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アーヴァインは部屋の管理を、私は鍵の管理を。
鍵と部屋を同じ人物が所持していては、すぐに事が知れてしまいますからね。
[事も無げに。]
[それは幼い頃に聞いた昔話――
人の姿をした化け物が、村を襲った恐ろしい御伽噺。
その話を聞いた幼かった少女は、ずっとそれは作り話だとばかり思っていた。]
[――二年前…人狼の手によって両親の命が奪われるまでは…]
[二年前のあの日、村の誰かが言っていた。
三十年近く前に起こった、無残な事件の詳細を――]
[その事件が、今、目の前で語られている事と合致するかは、少女には判らない。
しかし――]
きっと…あの悲劇は…繰り返されるのでしょうね…
[そっと呟くと、少女はルーサーの話に耳を傾けた。]
[広間では、赤々と暖炉の火が燃えていて、廊下で冷え切った身には熱いくらいなのに。
何故か、ひどく冷え切った空気に満たされているような気がした。]
……ぁの、 なに…が……?
[ひどく蒼褪めた顔色で、ゆるりと見渡して。
その場を支配するルーサーへと、視線は釘付けになる。]
[なんとなく紡ぎだす言葉は、祖母が語った昔話。]
神は、幾多の獣を作り、それに牙と爪を与え給うた。
神から与えられた牙と爪は、食事と自衛にのみ使うことを許され、同胞を傷つけることを禁じられた。
神は、最後に牙と爪を持たぬ獣を作り、それに"人間"と名づけた。
牙と爪を持たぬ弱い獣は、生きるために自らの手で鉄の牙と鉄の爪を作った。
神によって禁じられぬ鉄の牙と鉄の爪は、"人間"の欲の為に振るわれ、同胞すらも平気で傷つけた。
いずれ"人間"は、自らの牙と自らの爪で滅ぶであろう。
[ 武器庫。次いだ台詞に思い当たったのは、先程見たばかりの開かずの部屋の扉。嗚呼、其れで閉ざされていたのかと心得て僅かに目を伏せるも、軋んだ音を立てて開いた扉へと視線は向けられる。タイミングの好い其の音は、まるで彼の部屋の封印が解けたかの如き様相を思わせた。]
って、何だ、トビーか……。
[ 具合が悪いというのは侍女から聞いていたが、此処数日顔を逢わせる事は全く無く、随分と久し振りに見る気がする。]
……如何した、大丈夫か?
むかしばなし…?
[酷く緊張した雰囲気とは裏腹に聞こえる単語に、小首を傾げる。
けれど、それ以上は何も言わずに。”昔話”に耳を傾けて。]
[異端審問官。――“人狼”審問。
遠い昔に聞いた覚えのある言葉。奴等の名が入っていた]
…!
[錆び付いた鍵と、管理の言葉に]
まさか、あの部屋…?
[先程の会話を思い出す]
[神父の話の最中、扉が開く音が聞こえて息を飲む。
そっと振り向けば、緑の髪の少年が扉を開けて入ってくるのが見えた。
自分とそう年の変わらないように見える少年。そして、同じく年の変わらないように見える少女を見る。
自分達はまだ、何も知らないのに。何の力も持たないのに、ここに閉じ込められて、為す術もない。
大人には分からない不安を、無力感を。
二人に話し掛けて、共感を得たかった。]
[30年前と聞いて、今まで何度か出てきたそれに姿勢を正してじっとルーサーを見る。
その姿はいつもと違って見えて。
それは服装のせいかも知れなかったけれど]
…いったい、何が?
[一言だけ呟いて、その言葉を待つ]
むかしむかしのお話。
人狼が巣食ったある村に、一人の異端審問官がやってきた。
彼は、『人狼を探したいが身内を疑うなど出来ない』と言う村人にこう言ったのです。
「無条件に相手の言う事を鵜呑みにする事は『信じる』とは言わないのです。
言葉を交わし、互いの意志を確認する事で初めて『信じる』事が出来るのですよ」と。
「どうしてもその手を汚したくなければ、私が裁きましょう。
あなたたちは、ただ誰を裁くかを選ぶだけでいい」とも言いました。
そして村人は処刑する人間を多数決で決め、処刑はやってきた異端審問官が行ったのです。
人狼は全て退治され、平和が訪れました。
しかし、無実の罪で殺された者がいないわけではなかったのです。
家族や友人、恋人を失った者達は嘆き悲しみました。
数日後。
異端審問官が、教会の一室で毒を飲み倒れていました。
マグカップには冷めかけた薬入りのホットミルクが、
隣には赤ワインの瓶とグラスが2個が置かれていたという。
書きかけの報告書が残ってはいたが、遺書は終ぞ見つからなかったそうな。
愉快なハナシだな。
[ 何方に向けたものか、言葉とは裏腹に興味の成さそうな様子で囁く。]
人間にとっては自らが、人狼にとっても自らが、……“正義”か?
[ ならば、自身は何方なのだろう。
人狼として生を受けながらも、人間として生きてきた己は。獣の力を持ち人の心を持ち、更に尚も半端な、ハーヴェイ=ローウェルと云う存在は。]
そうやって人間は、お互いに疑い合い、殺し合う。
そうやって滅びた村を幾度も見ましたよ。
[それは、己もその中で生き延び、滅ぼしたということで。]
『人狼審問』は村の外れにある、吊り橋一本を隔てた山の中にある建物で行われていました。
その建物は非常に頑丈に出来ており、窓は嵌め殺し。容易に脱出など出来ません。
そのうえ、不測の事態が起これば吊り橋を燃やすだけで。
すべて、丸く収まるのです。
多くの村人達はこの建物――『集会所』と呼ばれていたそうです――の存在を知りません。
何故なら、そこに送られた者のほとんどは。
……生きて、帰ってこないから。
[くすり。
ルーサーが、笑ったような気がした。]
[途中から入ってきた彼には、広間に満ちる空気はよく判らなかったけれど。なんだか邪魔をしてはいけないような気がして、そのまま扉横の壁にもたれて静かに佇む。]
[赤い髪の少女の眼差しと、金の髪の少女の微かな微笑に、ひとつ瞬いて。
自分と年の代わらない少女達に心配はかけたくなくて。
「だいじょうぶ」と口の動きだけで伝えて、微かに口の端を上げ笑みを形作った。]
[少女はルーサーの昔話に、嘆きの念を込めた溜め息を漏らす――]
無実の…罪で――
[語られた内容は、少女が事実体験してきた物と然して変わらず…。
ただ、違うのは――少女が居た村には…平和など訪れなかったという点のみ――]
[ 曖昧に頷くトビーを見留めれば其れ以上問い掛ける事も無く、口唇を引き結び黙して神父の語る昔話を聞く。何時の間にか男と少女とが運んで来た花籠は卓上に乗せられ、其の内には幾らかの色彩が覗いていた。死した館の主が流していた液体とは異なろうが、酷く鮮やかな赤は其れをも思わせようか。]
……そんな事が…?
[ルーサーの話にそれしか言えなくて。
そしてふと思い出す]
ホットミルクがダメなのは……
[その、異端審問官は……それは訊く事が出来なくて]
奇しくも同じ状況、
[ 神父の言葉を次ぐように、周囲を見渡して呟く。]
……と云う訳ですね。
[ 組んだ手で隠された口許は歪んでいただろうか。]
……ふふ。
書類上は服毒自殺ですよ。
『無実の人間をも殺した事への後悔』がその動機、だそうです。
[ナサニエルに向かってにこりと笑う。]
[ルーサーの語る、その建物。
それはとても自分が知っている場所のように思えて]
まさか、此処が……?
[知らず、口の中が渇く。
……生きては帰らなかった
それが意味することは……]
……俺達も、同じ…?
[嵌め殺しの窓、焼け落ちた橋。符合するいくつかの言葉。]
神父さんは、人狼審問を始めるの……?
[彼がその服を着ていることの意味は問わずとも明らかだったけれど、それでも尋ねたのは、自分で推測できる事実とは逆の答えを期待していたから。]
[語られた『昔話』に、目を伏せて。しばし、言葉を、さがす]
……そうやって……死んだひとが。
何者か知るために。
必要になったのが……ボクらの一族の力。
人の死を視て。
声を聴く。
霊視の巫女。
そして、30年前でいうなら……それは、ボクの、ばーちゃんだった……。
そういう、事、で、いいの、かな?
[今聞いた話と、祖母から聞いた話と。
二つを組み合わせて出た結論を、問いとして、投げる。
薄紫の瞳は、いつになく、無表情で]
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