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─一階・廊下─
さて……。
[書斎の前で、一つ、息を吐く。
シスターとのとぼけたやり取りは、既に記憶の彼方。
それより何より、今は]
……そういや、今朝……。
[階段を、一度の跳躍で飛び降りた事。
確かに、生来抜群の運動神経を誇り、暗殺者として鍛え上げられる事で、卓越した身体能力は備えている、と自負はしている。
だが]
……普通じゃ……ねぇ……よ、な。
[それなりの高さのある階段を、一度の跳躍で飛び降り、かつ、全く苦もなく着地した、というのは、さすがに異常に思えた]
―open the door and go out from library[廊下へ]―
[後ろ手で扉を閉めると、...は少し考え、あたりを見る。
東へ行けば、きっとあの赤い色が見えるだろう。
――においが強いだろうから、近づくのも躊躇う。
やっぱりkitchenへ行こうかしら。
doorにもたれかかるようにして考える。]
[気のせいかと思いつつも部屋中を歩き回る。
それは扉に近いほど、強いような。
幾度となく嗅いだ物に近い事を、彼は次第に思い始めていた。
外か。彼は鍵のない扉に手を*掛けた*]
――自室――
[誰かが悲鳴をあげた気がした。
それは隣の部屋から響いた男の叫び声だったかもしれないが、まどろみの中でユリアンは思う。
――いやいや気のせいか、そうでなかったら性質の悪い夢さ。
今の自分はもう、ガラスの破片を握りながら建物の隙間で夜を明かす13歳ではないのだから]
ふぁ…
……よく寝た。
[死んだ者のいろんな事が見えると告白した、エルザの真剣な瞳。
言のみを取れば、怪しい物言いで神秘性を醸し出し、料金を高く得ようとする占い師のそれだ。笑って聞き流しても良かった]
[書斎への廊下を歩く。
部屋の棚の引き出しに入っていた、綺麗な銀細工の施された手鏡を取り出す。
さっき蒼いと言われた顔を映すと、もうそれほどでもないようだ。
鏡をつんつんと、つついてみた。なんらかの応えを期待するかのように]
・・・・・・。
[書斎近く、人影に気付き少しびくりとする。
それがアーベルだと分かると、小さく息をついた。なんだか、今朝とデジャヴだ。]
[だけども彼女の言葉に耳を傾ける者達の真摯な態度、何より本人の声の調子がそうはさせずに、黙って聞きながら更けていった夜。
自室に戻った後も物覚えが良いとは言えぬ頭は、くり返し彼女の発言について考えようとしていて上手くいかず時間だけが過ぎた。
だから目覚めるには遅い時間にようやく目を開けた時、騒ぎにはまだ気付いていなかった。
たっぷりとした睡眠をとることに慣れ始め、ぼんやりする頭]
ん…そうだ、せっかくあるんだから…
起き抜けに風呂に入ったって、誰も怒ったりしない。
[使い放題の熱い湯に体を浸し、だんだんと目も覚めてく]
[浴室から出て、着替えを求めて箪笥を開ければ変わらずそこに、場違いなナイフがある]
…そうか。
[見る度、どうしてこんなにも胸を騒がせるのかと不思議だった。
気がついてみれば簡単な理由]
親方ん家にある果物ナイフに似てる。
[刀剣も扱う者の見栄か、無論豪華さは比べるべくもないけれど似ていた。太い刃もいやに大きな所も、果実の意匠が施された柄も。
まだその男の理不尽な暴力をうまくやり過ごす事を覚えていない頃、そこを出れば生きる術も無いという事実も忘れ、ただ本気で想像したものだった。これであいつを殺してしまえば、と]
やれやれ…
[心がささくれ立って当然、むしろそうでなくては生きていけない薄暗い路地での生活。
自分は争いごとを嫌う父の血に似た、もうちょっとまともな人間だと思っていたと悩む気持ちもすぐに忘れ…
食べ、生き、少しでも幸せを感じるためなら何でもやろうと思った。
あるいは警戒心を薄れさせて人攫いに遭ってしまうなどという仇になったかもしれないが、それでもアーベルやシスターと神父に出会えて、またまともな人間としての心を取り戻せたと思っていたのに。
行き着いた先の鍛冶屋では呆気なく、そんな衝動が生まれたのだ]
…俺って結局、最後の部分じゃ天国には行けない奴だよな。
[――だけども優しい人々に囲まれている今、自分も善良な心根で居られている気がする。
箪笥の中から、よく見れば細かな縫い取りが施されてはいるけれど、結局しっくりくる緑色のシャツを選ぶ。
着込みながら、そういう自分が少し嬉しく姿見前で微笑んでみた]
――二階廊下――
食べ物相手にニッコリしてた方が、まだましってものだよな。
さて…
[この頃は一階に下りればいつも良い匂いが自分を迎えてくれる。
うきうきと扉を開いて、だがユリアンは顔を顰めた]
何だ、この匂い?
[匂いの元はすぐに分かった。
空き室のはずの左斜め前の部屋から…
それとも部屋に向かって?
どちらかは分からなかったが、点々と廊下から階段に続く染みは、乾いた血の色をしていた]
…誰かが怪我でもしたんだろうか。
[いやな音をたてる胸を肌触りの良い服の上から押さえ、一階へと下りて行った]
[アーベルは書斎から出てきた様子。
気配を消しているだとかは分からなかったが、なにやら慎重に見えた]
アーベル。・・・こんばんは。こっそり、どうしたの?
……っと。
[書斎から少し離れてあれこれと考え込んでいる間に、逃れてきたシスターが出てきたのが視界の隅を掠める。
直感が、奇妙な危機を告げた]
……気づかれる前に、撤退。
[そんな呟きを漏らしつつ、足音と気配を忍ばせて広間へ向かおうと思った矢先、声をかけられて]
……って……あ、ああ。
いや……なんでも、ねぇ。
[シスターから逃げてきたというのは、さすがに情けなく。
つい、言葉は濁された]
[珍しく言葉を濁らせるアーベルに、首を傾げる]
なんでもないのに、こっそりするなんて、変。
[少し可笑しかった。それは表情に出ているだろうか]
−過去・夢の中−
[痛い][いたい][イタイ]
[立ち込める血のにおい?]
[ふと気づけば、魂は身体を離れ、無残な亡骸と化した己を見下ろしている]
[己?]
[そう、己。白髪の老人の姿…]
――一階――
あ…。
[不吉な血の痕を目にした後、この広い屋敷に一人きり。
そんな事にはならなくてほっとする。
誰かしら人が居るだろう広間へ向かう途中、書斎近くに佇むイレーネと彼女に話しかけられるアーベルを見つけ、近寄った]
イレーネ、アーベルさん。
[近寄ってから、黙って真剣な目でじっと彼らを頭の上から爪先まで見下ろす。どうやら怪我はない]
…二人とも無事みたいで、良かった。
あのさ、俺廊下に血が点々としてたのを見たんだけど。
誰か怪我した…?
……そうかも知れんが……それは、言うな。
[何となく強引にまとめつつ。
僅か、笑むような表情の変化に、一つ、息を吐いて]
……いや、そっちには笑い事かも知れんけどな。
……!
[はっと目を開ける]
[ひどい汗。シーツまでも濡れてしまっている]
あの、顔。ギュンターといった…。
[背筋を駆け上る悪寒]
[この感覚は、夢などではない]
[それはもはや確信]
[呼びかける声に気づいて、そちらを見やる]
ああ……ユリアンか。
[投げられた問い。それに何故か、僅か、逡巡して]
……あの無表情が。
死んだ。
[それでも、端的に、要点だけを告げる。
隠した所で、どうなるものでもないから]
[ユリアンの声に振り向く]
あ、こんばんは。ユリアン。
[問われたことへの答えに迷い、一瞬のあとにアーベルからかなり端的な説明がされた]
・・・・・・。
……今、随分と可笑しそうにしてるように見えたが。
[驚いたような反応のイレーネに、さらりとこう返す。
自分の観察力が人とややずれているのは、取りあえず棚上げらしい]
何だよ、慌てて…
[表情をくるくると変えることはしない印象のイレーネに笑われて、悪戯を咎められた子供にも似た苦笑で何事か誤魔化すアーベル。
首を傾げ、ユリアンはちらと書斎への扉の方向に目をやった]
何で笑ってんのイレーネ…、アーベルさんが何かやらしい本でも探してたところを目撃した?
[くすくすと笑って扉から顔を戻した表情はしかし、凍ってしまった]
…死んだ?
[あの無表情。
アーベルらしい表現だったが、誰を指しているかはわかる]
あの可哀想な爺さん…え、老衰…じゃないよな。
[廊下に落ちていた乾いた血の色は、容易に不審死を想像させる。
不安に思うことなど何も起こっていないと信じたい顔で再び笑おうとしながら、死因を尋ねた]
へぇ。
[アーベルの言葉に、なぜか他人事のような、間抜けな返事をしてしまう]
・・・アーベルもあたしも、無愛想だと、思ってたんだけど、じゃああたし、勝ったかも、ね?
[首を傾げながら]
うん。
こんばんは…。
[意外と可愛い顔で笑っていたイレーネの表情が、アーベルの端的な説明でギュンターの死を思ってか少し硬くなった気がするのを見ながら反射的に答える]
お前、それはどういう解釈だ。
[最初の問いには一応突っ込んでおいて]
……明らかに、他殺。
何かに……喰い殺されていた。
[それから、次の問いに答える。
目の前で消えた死体。
その様を思い返しながら]
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