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[抱き起こす、その腕の中で
少年は力を失くして
ぱたり
腕が床に落ちる]
…トビー?
……俺が、殺した……?
[呆然と、目の前の事実を確かめるように呟く]
俺が……
[半ば放心したように、座り込んで]
[広間の前迄来た時、不意に一瞬だけ、怒声が途絶えた。
ふわりとどこからかスープの匂い。
食欲をそそるはずの南瓜の甘い香りが、何故か場に不似合いに感じた。
そして、少年の名を呼ぶ声。
それに答える声は、聞こえない。]
─父さん…母さん…ねぇさ…………………おにいさん…─
[それは、聞きなれた少年の声で。
今朝、自分を必死に呼んでくれた声で。
それが意味する事なんて、理解したくないのに。
巫女の力は。
それを。
現実を突きつけてきて]
……ねえ……どうして?
[掠れた問いは、誰に対して投げられたのか]
[それはあまりにも突然の出来事。
赤い黒い染み。
緑の髪を、絨毯を染めて。
理解は追いつかずに]
……トビー…様?
[掠れた声だけが洩れた]
[ 激しい怒声よりも耳を突いたのは硬い物がぶつかる鈍い音。少年の新緑を思わせる髪の合間から零れるのは鮮やかな緋色。黒の瞳は益々大きく見開かれ合わせる様に口を開くも其処から音が洩れ出る事は無く躰は其の場に縫い止められる。
然れど少年の批難の声は止まず青髪の男を尚も苛み続けるか。然し軈て其の声すらも途切れ広間に訪れるのは呼吸の音すら聞えそうな程に不自然な静寂。
俺が、殺した。
呆然とした呟きが少年を抱えた男の口唇から零れる。腕の中の幼い子供はもう動かない、笑う事も泣く事も怒る事もない。其れは恐らくは少年の慕った女性と同様に。暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音は遠く、今は目前で命の灯火を消した少年へと視線が注がれる。]
俺どころか、人間の手からすらも護れなかったか。
[ 其の聲は果たして男に聴こえていたか否か、何方であれども彼には関心の無い事か淡々とした口調で呟かれる。]
人の命とは脆いものだな。
[緩慢な動きで座り込む。動かない少年の傍らに]
…………。
[しばしの沈黙。
それから、薄紫の瞳が、座り込む蒼髪の青年へ向けられて]
……「悲しまないで」って。
[ぽつり、と。呟くのは、今朝聴いた『声』]
「苦しまないで……ごめんなさい」って。
多分、あなたへの言葉。
あのひとから。
[静かな言葉。そこに、感情はなくて]
[眸の焦点は何処かずれて]
[見ている様で何も見ていない][定かならぬ視線]
「俺が殺した」
[青い髪の青年の][苦渋に満ちた其の声に唱和するように]
…………俺が、殺した……………………。
[悲哀][後悔][苦痛に塗された]
[呟き]
[フッ、と][眸の光が失われ]
[立て続けの衝撃に精神の限界が訪れたのか]
[ゆらり][ふらり]
[身体が揺れ]
[其の儘*その場に頽れる。*]
[それまで動かなかった足が不思議と動き出す。殆ど惰性のように。
広間の扉を潜る。
――少年は動かない。
呆然とした男性の傍を通る。
――床に落ちる小さなナイフ。
テーブルに鍋をごとりと置く。
――幽霊に怯え、からかわれていた少年。
振り返り、また彼らのほうを見る。
――隠れていた彼女の背中から出て、「ありがとう」という小さな声。
もう、元には戻らない]
……伝えたから。
[短い言葉の後。瞳は再び、動かぬ少年へと。
死を視る事への恐怖は刻めども、それ以外の感情を死者に対して映そうとしなかった、薄紫の瞳が。
揺らいだ]
……こんなの……やだっ……。
こんなのは……いやだよぉ……。
[振り絞るような声と共に、*滴が零れ落ちて*]
[近付く気配にゆらりと放心したまま顔だけを向けて。
此方を見て告げられる言葉に、少しだけ生気が戻る]
言葉…?
[「悲しまないで…」
「苦しまないで……ごめんなさい」
その言葉は]
…ローズ、の?
[ゆらり、瞳の奥が揺れて
涙、気付かないままで]
…何で?何でローズが謝る…?
守れなかったのは、俺なのに……。
[目の前の、少年の亡骸を見る
彼はもう、ローズと出会っただろうか?]
[少年はいつも何かに怯えていて
だけど、きっと、守りたいと思っていた気持ちは…
だから]
……ローズを、頼むな?
[そういって、そっとその髪を撫でた]
[息絶えた少年と、彼を抱き抱える男性。傍で涙を流す少女―巫女―と、頽れ倒れる男性。
彼らを見つめるのは何を想うのか、冥く静かな*翠色*]
[何があったというのだろう?
今、自分の手は新たな血で汚れて
違うのは
それを行ったのは自分だと言うこと。
事故、そういってしまえば済むだろうか?
だけど、あの時、彼に対する負の感情は確かにあって]
俺が、殺した。
そうだ、俺が……ローズを殺した奴と同じ……
俺は……
[思考が闇へと捕らわれて
いつしかそれは深遠へと*飲まれていくだろう*]
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