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次の日の朝、噂好き ホラント が無残な姿で発見されました。
そして、全てが始まりました。
坂道を転がり落ちるように、もう止まらない、止まれない。
今、ここにいるのは、旅人 ルイ、奉公人 ドロテア、牧師 メルセデス、木こり ドミニク、老女 ゼルマ、少女 アナ、隠居 ベリエス、羊飼い アルベリヒ の全部で 8 人かしら。
[仕事を始めてしまえば、木こりの頭から噂話は消えてしまうのでした。
あまり考え事には向いていないのです。
それに、最初にホラントに言ったように、狼が来たら斧で尻尾をちょん切ってやるつもりでしたから怖くもありません。]
うーんと、こんなもんでいいだろ。
しかし腹が減ったな。
……アナに茶を貰っただけだったか。
[ツィンカの泊っていた二階の部屋からは夜でも黒い森がよく見えました。
いえ、何も見えないのが判る、と言った方が良いでしょう。黒い、黒い森でした。
老婆は部屋を片づけながら真っ黒なはずの黒い森にぽつんと光るものがあるのに気づきました。
でもそれは、ゼルマがそちらを見るとすぐに、揺らめくように消えてしまったのです。]
またホラントかしら。
[ゼルマはホラントの話ばかりか牧師に話したことまで思い出してしまい、慌ててそれらを記憶の隅に押しやるようにして部屋の片づけをつづけました。]
〜 黒い森 〜
〔アナは黒い森の中を、歌いながら歩いていく。〕
♪黒い森 双子が住んで おりました
ふたりは とっても 仲良しで
ふたりは とっても そっくりで
けれど 同じじゃ ないものさ
〔ゆらゆら揺れる、ランタンの灯。
アナはパンをちぎって落としては、帰りの目印にしているみたい。〕
なにが違うの 聞かれたら
ここが違うの 笑っていう
〔鳥のさえずる声が、聞こえる。〕
♪夜の森 双子は遊んで おりました
ひとりが なぞなぞ 考えて
ひとりは なぞなぞ 答えだす
けれど いっつも 間違うの
〔どれだけ歩いたことだろう。
緑よりずっと暗く、黒くも見える葉っぱの合間から、丸い月が覗いた。〕
満ちると減るもの なんだろう
減っても満ちない なんだろう
〔とつぜん、油が切れたわけでもないのに灯りが消える。
アナはびっくりして、目をまるくしてしまった。〕
……食事ですか。
本当はこんなものよりも、
もっと美味な物を頂きたいのですけれどね。
[ゼルマの運んできた料理を前に、眉を顰めます。
狼は、食前の祈りは捧げません。
だって神様は、とても酷いことをしたのですから]
[牧師は老女に出された料理を前に思案顔。
最初は恐る恐る手をつけて、
やがてぱくぱくもりもりと食べ始めました]
ごちそうさまでした。
お腹いっぱいです。
[両手を合わせると、
牧師はふあぁと大きなあくびをします]
――宿屋――
[それからしばらくして、おじいさんたちは宿屋に辿り着きました。
丁度ゼルマが料理をしていたのでしょう、良い香りが漂っています]
……なんだろう?
〔いつの間にか、あたりは、しぃんと静まりかえっていた。
森の中では、月や星の明かりも遠い。
心細くなって来た頃、ふっと、ランタンに灯りが戻る。
青白い炎だった。
ほっと、アナは、ひといき。〕
良かった。
〔安心したら、どっと疲れがでてしまったらしい。
アナは木の陰に座りこんで、ちょっとひとやすみと目を閉じる。「ちょっと」が「長く」になってしまったのは、言うまでもないだろう。
* 遠く、遠く、狼の声が響いたのは、いつのこと? *〕
─宿屋─
[村の通りを急ぎ足に宿屋へ向かいます。
あちらこちらで話し込んでいる間に、時間はだいぶ過ぎてしまったようでした。]
こんばんは、女将さん、いらっしゃいますか?
[宿の扉を開けて、いつものように声をかけます。]
こんなによい羊なのだから、チーズもよいものなのだろうな。
楽しみにしておこう。
[そう言って、しばらく立ち話をしてから、旅人はふたりと宿に向かいました。
いつの間にか、すっかり日は暮れています。]
おや。
今日は月がきれいだな。
[のぼってきた大きなお月様を見上げて、旅人は言いました。]
[宿屋には、たくさんの人が集まってくるようです。
明日か明後日には、あの人やその人が、狼のお腹の中にいるかもしれません。
それはとても楽しみなことですが、今しばらくは我慢です。
だって、人間たちみんなに捕まえられたら、いくら狼だって逃げられませんから]
……ああ、夜が更ける前に帰らないと。
でも、ちょっとだけ。
[空になった食器を前にして
牧師は椅子に座ったまま、いつの間にかうとうとと船を*漕いでいました*]
[ルイに言われて、おじいさんも夜空を見上げました]
おお……本当じゃ。
なんだか、不思議な気持ちになる月じゃのう。
[昇りはじめのお月さまは、何故だかとてもとても大きく見えるものです。
だから、お月さまがすぐ傍まで来ているような、そんな気にさえなるのでした]
[外に出ると月が上りきる前の時刻でした。
黒い森にひとつ灯りが過ぎってゆきます。]
まーたホラントか。
何があってもしらねえぞ。
[人狼は信じていませんが狼の怖さを木こりは知っています。
ランタンの主がアナとは思わず、宿に向かうのでした。]
[そう、こんな夜は、全身の毛がざわざわと騒いでいるように感じるのです]
わおおおおん。
わおおおおん。
[おじいさんの振りをした狼は、思わず仲間にだけ聞こえる声で遠吠えをしたのでした。
そうして、今すぐ狼に変身して、お腹をいっぱいにしたいという気持ちを、一生懸命押さえたのでした]
[声はかけましたけれど、女将さんの返事はありません。]
まだ、戻られていないのかしら……って、あら。あらら?
[宿に入ると、目に入ったのはうとうとしている牧師様でした。]
もう……こんな所で寝てしまったら、風邪をひいてしまいますよ……?
ゼルマさん、飯あるか?
[木こりは女将ではなく老婆の作る食事目当てで顔を出します。
もう覚えてもいない母の味を思い出す気がするのでした。
女将さんは年が近くて母の味とは二重の意味で言えません。]
そうだな。
長く旅をしているが、こんなにきれいな月を見たのは初めてかもしれない。
[感心したように言って、旅人は空から目を戻しました。
ちょうど、宿に入っていくだれかの姿が見えたでしょうか。]
[声をかけては見ましたけれど、返事はありません。]
まったく、もう……。
[ため息をついていると、ゼルマを呼ぶ声が聞こえてきました。]
あら、ドミニクさん。
お食事の準備は、できているようですわ。
ご用意しましょうか?
おや? ドロテアにドミニクもやってきたのか。
[いつの間にか宿屋は、随分と賑やかになっていました。
テーブルを見れば、神父が舟を漕いでいる様子です]
ホホ、みんな狼が怖い訳でもなかろうに。
[しかし、肝心のホラントの姿は、そこにはないようです]
[木こりが宿に入ると、ドロテアが牧師を見ているようでした。
そして片隅にゼルマがたたんでくれたらしい、上着が一つ置いてあります。]
……爺さんの上着、だっけ。
かけてくれたんだったかな。
[後で返さないといけないと思っていると、後ろから声がかかります。]
[ゼルマが宿に人が来たのに気づいたのはヴァイスが居なくなってしまったからでした。それほどに掃除に集中していたのです。]
あら。誰か来たのかしら?
[階段をえっちらおっちらと降りて遅ればせながら出迎えます。
入口には幾人もの人がやってきていました。]
まあ、こんな時間に勢ぞろいして、しかも組み合わせが珍しいわね。まあともかく入って頂戴。
おやおや。
牧師殿はお疲れかな。
[メルセデスが眠っているのに気付いて、旅人は口許を緩めました。
それからとんがりぼうしを脱いで、宿屋に来ていたひとたちに、ぺこりと頭を下げます。]
おう、ドロテアさん頼む。
[申し出に木こりは頷きます。
調理器具を壊したら怒られそうだと思っているのです。]
狼より、ゼルマさんの飯を食いっぱぐれる方が怖え。
あら、御隠居様。
それに、皆様お揃いですのね。
[やって来た人たちに、丁寧にお辞儀をします。]
ゼルマ様、食事の準備をするなら、お手伝いいたしますわ。
牧師様も、お休み中ですし。
[それから、降りてきたゼルマに向けてこう申し出ます。]
おや、ドミニク。
改まってどうしたね。
[頭を下げるドミニクに、おじいさんはのんびりとした調子で言いました。
そして、頭を上げてというように、肩をぽんぽんと叩きます]
ま、これに懲りたら、お酒はほどほどにするんじゃぞ。
[他人の事は言えないおじいさんです。
そして、顔はニコニコと微笑んでいましたが、その奥にはどうも含むものがあるようでした]
…おう。
牧師さんはちょこまか動くからなあ。
ゼルマさんの飯、食べに来た。
[頭を下げるルイに、短い挨拶を返します。
余計なことを言うのはいつものことです。
ゼルマが降りてきたのを見て、木こりは手を洗うのでした。]
[老人や旅人と連れ立って宿までつくと、羊飼いは、羊毛とチーズを倉庫と食料庫に仕舞いました。女将さんが留守の時は勝手に置いていけばいい約束になっているのです]
やあ、にぎやかになったね。おいらにも食事を頼むよドロテア。
[倉庫から戻ってきて、人の姿が増えているのを見ると、羊飼いは顔見知りに挨拶しながらテーブルにつきました。もちろん子羊も一緒です]
そりゃあ同感じゃなあ。
[狼より食いっぱぐれが怖いというドミニクに、深く頷きを返します。
そして、ドロテアやゼルマが食事の支度をするのを、いつもの席でのんびりと待っています]
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