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[低いが良く通る神父の声が広間に響く。
その言葉の意味を理解して、ヘンリエッタは視線を神父の顔に留めた。]
えっ? 本当に?
[誰か、と聞こうとして、先ほど神父が問うた名が、答えとして導き出される。]
[卵の殻を割ろうと][恐らくは少年の様に巧みに剥がれないものかと]
[悪戦苦闘していたが][為らず]
[ぐしゃっ]
[割れた卵]
[どろりと][手を汚す]
[持て余し気味に][両手を見つめ]
[殻をゴミ箱に捨てて]
[舌で汚れを][舐め取る]
[舌で清めた手]
[暫しじっと見ていたが]
[溜息]
[諦めた様に][立ち上がり]
[扉の内鍵を外し][そっと][廊下に滑り出る]
[ 黒衣の神父が視線を巡らせた先には、目当ての人物は居ない様だった。
“正解”に辿り着いたか如何かの確証は得られはしないが、其の場に居ない同族を指している可能性は十二分に有った。]
……コーネリアス?
[ 名を呼ぶも何時もの如く返って来る聲は無い。先程の様子が普段と違っていたのに今更ながら気付く。妙に彼の男らしくなく、感傷的な風に見えたと。]
[ウェンディと牧師が廊下へと消えていくのを見送って、不安げに広間の面々を見回す。
彼が本当に人狼なのだろうか?
何故、神父はそれを知り得たのか。
わからない。
けれど、コーネリアスが逃亡し、神父がそれを追っていったと言うことはきっと。
彼らが消えた廊下の向うを、ヘンリエッタは何かを探すようにじっと*見つめた。*]
[広間を出て行くのを見送りながら]
…まさか、彼、が?
[もう一度呟く。
そして思い出す…彼の言葉
『…あなたは……。
その方を守るためならば、
人 を 殺 せ ま す か ?』
その対象は…彼自身なのか?]
……。
[ 食事の手も留めて去って行く神父の背を見詰め暫し茫としていたが、軈て吐息を零せば椅子から立ち上がり他者の視線を気にする事も無く、無言で広間を出て行く。其れは惨劇の終焉を見届ける為か。
*――否、本当に惨劇は終わりを告げるのか。*]
[単独行動は控えるように。
その言葉に今更のように気付く]
…ローズは、何処だ?
[コーネリアスが最後に見たのは庭園だと。
しかしこの時間にそれは考えられなくて]
部屋に居るのかな…。
[もし、人狼を恐れて篭っているのなら、傍にいなくては、と。
立ち上がって、その場に居る物に会釈をして*部屋へと戻って行く*]
……コーネリアスさん……が?
[ルーサーの言葉と。
消えたコーネリアスと。
二つの要素から導かれる結論に。
こぼれた声が、震えた]
…………。
[それで、終わるのか。
死を視るのも、声を聴くのも、あと一度きりですむのだろうか。
……不安が消えなくて。
でも。誰かにすがる事はできないから。
せめて、独りになれる場所へと。そんな思いから*ふらりとその場を立ち去っていた*]
[牧師と少女が部屋を出て行く。
その姿が完全に見えなくなると、息を吐いて目を閉じた]
コーネリアス様が…
[背後の壁に凭れる。かの義弟が主を殺したのか。
彼の娘の部屋に眼球を――
――ぎり。忌々しげに奥歯を*噛み締めた*]
[階下に下りると]
[広間の辺りの雰囲気が][異様な気配]
[やがて][緊張の面持ちで]
[大勢の人間が出て行く]
[躊躇い、]
[気配を押し殺し][一旦はホールの隅の物陰に身を潜め]
[遣り過ごす]
―二階・自室―
[部屋に戻り、灯りを灯して部屋を見渡す。
そこに彼女の姿は無く。]
……何処だ、ローズ……
[暫し考え、自室に戻ったのでは?と。
だけど 胸騒ぎ
部屋の灯りは灯したまま
部屋を出て、ローズの部屋へ]
―二階―
[ローズの部屋まで来て、扉を開けることに躊躇する。
此処には、あれが在った。
もし……]
そんな筈があるか!
[ドアを開け放つ]
ローズ!
[しかし、そこには誰も居なくて。
一瞬の目眩。
見れば服を探した形跡に、確かに此処には居た、と]
でも、今は……?
何処に居る…ローズ……
[焦燥感が自分を支配しかけて、それを振り払うように走る]
…ローズ、何処だ!
[それだけをただ呟いて、館内を探し回る。
厨房も、浴室も、思いつく場所すべてを
だけど
ローズの陰さえ見つからずに]
まさか……外に?
[残る場所はそれしかなく、しかし彼女が外に出るとも思えずに]
まさか……
[だけど、探すべき場所はもう無くて。
重いドアを開けて、外に向かう。
外はやけに明るく、見上げれば
夜空には冴え冴えとした蒼い月。]
[月明かりの下、見渡せば崖のそば
その枯れ木の下に白く浮かぶ何か。
息を呑む、遠目にもそれが何が分かったから]
……うそ、だろう?
[ゆっくりと歩み寄る。
いや、本当は近付きたくなかった、見たくはなかった。
木の根元、眠るように目を閉じる、緑の髪の……]
ろ……ず?
[返事は返らない、返る筈がない。
何故ならば]
[眠るようなその姿。
肌は月明かりに照らされていつもより白く、唇は赤く
だけど、そこから下は……]
[細い杭のような物が、まるで大地に打ち付けるように、正確に心臓に打ち込まれ。
腹部は開かれて、その周りに喰いちぎられたように腸やその他の臓腑の残骸が散らばって。
だけど、その手足はそのまま、まるで眠るように
彼を待っていたかのように伸ばされて。
それらが月明かりに照らされて、まるで作り物のように……]
……あ…ぁ……うそ、だ……
嘘だろう、ローズ……そんな……
[抱き上げる、まだ生きている者にするように。
そのローズの首が、がくり、と落ちて
其れがただの抜け殻だと主張して]
……ぁぁあああ……!!!
[絶叫は、しかし思いが強すぎてか声にはならずに。
ローズの抜け殻をただ強く抱き締めて]
赦さない ゆるさない ユルサナイ……
殺してやる ころしてやる コロシテ……
[狂ったように、壊れたように同じ言葉をくり返す。
怒りと、悲しみと、憎悪に心捕らわれて。
ただひたすらに、ローズの名前を*呼び続けて*]
―回想―
[ 広間を出れば一度厨房に赴き喉を潤すも、矢張り渇きが止む事は無い。渇きも飢えも、人間の食事で充たせるものではないと既に解っている。
其の間に幾つかの存在が思い思いに散っていく。無意識のうちに気配を押し殺していたのは獣の性か、其れが去った後に外へと繋がる扉へと静かな足取りで向かい、そっと扉を開ければ僅かに黒んだ緋の残る地面が目に入った。視線を逸けるかの如くに顔を上げた先、闇の中に揺蕩う緑が視界に入り瞳を瞬かせる。女特有の甘い香りが漂い、纏う黒のドレスは闇に溶け込むか。]
……ローズマリーさん。今晩和。
そんな、崖の近くにいたら……危ないですよ?
[ 茫と月を仰いでいた女は其の声に振り向き緑を揺らす。館内の出来事を知らぬ彼女は何時もと同じく――否、其れには僅か寂寥が見られたろうか――微笑を浮かべ柔らかな声で、此処が一番、月や星が綺麗に見えるのだと彼女は云う。
何の様な会話を交わしたか、然う長い間では無かったろう。何時もの如く美辞麗句を並べ立てていたのだとは思うが、其の記憶は定かではない。唯、母の話題が時折女の口から零れれば幾許かぎこちない笑みを浮かべたか。]
[ 僅かな戸惑い、否、苛立ち。渇きと飢え。]
「欲しいならば、その手で摘み取れば良い…。」
[ 目の前に在るのは甘い甘い魅惑の果実。]
「引き離せば、どうなるのでしょうね。」
[ 脳裏に蘇る同族の聲。己の内から囁くコエ。]
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