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アリーにベリー、シリーにデリー、イリーに…おいおい、エリーにフリー、あんまり遠くに行っちゃだめだぞ?
[狼は怖いけれど、羊飼いはいつもの丘に羊の放牧に出掛けていました。だって青々とした草を羊に食べさせる事は、真っ白でふかふかな羊毛や、美味しいチーズの為には欠かせないのです]
やれやれ、今日も羊達は落ち着かないな。おいらもちょっと落ち着かない気分だけれど。
おや?あの鐘の音は…?
[宿の中は静かです。
旅人は食事を作り終えると、テーブルの上に置いて、上から布をかぶせておきました。
きっとまずくはないのですけれど、いつもと比べると量も見た目も物足りないかも知れません。
旅人は先にアナと一緒に食べていましたから、それらには手をつけないまま、宿から外に出て行きました。]
[駆けて行くアナを見送った後、しばらくそこに立ち尽くします。]
『からだ』。『からだ』って?
……どうして、そんな言い方するのかしら?
[考えても、答えは出ないのですけれど。]
誰が亡くなったんだろう?
まさか、女将さんが?
いやいや、まさかそんな…
ほーい!ほーい!アリー、ベリー、シリー、デリー、イリー、エリー、フリー、みんな帰るぞ、大急ぎだ!
[慌てて牧場に帰り着くと、羊達を大急ぎで小屋に入れて、羊飼いは一張羅の黒い上着を羽織って村への道を辿ります。小屋から抜け出した子羊のエリーとフリーが、とっとこ後を追って来ましたが、気付く余裕も無いのでした]
まさかまさか、狼なんかいるわけないよ。
狼が人を襲うなんてあるわけないよ。
狼…いいや、ジンロウだって?
[擦れ違った村人がひそひそと噂しているのを耳にして、羊飼いはぽかんと口を開けました]
そんな…だってあれは、ホラントの、ほら話だろう?
[静かなのは宿の中だけではありませんでした。]
小さな村だからな。
それにしても急だけれど。
一体、だれが亡くなったんだろう。
[呟いてから、旅人はふと立ち止まります。
村人たちのうわさ話が聞こえて来たからです。]
『人狼』。
……ああ、それよりも、わたくし自身の事ですわね。
本当に、どうしましょうか……。
[小さく呟くと、歩き始めます。
足取りは、どこか覚束ないかも知れませんけど。]
まさか。
ベリエス殿も言っていたではないか。
惑わされてはいけないと。
[そう言いながらも、旅人はマントの内側に手を入れました。
そこにはいつも隠して持っている短剣がありました。
旅をするのにはなにかと役に立つのです。]
おや。
[ふと人の姿が見えたので、旅人は剣から手を離しました。]
〔村外れの丘にたどり着いたアナは、しゃがみこんで、花を摘む。残念ながら、ドロテアの持っていた花はないみたい。白の代わりにとりどりの花で籠を飾っていく。〕
今日は、みんな、いないのかな?
〔いっぱいになった頃、しずかな丘に首を傾げるアナ。
教会に行く前に、少し、寄り道。
けれど牧場に羊飼いはいないようで、小屋のほうから鳴き声が聞こえるくらいだった。〕
[道を歩いていくと、村人たちの囁き交わす声が聞こえます。]
……話も、だいぶ、広がっているのですね。
[小さな村だけに、噂が広まるのも早いのでしょう。]
他の話も、伝わっているのかしら。
[少しだけ不安げに呟いた時、黒をまとわない人の姿が目に入りました。]
……あ、あら。ルイさん。
[木こりは村の中をゆっくりゆっくり巡ります。
ホラントのことを問われれば、教会を顎でさしました。
元々少ない愛想は殆ど残っていません。
やがて人影の見える丘を上っていきます。]
…アナ。
ホラントへ持ってくなら急いだ方がいい。
……?
誰かも、いないのね。
〔羊たちの声を聞いていたアナは、ふと、ぽつんと呟いた。〕
ついて行っちゃったのかな。
〔それから戻ろうとするときに、ドミニクが声をかけてきた。〕
あ、木こりさん。
木こりさんも、お花を摘みに来たんですか?
〔こんにちは、のんびりお辞儀をしたアナは、今日はびっくりしたりせずに、おおきな男を見あげた。〕
[旅人はいつもの格好です。
ドロテアに丁寧なお辞儀をされましたので、旅人もぼうしを脱いで頭を下げます。]
なんだか、おぼつかなく見えたものだから。
大丈夫か。
とはいっても、この状況では仕方ないのかもしれないが。
[旅人は周りを見ながら言いました。]
え? ええ、大丈夫ですわ。
[問いかけに、精一杯笑って見せますけど。
疲れているのは、きっと、すぐにわかってしまうでしょう。]
まさか、こんな事になるなんて。
……もう、本当に。どうしていいのか……。
[アナの服装を見れば、向かう先は分かります。
そうでなくともたったふたりの兄妹なのです。
服の欠片、ランタンの破片でも会いたいだろうと木こりは思ったのでした。]
[ホラントの棺の前で、おじいさんはぽつりと呟きます]
しかし、困ったことじゃ。
村のみんなはどう思っているのやら。
まさか見知った顔を疑っているのではあるまいのう?
[困った困ったと、おじいさんは首を振ります。
そして、ホラントがお墓に行くまでもう少し時間があるのなら、村の様子を見に行くことでしょう]
無理はしないほうがいい。
[疲れているような笑顔に、旅人はあっさりと言いました。]
たしかに、だれだかは知らないが、ずいぶんと急だったな。
人狼のうわさもあるようだし。
お別れ。
〔アナはドミニクのことばを繰り返す。
ちょっぴり首をかしげてから、ゆっくり歩きだした。丘を下ってゆく道を。〕
お別れは、もうしたから、だいじょうぶ。
アナが起きるまでは、そばにいてくれたもの。
起きたらすぐ行っちゃうなんて、せっかちだけれど、お兄ちゃん。
〔そばを過ぎて少しして、アナはくるり振り向いた。〕
木こりさんは、お兄ちゃんのからだと、会ったんですね。どんな、ふうでしたか?
[ゼルマはいつのまにか隣にいるベリエスを見て、心を強くしました。]
ホラントも可哀想に……それにしても寒くなってきたかしら。
[問わず語りにそう言うと、ぶるっと身を縮めました。
雷鳴が轟き、黒雲が迫っておりました。]
[あっさりと言われてしまい、困ったように笑いました。]
……亡くなられたのは、ホラントさんです。
そして……多分、噂は噂では……ないのですわ。
[ちいさく呟いて、籠に挿した花を見ます。]
えっ。
[老人の発した言葉にぎょっとしたのです。]
ベリエス、村の人を疑うって、何をいって、、、
[『ヒトニ、バケル、ケモノ』という言葉が頭の中に過ったのです。
そういうことだったのです。]
[羊飼いはとぼとぼと教会への道を歩いています。子羊が二匹、とことことその後をついていきます]
ああ、なんてこった。
[空に広がる黒雲のように、羊飼いの顔も暗いのでした]
む……そうじゃのう。これは一雨来そうかの?
ほれ、良かったら使いなさい。
[おじいさんは、自分の首に巻いていたマフラーをゼルマへ渡します]
まだ教会に来ていない者らが心配じゃ。雨に濡れなければ良いが……。
[沈んだ心に、雨の冷たさは響くことでしょう]
そばに……いた?
[木こりは今朝、ホラントの無残な姿を見つけたのです。
いったいいついたというのか、アナの言葉がわかりません。
後ろをのっしのしとついて行きながら顔を顰めます。]
オイラが見つけたのは地面の染みと、服の欠片と"壊された"ランタンだった。
……からだはもう、なかったさ。
[どこへ消えたのかは触れず、振り返る少女に答えます。]
人狼の恐ろしい所は、昼間は人間の振りをしている所じゃよ。
そしてもっと恐ろしい所は、ごく普通の真っ当な人間までもが、人狼ではないかと疑われることなのじゃ。
[おじいさんは言いましたが、ゼルマが驚いているのを見て、それ以上話すのをやめました]
脅かしてすまんかったのう。
わしはこの村の皆を信じとるよ。
[教会に着くと、羊飼いは帽子を取って、聖句を唱えました]
ああ、牧師さん、ベリエスさんにゼルマさんも、おいらホラントがって…聞いて……
ああ、なんてこったホラント。
なんだってこんなことになっちまったんだ?
[おいおいと羊飼いは泣きました。羊飼いの足下で、二匹の子羊もめえめえと悲し気に泣きました]
ホラント殿だって。
[旅人はびっくりしたように言いました。]
少し前に見た時は、元気に見えたというのに。
一体・・・
[旅人は言いかけたことばを途中で止めて、うつむいたドロテアを見つめます。
ドロテアのことばが、なんだか妙に説得力があるように聞こえたからです。]
人狼が、本当にいるというのか。
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