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カチューシャ。
無理しちゃだめだよ。
[彼女は昨晩意識を失った筈。
キィと高い音を立てて寄り、
少しだけ厳しそうな表情を浮かべて声をかけた]
[道を歩いていれば、高い車椅子の音が聞こえる。
視線を向ければ厳しい表情をしたロランがいて]
……ロラン……
わかってる、けど……
キリルに会わないと――
[注意されて俯き胸元で手を握り締めた。
キリルがいまどこにいるのかなんて分からないけれど。
そう広くはない村だから探せば見つかるはず]
…カチューシャは、キリルに会って、
どうしようか、選んだの?
[胸元で握りしめる手をじっと見て。
視線を彼女へとゆっくり移して、首を傾けた]
[俯いたままふるふると首を振った]
まだ、選べない……
だってキリルから何も聞いてない、もの。
――何も知らないまま、人狼だからって、
それだけで、終らせたくない……
[握り締めた手の中には小さな花飾り。
お茶をしたときに、化粧を教えてくれるといったイライダがキリルに渡したもの。
イライダの死もまだ知らないままだった]
そか。
[眉を困った風に下げて口元柔らかく微笑むと
少し、泣きそうな顔に見えるかもしれないけれど、
俯いた彼女に見られる事は無かった。
すぐに表情戻し、俯く]
…人狼だとしたら、
カチューシャを食べるかもしれないし、
マクシームを食べたかもしれないよ?
[それでも少し唸る具合で、低く続けた]
[落とした視線が見つめるのは、地面と、二人の足元だけ。
ロランの表情には気づかないまま。
低い声音で続けられた言葉にきつく手を握り締めた]
う、ん……
そう、なのかもしれない、けど……
[でも、あの時。
キリルは泣いて抱きしめてくれた。
兄を食べたのかもしれない。
――否、レイスが見つけた髪飾りが、食べたのだろうと伝えてくる]
ロラン、は……どうするか、決めたの……?
[決断するのは怖い。
昨日ユーリーに頼ってしまったほどに。
ロランは決めることができたのだろうかと、ふと気になった]
俺は、キリルを殺さないよ。
殺させない。
[カチューシャの問いに、ゆっくりと答える。
そっと、手を伸ばす。彼女が避けなければその腕に触れようと]
………俺は、カチューシャもキリルも大事。
[眉の外側を下げて、目を少し細めて幼馴染を見上げる]
ロラン……
[ロランの返事に、視線を上げた。
その表情に、痛みを覚えて情けなく眉が下がる。
伸ばされる手を避ける事はなく、触れる手のあたたかさを感じた]
あたしだって、ロランもキリルも大事だよ……
[目頭が熱い。
滲んだ涙を散らすように、瞬きを繰り返した]
[カチューシャの腕を、そっと撫ぜる。
そのまま手は彼女の頬へとあがり、
泪が零れるなら指で掬い拭おうと]
…あ、ごめん。
マクシームと比べさせる言い方だったかもしれない。
[自分の言葉に反省をして睫毛を伏せ、謝った。
大事。ギシリ、と、車椅子が音を立てた]
――ごめん。
─ →イライダの家─
[あの後何処をどう回ったかは、自分でも良く覚えていない。
確かなのは、その何処にも探し人の姿は無かったという事だけ。
気付けば空は白み始めていた。
広場を抜け、ある家の前で立ち止まる。幼い頃から知る女性が、今は一人で暮らしている家。
妹の様子がおかしい事を教えてくれた彼女。此処かも知れないと呆とした頭で考える。
今の姿を見られたら如何思われるか、などとは考えず。
呼び鈴を鳴らそうと触れる直前で、]
……?
[ほんの僅かについた、赤い色に気がついた。]
[散らしきれなくてこぼれた涙を拭われる。
頬を撫でるような動きに、変わらぬ優しさを感じた]
……ううん、あやまること、ないから。
[小さく首を振った。
車椅子に座るロランは、すこし目線を下げるだけで目が合う]
ロランは、キリルを殺したくないんだね……
あたしもキリルには生きていてほしい、けれど……
[緩く瞳を伏せた。
続く思考は上手く言葉にならず。
ただ、悲しげな表情が浮かぶ]
[指先に濡れる感触。
首を振る様子に、少し首を傾けて見上げる。
烏色に、彼女の顔が真っ直ぐに映り込んだ]
けれど、…
…他の人が殺されるくらいなら、殺す、かな。
人類の敵?
[謝ったばかりだというのに。
重ねた問いは、少し意地悪なものだった]
[空が白み始める頃――。
男はミハイルの家を出てイヴァンの元へゆく。
途中家に立ち寄るのは彼を包むための敷布を用意する為。
赤黒く変色した地面の上に仰向けのままのイヴァンがいた。
彼の身体には鋏を突き立てられた後が幾つもある。
マクシームの時とは明らかに違う傷痕。
男は屈むと幼馴染の目許に手を宛がい、下ろす]
イヴァン、
[肌の冷たさが命失われた事を如実に語る。
あの時、直ぐに駆け寄っていれば間に合ったのだろうか。
男には分からない。
けれど悔恨の念に苛まれるようにその顔が歪む]
……イヴァ。
[潤みを帯びた目許が、薄っすらと赤くなっていた]
姉さん?
[薄く開いた扉を開くまで、漂う異臭に気がつかなかったのは、きっとずっと同じ臭いを纏っていたからだろう。
飛び込んできた光景には、流石に目を瞠る。]
…… イライダ姉さ ん。
[昔淡い想いを抱いた美しいひとは見る影もない。
引き裂かれた喉。中身の無い空洞。周囲に落ちた肉片、内臓の欠片。それに加えて獣毛と足跡。
呼ぶ声に返る声はない。ある筈も無かった。]
……ロランも、意地悪だ……
[問われて言葉に詰まる。
殺したくはないし、生きていてほしい――でも、けれど、とついてしまうのだ]
人類の敵なんて思わない……キリルは、キリルだよ……
でも、あたしはユーリーさん信じるって決めたから……あの人が、そうするなら、止めない。
[卑怯な答えだとは分かっている。
決断する事から逃げているのだ]
…俺が意地悪なのは、いつも。
[言葉に詰まる様子に、少しだけ肩を竦める。
続くカチューシャの言葉に、少し目の端を和らげ]
――ユーリー、か。
[大事]
[ひとつの言葉を、胸の内側に思い出す。
降ろした手、自分の逆の手を掴んで力を籠める。
肘の傷が、少しだけ痛んだ]
カチューシャは、ユーリーを信じてついて行く、って、
選んだんだね。
こんな事になるなら――…
昨日のうちに皆に言ってしまえばよかった。
そうすればキミがこんな風に殺されることも……ッ
[くしゃりと泣きそうに歪む顔。
イヴァンの顔を映しこむ眸が濡れて濃さを増す]
済まない。
[幼馴染を助けられなかった事を
幼馴染の大事な恋人を、止める覚悟を決めようとしている事を
彼に悪いと思い、謝りの言葉を口にした]
……いつもはもうちょっと優しい、よ。
[いつもだと悪ぶるのには小さく抗議しておいた。
伏せた瞳をあげれば、手を掴むロランの姿が見える]
――うん。
そういうこと、になるんだと思う……
[こくりと素直に頷いた。
ユーリーを信じる根拠は何もない。
ただ、信じたいだけだった]
そっか。
じゃあカチューシャも…
[肘を掴む手に更に力が籠り、眉を寄せ。
それでも口元は笑み向けようと、してみた]
…もっと意地悪な事、言ってあげようか。
[誤魔化すように、軽めの口調で首を傾ける]
え、なに……?
[名前を呼ばれて首をかしげる。
ロランの様子に軽く瞬き、どうかしたのかと顔を覗き込んだ]
――ロラン?
[軽い口調で告げられることに瞳を瞬かせ。
問いかけるように名前を呼んだ]
もっと意地悪な事って――
─イライダの家─
[見開いた目はゆるゆると戻り、眉を寄せる。
玄関に足を踏み入れる。傍に落ちた獣の毛がふわりと揺れた。
血溜まりを踏む。とっくに濡れているから同じ事だった。
横たわったイライダの、顔の傍に膝をついた。]
…… ごめん。
[手を伸ばす。冷え切った頬に触れ、瞼に触れて閉じさせる。
イヴァンの時と違って、今は少しだけ落ち着いていたから、それ位の事は出来た。]
…ううん。
一番大事、を、見着けたんだなぁ、と思って。
[目を細めて口を横に引っ張り、にこりと笑みを作った。
柳眉が少しひくと震えてしまったのは止められなかったが。
呼ばわれる名前に、ん、と頷いて]
…さっきの、続き。
比較するのは、ユーリーとキリルだったんだな、って。
[そういう事だよね?と告げる意地悪]
だとしたら、俺はキリルを見着けても
カチューシャと会わせられない、よ。
[それでも、顔は少し泣きそうにくしゃと崩れた]
[目許を手の甲でぐいと乱暴に拭う。
少しだけ感じる水の感触。
大きく息を吐き出して幼馴染たちを見遣る]
イヴァ
如何してレイスはキミを殺した ?
[疑問を口にして]
キリルを二度も恐がらせるなんて
しない、よな ?
[一度目を後悔していた事を知っていた。
大事に思っていることも知っていた。
だからこそレイスがイヴァンを害した事が腑に落ちない]
……流石のメーフィエも怒るだろうな。
[悲しい。その感情は確かに在るようで、薄い紗を隔てた様に、何処か他人事の様だった。
守れと言われた訳ではない。けれど、死なせてしまった。
悲しく無い訳が無いのに、何処か麻痺してしまっている。]
姉さん、僕、
人を殺してしまったかも知れない。
[もう動かないひとに、罪の告白を落とした。
昔は大人びた彼女に、些細な相談事を持ちかけたりもしていた。
生きて聞いていたら、彼女は如何しただろうか。しょうがないわね、なんて言って笑ってくれただろうか。]
……そんな訳無いか。
[そんな事は分かっている。
息を落として、立ち上がった。]
ごめん。
[立ち去る間際にもう一度呟く。
もうすぐいくから。
口にはしないけれど、僕はその心算でいた。]
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