではあるが――に辿り着いた時には丁度、嘗て少年であった躯が刃を振るう男へと抛られた瞬間で。妙に緩やかに其の光景は刻は流れ、然し何が在ったか認識し切れずに、幾度かの瞬きの後には、倒れ伏した青髪の男の胸からは緋色が零れ仄甘い馨りが青年の鼻腔を擽るか。
薄い口唇が笑みを象りかけるも其れも一時で、ハッと気付いたように傍らの少女を見遣る。然れど、
「――どうか、した?」
向けられた視線にもメイは至極普通の、否、此の場においては却って異常な様相で緩慢に首を傾ける。驚いてはいるものの、其処に昨晩迄の動揺は見られない。次第に降り積もる、疑念。其れでいて、此れ以上触れては脆くも崩れ去ってしまいそうな、……或いは既に。]
[ 軈て少年の躯も死を間近にした男も睡りの地へと運ばれ、二人の少女も其の場を立ち去り、館内は何事も無かったかの如くに静寂が訪れる。異なるのは其の場に残る僅かな香りと緋色の痕か。
少女の薄紫は茫洋として其れを眺めていたろうか、声を掛ければ現実から薄布一枚隔てた世界に居るかの如き遠さを感じさせながらも、矢張り平然としてもう夜も遅いからと云って部屋へと戻っていく。死者の姿を視、声を聴いたとて、現在の彼女の様相は変わらないのかもしれない。
然うして後に残されるのは、青年一人で。]
……何、なんだよ……?
[ 妙な喪失感と苛立ちに近い、人としての感情。拳を固く握り唇を噛み締める。
然れど獣の時間は訪れれば其の黒曜石の双眸には冷艶なる月の光が宿り、*生を求めて駆けるのだろう。*]
[問い掛けられれば、にこりと微笑み――]
えぇ、ウェンディと申しますわ?
お兄さん――?
それとも――…?
[くすり――]
[零れた笑みは意味深な言葉を含みながら――]
未だ名前を名乗って居なかった。
他の人からもう聞いて知って居るかも知れないが、
俺の名はギルバート。
[淡々と][唇には刷毛で掃いた様な]
[薄い笑みを浮かべ]
ギルバートさん…ね。初めて聞きましたわ、貴方のお名前。
もっとも――
[彼の手に握らされた花びらを見て、少女は薄く微笑み――]
私には貴方の名前を知る必要なんて、無いんでしょうけども――
[ころころと笑い声は木霊して――]
[不思議そうに花を見つめるギルバートには]
その花は、今の私の心そのものです。
意味は――猜疑…
[ゆっくりと花弁に視線を注ぎながら…]
猜疑――
[ゆっくりと意味を噛み締める様に呟き]
つまり君は疑っているんだな?
其の罪状は何?
ローズマリーを殺した人狼だと思っているのか?
俺は記憶を無くしていたから、この館が如何いう状況なのか、君達が何者なのか、殆ど解かっていない。
この館の主が死んで人狼審問が始まった、と言う事だけしか。
[返ってきた言葉に、少女はすっと目を細め――]
簡単に言えばそうですわね…。
誰も疑いたくないという綺麗事は言っている暇がなくなりましたので…。
でも――
あなたの事は人狼とは…何故か思えないんですよね…。
何故なら…あなたは――
人として身を隠す人狼ならあまりにも…未熟すぎたから…
[ふっと緩めた口元から――]
[淡い微笑を零して――]
一つあなたに聞きたいことがあるんです。確かめたいというか――
あなたは…人の血液で――
飢えが満たされますか?
記憶が――…?
では尚更…人狼とは思えないのは何故でしょうね…。
[苦笑を漏らして――]
私はただの旅人ですよ…。この屋敷の主に用が有って立ち寄った――
付け加えるとしたら…二年前に今と同じような惨劇を体験しているということだけでしょうか?
[ふわり――]
[少女の金糸が揺れる――]
然う言えばあの異端審問官は如何した?
今日は一緒じゃあないのか。
彼奴も俺を疑っているのなら、良くもまあ一人で出歩くのを許したものだ。
黙って来たのか?
[ギルバートの表情に、少女は動じることなく――]
食事…だからですよ…。
私達人間が、家畜の肉を食べ食物で腹を満たすように――
人狼は――人間の血液で飢えが満ちると…
以前聞いたことがあるんです…。
人狼その者の人に――
[微笑みを浮かべて――]
[「二年前に今と同じような」と言う言葉に]
[ニッと][唇を歪め]
[自嘲じみた苦笑][微かな好奇の色]
……其れは奇遇だな。
俺も一度人狼審問を経験したよ。
尤も、極最近だが。
[異端審問官の行方を尋ねられれば――]
[さらり――]
[少女は金糸を揺るがして――]
ギルバートさん、その質問は愚問というものですよ?
あなたは人狼では無い――
少なくても…
神父様を喰らった人狼な筈は無いですわ――
[ころころと笑う声は、弾むように宙を舞う――]
[ギルバートの口調に、明らかに不快を覚えながら――]
あなたが人であるなら。
人狼審問を経験しているなら…
何故――
神父様の死を軽んじるような態度を…?
[軽やかな楽の音の様な][[笑いを止めた]
[少女に][面白くも無さそうな顔で]
ある村に人狼が潜んでいると言う噂が立って、異端審問官がやってきた。
其の日から全てが変わって、地獄が始まった。
人狼が襲って喰ったのと同じ位、無実の人が幾人も同じ人間の手で殺されたよ。
安全の為に、人狼を見つける為にと。
何の罪も無い子供でさえも、疑いを掛けられて処刑されて。
だから…?
だから…神父様の死も…嘲られると?
――何も知らないのに…
異端審問官の心情なんて何も知らないくせにっ……!
ギルバートさんのところに来た異端審問官がどういう人かは私は知らないわ…。
でもっ…――
神父様は苦しんでいた…。
父も…苦しんでいたわ…。
罪の無い人を殺す苦しみなんて解らないくせに……。
人は皆…勝手なことばかり言って……
[搾り出すような言葉と共に――]
[少女の瞳から零れ落ちるのは。一筋の涙――]
殺した人狼の何倍もの数の人間を殺して生きてきたから…何?
あなたはその騒ぎで…何かしたの…?
少しでも審問官の苦痛を軽減するような事をしてきたの?
一人でも犠牲者を出さないように…皆で団結するような動きを…してきたの?
[悲しみに濡れた瞳は――何処か虚ろ気にギルバートを見つめて――]
[投げ掛ける言葉は…淡々と――]
苦しんでいたから──か……
苦しんでいたら、許されるのか。
同じ人間が人間を殺す事を。
其れで罪が消えるのか。
消えはしない。決して。
[決然と]
[涙を零す少女にも][同情を示す事無く]
何をしたか?
[クッと喉を鳴らし]
[自嘲][嫌悪][悔恨]
[琥珀の眸に瞋恚の炎を宿して]
──俺は愛するひとを信じられずに、裏切って生き延びた。
別に私はあなたに神父様の事を赦して欲しいなんて思ってもいない。
私は神父様を、父を――赦すと思っているだけ――
それにね、ギルバートさん。私は神を捨てた人間なの。
罪がどうとかという話は…、私には関係ないことなの。
そんな話は…熱心な信者に任せておけばいいだけの事。
[涙を拭い、少女はふっと溜め息を吐いて――]
…人狼とは…解り合えない。
だから――私は『彼ら』を殺したいと思うだけ――
ただ――
あなたが同じ『人間』なら――
助けを求めたかった…。
私一人では…あまりにも無力だから――
[と、そこまで言うと自嘲的に微笑を漏らして――]
でも、あなたとは分かり合えなかったみたい…
解かり合えないから、殺す。
信じられないから、殺す。
憎んでいるから、殺す。
愛しているから、殺す。
愛しても憎んでいなくても、殺す。
[少女に背を向け、再び歩き出す]
[刹那、]
それに───
あんたが人狼でないと、如何して判る?
異端審問官を油断させられるのは、余程信じていた人間だけだ。
[置き土産の様に][囁いて。]
[ギルバートの口から零れた、独り言のような言葉に――]
[さらり――]
[少女は金糸を揺らして――]
…人と人狼の境界なんて、有って無いようなものかもしれないわね…。
私は大切な人を人狼によって奪われたから――
『彼ら』を殺したいだけ――
父を苦しめた『人間』は。
――勝手に滅んでくれたから…だから私は…手を汚さずに済んだ…。
お綺麗な存在では無いわ?
[ギルバートの言葉に――]
[ふわり――]
[微笑めば、花の香りが零れ落ちて――]
−階段前−
[ヘンリエッタがそこにたどり着いた時、既に全ては終わっていた。
階段の半ばに横たわるのが、青い髪の青年であるのを知って、小さな肩が僅かに下がる。
青年の先、見上げるは殺人者の姿。]
[それは、彼女には一番馴染みの無い人間で。
名を交したのさえ、つい先日のこと。
けれど、彼が抱く緑の髪の少年を見れば、彼が何故、殺人を犯したのかは理解出来た。
また、一人。
あと何人死ねば、これは終わるのだろう?
館に残る生者の数を数え、少女は殺人者を見据える。
彼が動いた。
ヘンリエッタと彼の間に立つお下げの少女に、何事か話しかける。
ヘンリエッタは身を硬くして、それを見守った。
緑の髪の少女の背後、一心に彼を見つめる存在に、気付いていたのかいないのか。
彼の瞳に、赤い髪の少女は映らない。]
[少年を抱き、背を向けた男が二階に消えるまで見送って、ヘンリエッタは自らの手に視線を落とした。
手のひらに硬く、握り締めるは錆び付いた鍵。]、
[青年が立ち去る刹那に零された言葉には――]
確かに…そうかもしれないわね…。
でもね、ギルバートさん。
私、神父様が扱う銀の弾丸を何度も目の当たりにしているけど――
私…一度だって怯えた素振りを見せたことが無いのよ。
それに――
[しゃらん――]
[胸元から取り出したのは、銀の鎖と細工の施された、銀のペンダントヘッド。
それは少女がこの屋敷に訪れた際、アーヴァインに手渡したそれと酷似した物で――]
神父様は…、これの存在を知って居たかは解らないけどね…。
それに…。私と神父様はもう…疑うとか疑わないとか…そう言うものは関係なかったもの――
[呟いた少女の声は、ギルバートに届いたのか。少女は知る由もなく――]
[しゃらん――]
[ペンダントヘッドを隠して――]
[ふわり――]
[花を手向ける為に、ルーサーの元へ]
――廊下→アーヴァインの部屋へ――
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