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[やがて、何事もなく締まる扉。
やりとりは無機質だった]
…。
[淡い黒のこびりついたカップを片す。
訪れる静寂。
窓より差し込む月明かりを受けて煌めく食器は、どれも凶器と映る。視界は以前と異なっていた]
[それらに手をつけることはなく、*紅茶を淹れ始める*]
[逃げては駄目だ。だから逃げない。
そう言い切っていたはずの自分。
けれどここにきて、それを出来ない自分が居た。
彼は。彼らは笑うだろうか。怒るだろうか。
それとも。
どうしても時間が欲しかった。
ナターリエの箱の中身。双花宿す者達の言葉。
それとは別に、何かが壊れてしまったようなゼルギウス。
即座に冷静な判断が下せるほど強くは無かった。
無理矢理にでも支えてくれるものは何も無かった]
[残っているのは、弱さと。迷いと。
その時が来れば選んでしまうのであろう、選択肢。
守るためならば再び手に取ってしまうだろう。
そして、もしも一番恐れている形であるならば。
……きっと、もう――……ない]
― 二階・ウェンデルの部屋 ―
[子供は、招き入れられた部屋の片隅でいつのまにか寝入ってしまっていた。起こさずに階下へと降りて行ったウェンデルの気配にも気付かずに]
[ゼルギウスは、その部屋にも声をかけていった。子供はそれを眠りと現実の狭間に聞いて、ぱちり、と目を開ける]
[部屋の主が居ない事に気付くと、茶色の瞳は不安気に揺れた。胸の花を押さえ、そこに変化がないことを確かめる。以前に対を失った時は、その花が教えてくれたのだ]
………?
[…けれど、その行動の意味も子供の記憶からは消えていたから、なぜ自分が安堵したのかを子供自身は知らなかった。ただ、突き動かされるように、起き上がり、部屋を出た]
[お酒。
聖誕祭には遅いけれど、グリューヴァインでも作ろうかと。
話には、そんな風に加わって。
暫くの後、部屋に戻り、机に伏せって。
眠ることすらできず、ぶ厚いレシピ集を捲っていた]
…。
[扉からのノックの音に、ぱたりとそれを閉じて。
所在の証明の代わりと成す]
[聞こえてきたのは、ゼルギウスの言葉。
淡々とした響きの伝言]
ヨハナ様が。
[ぽつり。扉越しに声を返す]
…わかりました。
少ししたら、行きます。
[立ち上がるにも。僅かに気力が必要だった]
今更、正体なんて。
あの時、人狼の存在を疑ってたのに。
全部嘘だったのかな。
[酷く柔らかな呟き。
その柔らかさは、疲労がもたらしたもので]
…それなら、今からのお話は。
本当なのかな。嘘なのかな。
―二階個室―
[開け放たれた窓の向こう、空を見る。
僅かに欠け始めた月。
指に挟んだものはただ灰と化してゆく]
はい?
[ノックの音に応えを返す。
右手の中身はそのまま火を消して、扉へと向かった]
― 集会所一階・厨房 ―
[用意を終えて、また一つ息を吐く。
ポットを二つ。カップは七つ。
初めに来た時に比べれば、随分数が減ったものだ]
ゼルギウス。
[一見普段通りの相手が淡々と語る。
正体という言葉に眉は寄ったが、結局コクリと頷いた]
分かった。
窓閉めてくるから、先に行っててくれ。
[去ってゆく足音。
小さな溜息を落として中に戻ると窓を閉めた。
冷ややかな光に背を向けて、ヨハナの部屋へと向かう]
[ふ、と息を吐いて。口を開く]
ううん。
あたしは、あたしが信じたいことを信じるだけ。
エーリッヒは人。
花の二人も人。
あたしと。兄さんと。ヨハナ様と。薬師様。
選択肢はたったのそれだけ。
あたしが諦められる順番なんて、決まっているもの。
[ヨハナの言う正体とは一体何なのか]
[僅か興味は引かれたが、それが何であれゼルギウスには関係無かった]
[誰が人狼であるかなどと言うことも関係は無かった]
[今望むのは、不要物の廃棄のみ]
─二階・ヨハナの部屋─
婆ちゃん、全員を呼んできたよ。
[部屋に入りヨハナに告げる]
[そのまま寝台の傍にある椅子へと腰掛け]
[全員が集まるのを待った]
[ナターリエを運ぶ前に拾っていた、箱の聖銀と。
エプロンに入れていた折り畳みナイフ。
その両方を服にしまって、身支度を整える。
ぱたり。
部屋の扉を閉じて、ヨハナの部屋へと]
―→ヨハナの部屋―
……。
[皆が集まってくるまでのちょっとした間。
そして、その後に来る終わりを迎えるのを、老婆は異様なまでに静かな感情で待ち望んでいた]
[老婆は、今の自分はとても危ういと思っていた。
一度死に掛けたせいなのか。それとも、狂信者となる元凶となる腹を傷つけたせいなのかは分からないが、少しずつ、自分が人狼のそばにあるべき人物ではなくなっていることに気付いたからだ。
もしも、完全に人狼からの呪縛を断ち切ってしまったのならば、人狼にとって、これ以上にひどい裏切り者はいない。
内訳を全て知ったうえで、人間につくものは、もはや、狂信者ではなく、ただの狂人。最悪の存在だ。
だからこそ、人狼の呪縛が断ち切られる前に全てを終わらせなければいけない。
老婆の最後の気まぐれで、「あの子」の頑張りを無にするわけにはいかないのだ]
[階下向かおうとした時、紅茶の香りが漂ってきた、広間から姿を見せた探し人の姿に、子供はほっと息をつく]
ウ……
[名を呼ぼうとして、子供は思いとどまった。そのまま、くるりと踵を返して早足にヨハナの部屋へと向かう]
ウェンデル。
[ヨハナの部屋の前。
トレイを持った青年と先に出会った。
乗せられているカップは全て揃っている。
そう。欠けたカップより、欠けた人の方が多くなってしまった]
どうぞ。
[扉を開けて、促した]
……。
[皆が集まると、老婆はゆっくりと全員の顔を見つめて、そして、重い口を開く]
……みなさん。
このばばの話のために集まっていただいてありがとうございます。
[まずは、そう言って、頭を深く下げた]
もう知っているとは思いますが、ベアトリーチェお嬢ちゃんは人狼です。
……それは疑いようのない事実。
彼女がいつ、どうやって、人狼になったのかは私にも知りません。
けれど、それよりも、もう一つの大事な事実を伝えなければいけません。
人狼は……もう一匹います。
それが―――。
[老婆は、皆の目を同時に見つめ最後の言葉を口にした]
[小さな音に顔を上げると駆けゆく影が見えた。
僅かに疑問は抱けど、追求することはなく。
足取りはゆっくりと、ヨハナの部屋へ歩んでいった]
私が……残った最後の人狼なのです。
だからこそ、私はベアトリーチェお嬢ちゃんの正体を知っており、そして、皆の真意を問うようなことをしていたのです。
―――単純な答えでしょう?
[老婆は疲れたようにため息をついた]
……本来ならば、最後まで抗うべきなんでしょうけど、私はもう疲れてしまいました。
人狼とは言え、若い命が散る姿は、もう見たくないのです。
やはり、最初に言ったとおり、老い先短い私が最初に死ぬべきだったのです。
ですから……もう、終わらせましょう。
私の、命を絶つことによって、全てを。
[そこまで言うと、老婆がもう一度皆の顔をゆっくりと見つめる。
穏やかな微笑をたたえながら]
…エーリッヒさん。
ありがとうございます。
[感謝を述べ、促されて中へと入る。
眠っていたはずの子供は既にそこにいて、ならば、先程のはそうか、などと思う。逃げた理由はわからないが。
部屋に入り、卓上にトレイを置いた]
[ヨハナへと、紅茶を注いだカップを渡そうとしたときだった。
彼女の言を聞いたのは。
手が、動きが止まり、金の眼差しが老婆を見据える]
誰か……私に止めをさしてはくれませんか?
一人で勝手に死ぬのも結構ですけれども、それでは、信用できないでしょう?
恨み、憎しみ、悲しみ、苦しみ。
全ての感情を、私にぶつけなさい。
私は、貴方達を恐怖や怒りに満ち溢れさせた人狼なのですから。
憎悪に任せて殺すには充分すぎることをしているでしょう?
だから、手加減も、後悔も、何も思わない、ただの虫けらを殺すのと同じように、私を、殺しなさい。
[ウェンデルが入ってから、自分も部屋の中へと入る。
先に来ていたゲルダの方へと歩く途中、その一言が齎された]
ヨハナ婆が。
[言っている言葉に嘘は殆ど無い。だからそれはどこか真実味を帯びていた。じっと老女の顔を見る]
[ゼルギウスはヨハナの告白をただ静かに聞いていた]
[自分が人狼だと告げるヨハナ]
[そしてベアトリーチェが人狼であることを認めた]
[けれどやはり、ゼルギウスの表情は変わらない]
[止めを刺せとヨハナは言う]
[壊れたゼルギウスに、ヨハナにぶつける感情は無かった]
[無表情のまま言葉を聞き]
[周囲の反応を見るために真紅を流す]
何を――今更。
[老婆の告白には、可笑しな点がある。
彼女が最後の人狼であるならば、説明のつかない点が。
しかし、ウェンデルはその事に気づかず、言葉を重ねる]
今更、疲れたから終わりたいなど。
赦されると。
ウェンデル坊や。
ならば、逆に問います。
赦される、赦されない以前に、私を殺す以外に、この場から開放される手段があると思っているのですか?
まさか、自分以外の全てを殺そうとしているのではありませんよね?
もしもそうならば……貴方のほうが、人狼よりも、もっと残酷で、恐ろしい生き物ですよ。
[皆が集まったところでヨハナさんの話を聞き、
明かされる言葉のそれぞれ]
ベアトリーチェとヨハナさんが……。
人狼だっていうのか……?
[自分を殺せと言うヨハナ、困ったように周囲に視線をやり、
確認するような言]
殺さなければ…おわらないんだっけか…?
他に方法……やっぱりないのか…?
[ヨハナに視線を向ける]
[本当か、嘘か。
その考え方が生まれていたから、二度瞬いて、思考する。
言う事が本当ならば、これで終わり。
嘘ならば、彼女自身の命が奪われるだけでなく。
更に犠牲が…増える?]
…証拠は、ございますか。
[ただひとひら、疑いの言の葉を]
ベアトリーチェのように、誰かを傷つける術がヨハナ様もお持ちなのですか。
……は。
ウェンデルの言うとおりだ。
今更すぎるよ、ヨハナ婆。
[憎悪に任せて殺してくれ。
それを掻き立てようとするのは、容易ではなかった。
その顔が、まるで殉教者のそれのようで。
何かが間違っていると、そう訴えかける何かがあって]
最低限の犠牲で終わらせる。
今からでもそうしろって……?
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