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― ベアトリーチェの部屋 ―
[無理に作ったものではない、自然な笑みをクロエ>>263が見せてくれれば。こちらもちょっと安心したように微笑みを返して]
いってらっしゃい。
[そう見送った後は、ベッドで休んでいるベアトリーチェのそばについている。
ベアトリーチェは眠っているのか、それとも眠れずにいるか。
もし魘されるような事があれば、なだめるようにぽん、ぽん、と布団の上に手を乗せるだろう。
物心つく以前に実の母を亡くし、男手一つで育てられた娘は。
子守歌や寝る前のおとぎ話をしてもらった覚えがなくそれらを知らないので、ベアトリーチェの安眠のためにそれらを聞かせる事もできない。
それでも、ベアトリーチェのそばで頭を撫でたり、「大丈夫、そばにいるよ」と声をかけたりしながら。
誰かが交代しにくるまでは、ベアトリーチェのそばを離れずにずっとついているつもりでいる**]
[表には出さぬが普段よりも警戒していた男は
クロエの一瞬の身構えに気づかぬ振りをする。
剣を見ての表情に、ふ、と視線を下げて]
――…探してはみたんだが鞘は見つけられなかった。
[ぽつりと呟くような報告が加わる。
対となるものであり、彼女の作品でもあるそれ。
欠けている事を残念に思っていた]
そうか。
彼女も、ショックだったろうね。
[心の傷を癒すのにどれほどの時間が掛かるか知れず
案じるように、小さく、溜息にも似た吐息を零した]
ん、ご相伴にあずかろうかな。
[誘いに応じるはするが向かう先が彼女の部屋とわかれば
扉の前で立ち止まり躊躇する素振りをみせる]
…探してくれたんだ。
[アーベルの言葉に、ふと目の色が和んだ。
嬉しいと、言葉ではなく表情で伝える。
剣は鞘と剣でひとつの作品であるものだから。
共に作り、大事に思うそれを心にかけてくれたのが嬉しかった]
うん。…見てしまったから。
[ベアトリーチェのことは低い声で口にした。
いたましいと心から思う。
何の気なしに自室へと向かおうとし、
躊躇をみせる彼へと不思議そうに振り返った───
…───表情が、僅かに強張った]
[昨日とは状況が違う。
昨日も作業場と同じく構わなかったクロエに対し、
アーベルはその手で扉を閉ざすことをしなかった。
不思議に思って聞いてみて、理由に少し笑ってしまった。
───却って目立つよ。
そう笑いながら、細くドアを開けておいた。
声はだから、部屋の外にも響いただろう。
それを警戒することもなかったのだが]
… 広間の方がいい?
[今日は昨日と事情が違う。
剣を手に持つ彼と二人になることを、厭う気はクロエにはない。
それは明確な、ひとつの理由を伴うものだ。
けれど自分がそうだからと彼もそうだという理由はなく、
それに気がついたクロエの表情は強張った。
同時に、冷たさが胸の奥を浸す気がした。
それでも暗に、他の誰かもいるであろう場を口にして問う。
彼が頷くならば、その求めには応じるつもりで]
当然だろ。
[やや語尾が上がり尋ねるような響きになる。
クロエの双眸が和むを感じ男の双眸も細くなる]
――…ん。
[発見したのがベアトリーチェでなく自分であれば
彼女らにはその無残な姿をみせぬようにしただろう。
血縁である彼女が発見したのが良かったのか悪かったのか
その時、アーベルには判断出来ない]
[部屋の前での躊躇に気づかれると
僅かに困ったように眉尻を下げる。
昨日、クロエから言われた言葉が過ぎった]
いや……、ただ、ね。
こうも汚れた状態でキミの部屋に入るのは気が引けただけ。
[躊躇った一番の理由を口にする]
広間に戻るのもあれだから……
俺の部屋で、お茶を飲もうか。
クロエが良ければ、だけど。
[鞘を捜すに当然といった響きには、胸の奥が暖かくなる。
蒼の双眸が細められるのに、不器用な笑みでうんと頷いた]
…、───…あ。
[部屋の前、躊躇った理由を聞かされれば、
クロエの目が軽く見開く。
彼の姿を改めて見て、言わんとするところに気がついた。
早とちりに口元に片手を当てた、耳朶が少し赤く染まる]
[ギュンターの日記の内容を知らない。
ライヒアルトが広間にお伽噺を持ち込んだ事も。
未だ過る不安を杞憂であればと思っていた。
仮令、それを知り確信したとしても
目の前に居るクロエに対して強い警戒は抱けぬだろう。
情が深い男は蒼花を抱くが故に
必要以上の情を抱かぬよう愛称で呼ぶ事を避けていた。
それも徒労に終わったのだが、
呼び名を変える事なく現在に至る]
気にしていなかったから、だから──…
……ええと、うん。
それでも大丈夫。
[むしろ冷えているのは彼の方だろう。
着替えはなくとも、洗って乾かすくらいは出来るのではないか。
あれこれと思い至るが言葉にならず、
結局こくこくと頷くような形になった。
警戒されたのではないと知って、ほっと気が緩んだのもある]
[クロエの白い肌、その耳朶が色づくのを蒼が見つめる。
口許に手を宛がうその所作は恥じらいからくるものに思えた]
――…あの、さ。
[徐に口を開き]
昨日と同じ理由もあったから
本当は部屋に誘うべきじゃないと思ってたんだけど。
この格好のままじゃ広間に行くのも悪い気がしてね。
[端的にしか言わなかった理由をつらつらと補足する。
羞恥を煽るような言葉は思うのみにとどめた]
気にしないと後で大変だよ。
――…掃除、とか、さ。
[クツと小さく喉が鳴る。
ある意味警戒心が薄いような気がするクロエに
軽く肩を竦めてから、己の借りる部屋の扉を開け
彼女を中へと促した]
却って目立つ、だっけ。
[ぽつと呟いて、扉は閉めるが鍵はかけぬまま。
テーブルの傍にある椅子をクロエにすすめた]
…あ、うん。大丈夫。
もともとそのつもりだったんだし。
[こくこくと再び忙しく、顔が上下に頷いた。
クロエが恥らったのは、主に己の迂闊さについてである。
…が、それに上乗せがなされなかったのは幸いであったろう。
主に手にしている紅茶の安全のためにでもある]
だってそれじゃあ、アーベルのほうが大変だし…
[掃除については、ぼそぼそと反論を試みる。
それでも素直に彼の部屋に招じ入れられ、
テーブルの上に持ってきた紅茶を置いた]
うん、ありがとう。
[今日は扉を閉めるように頼もうと考えていた。
だから音を立てて閉まる扉に、ほっとした表情をみせる]
[テーブルに紅茶を置いて、椅子に座ればほっと息をつく。
彼が愛称を使わぬ理由を、クロエは知らない。
ただ、大切に思う相手に警戒されなかったことを喜んだ]
…無理やりにごめん。
実は少し、アーベルに話がしたくて。
[少し強引だったかと、彼を見遣る。
情報を得るならば、もっと皆と会話した方が良いだろう。
クロエ自身も未だ把握をしていないことがある。
それでもと願ったのには、理由があった。
クロエの睫が、少し下を見るように伏せられる。。
躊躇うように一度息を吸い、
けれど意を決したあとは迷わぬように言葉を告げた]
昨日、また夢を見たんだ。
…アーベルの夢。
私には探さなくちゃならないものがあって……
アーベルを疑ったのじゃないけれど、他に浮かばなくて。
だから気にかかって、そのまま視てしまったんだと思う。
多分、私が夢で探しているのは、
[顔を上げる。
漆黒が、真っ直ぐに蒼の双眸を見つめた]
────…牙の主で、
[何故と明確なこたえはない。
けれど、吹雪の夜に目覚めたものは確かにあった。
月のいとし子らが目覚めたように、同じく目覚めたものがある]
…今回のことはこれで終わらないんじゃないか。
始まっただけなのじゃないか。
そんな気がして、仕方がないんだ。
でも……、…だから……
アーベルは牙の主じゃないと、知ったから。
伝えておこうと思った。
私の思い込みかもしれないけれど、…この力のことと。
私は絶対に、アーベルを疑いはしないということを。
[御伽噺だろうとも思う。
けれど一致する符合に、思い悩んで得た結論を口にした。
一笑に付されてしまうだろうか。
それが怖いような、そうであって欲しいような気が同時にする。
祈るような緊張を表に浮かべ、
紅茶を口にするのも忘れて、クロエはじっと彼を見つめた]
どちらにせよ部屋に戻る心算だったから問題ないよ。
これも鞘が見つかるまで此方で保管しておきたかったし。
[反論にはさらに理由をつけて応戦した。
部屋の寝台近くに置いたままの鞄。
その横に抜き身の長剣を寝かせてから
テーブルに置かれた紅茶に手を伸ばす。
男が腰を落ち着ける気配は、無かった]
こちらこそありがとう。
遠慮無く頂く事にするよ。
[カップの縁に口付ける。
漂う芳香とその熱にほっとしたように表情が緩んだ]
[謝るクロエにゆると横に頸を振る]
話というと、――…
[思い浮かぶいくつかの話題。
どれが彼女の話したい事かわからず
先を促すような響きになった]
………。
[躊躇うような間に、口を噤ぎ待つ態]
[昨日の続きも当然候補にあったが
自身の名が紡がれれば驚いたように瞠られる蒼]
俺の、夢……?
[不思議そうに頸を傾げて
クロエの語る夢の話に聞き入る。
探しているもの。
彼女が己を思い浮かべた理由。
そうか、という風な相槌を打っていれば
探している其れが彼女の口から語られた]
――――… 、は 。
[驚いたように漏れる音。
一瞬思考が停止したようだった。
思いもよらぬその言葉が何を示すか思い至れば
前髪に隠れた柳眉がきつく寄せられる]
牙の主、月のいとし子。
……人狼を、探していた、と?
[幻燈歌に歌われる存在。
お伽噺の中だけであれと思っていた言葉に
思わず確かめるような尋ねを向けた]
[先日、クロエが口にした幻燈歌の一節。
先ほど聞いたばかりの夢の話。
ギュンターを襲ったものが刻んだ傷。
抜かれた気配があるのに使われなかった長剣。
いくつもの点が線となるのを感じた]
キミが探す者は未だ見つかっていない。
その認識であってるかな?
…う……、
[返って来たのは強いひかり。
きつく眉寄せた向こうの、問い詰めるような蒼の双眸。
それへ、思わず言葉を詰まらせた。
そうだろうかと思い、それしかないと思った。
けれどやはり人狼は御伽噺の中の存在とも思えるし、
何故自分にその力があるのかなど、説明はしようもない]
…、うん。
でもそんなこと、考えたこともなかった。
だから夢だと…思って、いたんだけど…
[ベアトリーチェの痣を見たときに、予感は確信に変化した。
それでも問われれば、やはり間違いだったかとも思えてくる]
うん。見つけられていない。
その代わり…、…って。
[こくと頷くクロエが、不思議そうな顔でアーベルを見た。
きょとんと目を瞬かせて、座らない彼を見上げる]
…… 信じてくれるの…?
[己ですら己を信じかねるのに。
喜びよりも驚きが勝る顔で、まじまじと彼を見上げた]
[確認の言葉を紡ぐと同時に知らされる続き。
ふ、と、何処か安心したような笑みが漏れる]
――…キミが俺を告発する者でなくて、良かった。
[ぽつ、と呟き、手にしていたカップをテーブルに置いた。
草臥れた革の手袋を外し、右手に巻かれた包帯に手を掛ける。
元々疑う事など出来ぬと思っていたクロエが
己の知る真実と別を言わなかった事に安堵する]
思い込みではないかもしれない。
本当は、思い込みであって欲しいとも思うんだけどね。
キミが見出す者の片方であれば
月のいとし子に狙われてしまう。
俺は、――…キミが危険に晒されるのは、イヤだ。
[誤解なきよう常よりも言葉は多くなる]
また、牙の主を探す夢をみたなら俺に教えて。
キミの代わりに、俺が皆に伝えるから。
[右手の包帯を解きその甲に咲き誇る蒼花を
クロエに示すように胸元に掲げてみせた]
[クロエはぽかん。と、漆黒を丸くしたまま、
アーベルを見上げていた。
その視線の先で、右手の包帯が解かれゆく。
昨夜片鱗を見せながらも気づかずにいた花。
彼の瞳と同じ蒼の花に、息を詰める]
その痣はまさか、
…───『双花聖痕』…?
[幻燈歌の一節にある音を掠れた声で紡いで、
彼の目を見開いたままの目で見つめる]
…ダメ。だめだよ。
思い込みじゃなかったら、どうするの。
アーベルもベアトリーチェも狙われてしまうのに、
[ふるりと首を横に振る。
泣きそうな形に、きゅっと眉が寄せられた。
不完全な情報を口にしながら、ただ今は恐怖がある]
────私だって、アーベルを守りたいよ。
[自分に掲げるべき花はないけれど。
ぐ。と歯を食いしばって、指先を花へと伸ばす。
今まで彼の手に手を伸ばしたことはない。
友人なのだからそんなものだろう───けれど今は、
添えるように、そして守るように両手指を伸ばして添えた。
そうして、決意を告げるように彼を見上げる]
見つけたら必ず教える。
でも…嫌、だからね。絶対に。
[きゅと彼の手を両の手に握りこむ。
強くはないけれど確かな動きに、気持ちをこめて伝えた]
――――… ん ?
[不意に紡がれた名に不思議そうな声。
ベアトリーチェの名を出したクロエを見つめれば
泣きそうな形に歪む柳眉に困惑が過る]
クロエ。
[名を呼んで片足を軽く折り距離を少し縮めた。
視線の高さは、未だ少し高い位置ではあったが]
月のいとし子がいると確信すれば
いずれ名乗り出るつもりだった。
だから、キミが心を痛める事はないんだよ。
[守りたいとクロエが紡げば口許が綻ぶ]
キミの思いは嬉しい。
[感謝の念が滲むような柔らかな声音が
ふたりきりのその場所に微かに響く]
俺に守る力はないけれど――…
形だけでも、キミを守らせてくれないかな。
[彼女の指先が蒼いアイリスに触れるを感じた。
己と肉親以外には晒さず触れさせる事のなかった痣。
いつしか彼女の手に包まれる形となり]
―――…ん。
[伝わる彼女の思いに短く答える]
クロエ。
キミの無事を心から願っている。
それだけは、忘れないで欲しい。
俺も、キミの言葉は、忘れないから。
[仄かな彼女の笑みに、眩しげに細まる眼差し。
クロエの手に包まれた男の右手が彼女の手を軽く握り返した**]
うん。分かった。
[だからそそくさと視線を逸らして、
返す言葉も短く素っ気無いほどのものになってしまった。
けれどと思い直し、少しだけ視線を上げて戻す]
…───忘れない。
[短く付け加えた]
あ、ベアトリーチェはね…
[それから後。
問われれば、先に目にした少女の痣の話を口にする。
ただ見ただけだと添えて、
確かなものかは分からないとも告げてはおくけど]
でも本当にいるのかな。
だって、この屋敷の中に …、…?
[やはり信じ難いと、困ったように表情を曇らせる。
大体、誰を調べれば良いかも皆目見当がつかないのだ]
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