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牧師 メルセデス を 4人が心の中で指差しました。
木こり ドミニク を 1人が心の中で指差しました。
隠居 ベリエス を 1人が心の中で指差しました。
牧師 メルセデス は人々の意思により処断されたのです……。
次の日の朝、奉公人 ドロテア が無残な姿で発見されました。
今、ここにいるのは、木こり ドミニク、老女 ゼルマ、少女 アナ、隠居 ベリエス の全部で 4 人かしら。
……すまぬのう。
[昨日はホラント、今日はアルベリヒとルイ。
幾つもの別れをした少女には、今の言葉は酷だったかもしれません]
切り離された魂が、安らかである事を祈る……しかないかのう。
かなしいことを終わらせるためには、
かなしいことをなくすには。
〔アナはしゃがみこんでしまった。
傍目には、悲しみに暮れているように見えたのかな。〕
祈るだけなら、きっと、終わらない。
だって、人をつくったのも、獣をつくったのも、
それに人狼をおつくりになったのだって、
きっと――神さまでしょう?
〔そんなアナを心配したのか、
また一歩、
メルセデスがそっと、近づいてきた。
ほんの少し遠くで、フリーが鳴く。
さわがしく、さわがしく。
めぇ、めぇ、めぇと、何度も何度も、何度でも。〕
[ドミニクとゼルマは集まり始めた村の人にも手伝ってもらい弔いの準備を進めます。
ゼルマはふたたび聞くことのあるまいと思っていた鐘をまた聞くことになったのです。]
あとどれだけこんな悲しいことが続くのかしら。
[老猫の鳴き声もまた悲しげです。]
〔メルセデスは、羊に気を取られたみたいだった。
ざわめく葉っぱの先に覗く空には、月が昇りかけていた。〕
牧師さま。
牧師さまは、どうして、牧師さまになったの?
牧師さまは、どうして――
〔黒く染まってしまったの?
そんな問いかけは、果たして、どんな意味を持って、届いただろう。
地面に落ちていたきらめきは、まるで、月のひとかけら。
アナは誘われるように手を伸ばして、
そのきらめきは、吸い込まれるように、メルセデスの中へ。〕
〔アナは一度だけじゃなくて、何度も、同じことを繰り返す。
メルセデスだって、大人しくはしていなかったと思うけれど。
逃げていた羊が、意を決したように跳びかかる。
アナは、要らないおもちゃを壊すみたいに、メルセデスのからだをなくしてしまおうとしたみたいだった。〕
[めぇ、めぇ。羊の声が響いています。
草むらの中に落ちていたきらめきが、メルセデスの中に吸い込まれていきます]
嬢ちゃん。
――アナ! やめなさい!
[おじいさんは、アナを後ろから抱きかかえて、牧師から引き離そうとしました。
けれどもう、遅かったのです。
メルセデスの黒い服は、重く重く染まっていきます]
〔それとも、それとも。
黒をほかの色で染めてしまおうとしたんだろうか?
何にせよ。
ほんとうのところは、アナにしか、わからない。〕
〔ベリエスに抱えられて、
アナの手から旅人の遺した物が落ちる。
きらめきは色を変えていた。
アナの服はフリーの毛並みとよく似た色になっていた。〕
[仲間のからだが、小さな女の子に壊されていきます。
今は人間の時間。いきなり飛びかかられてしまったら、抵抗することも出来ません]
ああ、なんということじゃ。
逃げ出すのが難しくなってしまったではないか。
[けれどベテラン人狼のおじいさん、仲間が死ぬのもなれっこです。
ドロテアに何か感づかれていたというなら、遅かれ早かれこうなっていたことでしょう]
嬢ちゃん……。
[おじいさんは、アナの色が変わってしまった服を見詰めました。取り返しのつかないことだと、おじいさんは思います]
……辛いことをさせてしまったのう。
[けれど、アナは何よりそれを望んでいたのかもしれません。
だって、兄を奪われたのですから]
……メルセデスが、狼だと思ったんじゃな?
辛い?
アナは、辛くは、ありません。
でも、なんだろう。
なんだか、とっても、空っぽの気がします。
〔ベリエスの足元には、アナの手から離れてしまったランタンが落ちている。〕
ドロテアお姉さんが言っていたの。
花が黒く咲いたのは、牧師さまの色なんだって。
アナは知っていたの。
黒い森に住む、双子のおはなしを。
黒い子が、白い子を食べてしまったのだって。
……でも、アナは、悪い子です。
だって、お姉さんにどうしたいのか聞いたのに
お姉さんにさせてあげなかったのだもの。
〔フリーのからだはアナにも負けないくらいあかい色。
月は、そろそろ、昇る頃。
夜を待っていたみたいに、ランタンに灯りがともる。
けれど、その色は、闇を取りこんだみたいに真っ黒だった。〕
うむ……そうか。
アナは強い子じゃの……。
[そして、アナの話で、ドロテアの籠に揺れる黒い花を思い出したのです]
黒い子が、白い子を……。
じゃあ、黒い色の牧師どのは。
[足もとに落ちたランタンにも、いつの間にやら同じ色が灯っていました]
……そうじゃの、ドロテアの望みは違っていたかもしれん。
でも、嬢ちゃんにはこうする理由があったじゃろう。
誰も嬢ちゃんを責めはせんよ。
[おじいさんは、二度もひとりぼっちになったアナを見詰めました]
……今夜は、どうするんじゃ。
家に一人では辛かろう。
人狼さん。
〔迷いもなく言ったアナは、
人のかたちをしたものと、
ランタンに灯る炎を見た。〕
アナは、牧場に行きます。
だって、フリーたちのお世話をするひと、いなくなってしまったもの。
これから起こるかなしみは止められても、起こってしまったかなしみは、もう、変えられないんでしょう?
そうか、そうしなさい。
[こうなっては誰も信用出来ないだろう、という言葉は呑みこみました]
羊たちがたくさんいるから、あそこなら寂しくないじゃろうな。
[そして、アナの言葉に頷いて、ぽつりと呟くのです]
そうじゃのう。壊れたものは、元には戻らん……。
……これから起こる悲しみ、か……。
[アルベリヒを納めても、背高のっぽなはずの体は極普通の棺に簡単に収まってしまいます。
いいえ、それどころか棺が大きすぎて見えるほどでした。
そんな羊飼いの棺を前にしてゼルマが語る言葉を、木こりは黙して聞いています。]
……夜、元の獣の姿にだな。
覚えておく。
[じっと見つめる老婆を見返して、木こりは重く頷きます。
話が本当なら人狼を見つける手がかりになるのですから。]
はい。
〔ベリエスの、いろんな言葉。
アナは、たったの一度、頷いた。〕
ベリエスお爺ちゃん。
ベリエスお爺ちゃんのこころは、どんな色を、していますか?
[老婆と弔いの準備を追え、木こりは教会の鐘を鳴らします。
ゴーン、ゴーン。ゴーン、ゴーン。
弔いの鐘は羊飼いと旅人、そして牧師の為に響きました。
老猫も物悲しく鳴いています。
戻ってきたドロテアに手伝ってもらい、やがて牧師のいない弔いが始まるのでした。**]
くすんだ色。
……アナのこころは、どんな色をしているんでしょう。
もしかすると、同じかもしれません。
〔あかい羊が、あかいアナに、身をすり寄せる。
怪我をしているのかいないのか、まるでわからなかった。
アナは、落ちていたランタンを拾い上げ、空を見上げる。〕
夜になっちゃう。
ベリエスお爺ちゃん。
早く帰りましょう。
旅人さんのお弔いをしなくちゃ。
牧師さまも。
牧師さまが、人でもあったというのなら。
いや、アナの心は、きっと澄んでおるよ。
[だってアナは、間違ったことをしていないのですから]
そうじゃのう、早く帰ろう。
こんな時だからこそ、弔いを忘れぬようにしなければ。
[そして二人は、並んで帰るのでしょう]
〔ふたりと一匹で帰り、亡くなった人のことを報せたあと。
身を清めるように言われたアナは、宿のお風呂へと入ることになる。
水に流されて、あかい色は見えなくなっていく。
洗われたフリーも、白い毛並みを取り戻す。
けれど、消えないもあるって、アナは気づいていたに違いない。
ぽた、ぽた、ぽた。
たくさん、しずくが落ちていく。
* 黒い炎はいつの間にか消え、鐘が長ぁく、鳴り響く。*〕
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