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―回想/幼い日々―
……ついてきちゃ、だめだよ!
[屋敷の門の前でそう叫び、追い返そうとしたら、
あの子は、とても哀しそうな顔をした。
数週間前に、“臨時”の使用人として、母親と共にやってきた、
同い年の、可愛らしい少女]
[使用人は、2種類いた。
魂を売って屋敷に仕えている者>>36と、
それから――外からやってくる“臨時”の使用人と。
臨時の使用人は、連絡船ではなく屋敷の船で、本土からやってくる。
浜につけば、そのまま姿を見られないよう馬車に乗せ、
屋敷の中では、門から外には決して出てはならない。
その姿を、島民に見せてはならない。
屋敷にいるのは――短くて数日、長くて数週間。
だから、島民にはわからない――…その姿が、いつ消えても]
―回想/幼い日々―
[少女の母親は、数日前に“新鮮なご馳走”として、
晩餐の食卓に上ってしまっていたから、
一人残された幼い彼女の心細さは、どんなにかだったろう。
冷たい使用人ばかりの屋敷の中、
唯一の子どもである、僕の後を追うようになって]
……ごめん、ね。
何か…お土産を持って来る、ね。
[彼女は、大きな瞳を輝かせて、頷いた。
“食糧”と話すことは、両親に禁じられていたから、
最初は相手にしなかったけれど。
泣きそうな瞳で追いかけてくる姿に、
家族や使用人の目を盗んで、時折、言葉を交わした]
―回想/幼い日々―
[そうして顔なじみの島の子供達と、浜辺で遊んでいた時。
儚く淡い薄紅色の、小さく綺麗な貝殻を見つけて。
ハンカチに包んで、大切に持って帰った]
喜んでくれると、いいな…。
[少女は、雪深い山奥の村に生まれて、
屋敷の船で連れてこられるまで
海を、見たことがなかったと言っていたから。
こんな綺麗な貝殻も、きっと見たことがないだろうと思って。
彼女がどうなる運命か、知っていたから。
せめて――…綺麗なものを、見せてあげたかった。
彼女が、嬉しそうに笑ってくれる顔を、見たかった。
それだけ、だったのに。
母に―――…見つかった。
少女に、薄紅色の貝殻をこっそりと手渡したところを]
―回想/幼い日々―
―――……っ。母様っ、どうして…っ!
[そうして、その日の夕方。
少女は――…”新鮮な料理“になって、食卓にいた。
長い夏の陽のおかげで、夕食の時間になっても、
ほのかな明るさの中。
まだ、ぬくもりの残る、鮮血の滴る彼女の肉料理を前に、
泣きそうな声で、母に問い掛けた]
“―――あら。何が不思議なの?”
[母は――美しく整えた細い眉の片方を、
一瞬だけ、ぴくりと微かに上げてそう答え。
何事もなかったように、いつもの優雅な仕草でナイフを操り、
彼女を、食べ始めた]
―回想/幼い日々―
家族の食卓に、気まずい沈黙が落ちて。
父は“こら、母様にちゃんと謝れよ?”と眼差しで伝え、
兄は”仕方ないなあ“と、ひょい、と肩を竦めた。
姉だけは、案じるような瞳を向けてくれたけれど、
その彼女も、躊躇いもなく食事を始めて]
[咀嚼しつつ、時折、強ばりを帯びる姉の表情を見れば。
家族が――…自分にだけ聴こえない『囁き』で
彼らだけの会話していることは、明らかで。
味方してくれる者など、あろうはずもなく]
『食べられない』と思った。
[彼女だけは――食べられない、と。
生まれてからずっと、当たり前のように、
家族と共に、人間を――食べて育ったのに]
―回想/幼い日々―
……っ、ぐす…、ごめん…っ、ごめんね…。
[洞窟の中で、膝ごと身体を抱くようにして座り込み、
少女のことを思い出して、再び泣きそうになっていた時。
誰かの足音が近づいてきて、“おい、何してるんだ?”
と不思議そうに問う声が聴こえ]
―――…っ、あ…あっちに行って!
[追い払おうとしたけれど、
薄暗くなった洞窟の中に入ってきた男の子。
此方からは顔は分からなかったけれど、外の彼には、
泣きそうになった表情を、見られてしまったかもしれない。
何を話したのかは朧げだけれど]
“……一人で、泣くなよ”
[慰めてくれた言葉の響きは、耳に残っていた]
―回想/幼い日々―
[ユリアンに、ちゃんと会ったのは、その夜から数年後、
姉が工房に指輪を注文した時だったか>>>>4:86。
だから、あの少年が彼だったのかは、わからない。
彼であっても、覚えているかどうか>>3:118。
洞窟で一夜明かした朝、流石に使用人に見つかって…。
連れ戻された家で、冷たくなった少女を食べさせられた。
母や家族の為に言うならば。
それは貴族階級出身の人狼の母親にとって、当然の教育。
彼女が特に冷酷だったわけではない、と思う。
時折は、気まぐれな優しさも、示してくれた。
自分は家族の中で、唯一の異端児だったけれど…、
彼らの願いどおりの存在には、とうとう成れなかったけれど。
それでも――…“家族”だった*]
─ 前日 ─
[粗方の話が終われば、ロミの問い>>22に頷いて、ナターリエは教会へと戻って行く。
戻ると聖堂に籠もるのはいつものこと。
かれこれ5日、食わず、眠らずの生活を続けている。
黒珊瑚亭でヘルムートが頼んでくれていた料理>>4:108も、喉を通すことが出来なかった。
最初は祈りの時間が惜しかったためだったのだけれど。
今はもう、眠ることも食べることも身体が拒否していた。
気力だけで動いている状態。
もう、ナイフをしっかりと握ることも難しいかもしれない]
あぁ、明日、は 、
[持ち帰った籠の中。
紅が付いたままのナイフと、小袋に入れられた彼の指輪。
小袋から指輪を取り出し、手の中に握り込む]
明日 は、彼を ────
[体力の落ちた身体で、次に為すことを頭の中に思い描いていた*]
─ 翌朝/→黒珊瑚亭 ─
[夜が明け、いつものように聖堂から直接黒珊瑚亭へと向かう。
その途中、今日に限って自衛団員が慌しく黒珊瑚亭を囲んでいた>>24。
人の多い箇所へと近付いて行くと団員に追い払われてしまったが、何が起きていたのかは知ることが出来た]
……………
[ナターリエは何かを言うでもなくその場を離れる。
指輪を握り込んだままの手に、僅か、力が籠もった]
おはよう、ございます。
[一言挨拶をしながら黒珊瑚亭の中へと入る。
他に食堂に居る者は居ただろうか。
宿泊部屋がある2階は自衛団員達で騒がしかったため、食堂の一席に腰掛けてしばしの時を過ごした]
―4日目/黒珊瑚亭―
Rosemary……ロス・マリヌス(Rosmarinus )
“海の涙“か……。
[アミュレットの珊瑚の花は、本来は姉や自分の瞳と同じ海の青。
聖母マリアの衣の青。
両親と兄は、12年前に島を出てすぐに事故で亡くなり、
長じるにつれて人狼であることは“呪い”だと思い、
病気も呪いの為だと思いこみ、許しを求めるようになった姉>>7は。
最期には,人の肉を口にすることを拒んで、重くなった病に、
苦しんで苦しんで……先月亡くなった。
持ってきた研究書>>2:136の後半の頁には、姉の為に、
人の肉の代わりになる、肉や薬を探し求めた記録がある。
けれど結論は――『現時点では、人間の血肉に代わるものなし』
机の上に開かれたままだった書を、ぱたんと閉じる。
ぎゅっと瞑った眼裏が、うっすらと濡れた]
―4日目/黒珊瑚亭―
人狼は、見つけられていない、のですか…。
ひとは、カヤとユリアンと…ヘル…。
[シスターが涙を拭ったのに>>32、微かにほっとして、
ヘルムートが人間であると言われれば、彼女を
信じるかどうかは別としても、やはり心の何処かで安堵した]
……カルが人狼で、
“もう人を襲わずに済む安堵”ですか…。
[ナターリエの言葉>>33に、
その通りの微笑みを浮かべた姉の最期>>7>>48を思い出して、
有り得ないことではない…とは思う。
姉の死に顔を思い出せば。
どうしてカヤを視たのに、ロミを視ていないのだろう、
ふっと感じた疑問は、すぐに他の感情に紛れた]
―5日目/黒珊瑚亭―
………。
[ユーディットや、その場にロミやカヤがいれば、
幾らか言葉を交わしただろうか。
ややあって、食堂に向かえば]
何故……?
何故、貴女の方が、生きているんですっ!?
[食堂に腰かけているナターリエの姿に、
哀しみと怒りに近い感情が入り混じったような口調で、
そう問いかけた]
─ 黒珊瑚亭 ─
[上がる声>>51に、緩慢な動きで顔を向けた]
……なぜ?
貴方が、それを仰いますか?
[エーリッヒに向けた顔に表情は無く、瞳には昏く淀んだいろが宿っている]
わざと、私を喰らわず残して、偽者に仕立てようとしているのでしょう?
────”人狼”さん。
[やつれたようにも見える顔、唇でそう紡いだ]
主は、貴方が人狼であると仰いました。
[言いながら席を立ち、エーリッヒへとゆっくり近付いて行く。
互いに触れるにはまだ届かない位置で立ち止まり、握り込んでいた手を差し出すように伸べて。
指を開き手の中のものを彼に見せた]
それと、これが今朝、人狼が目撃された場所に落ちていたそうです。
……貴方のものですよね?
[見せたのは彼が無くしたはずの指輪。
拾い上げようとするなら阻むことはしない]
人狼が目撃された場所にあった指輪…。
貴方が人狼であると言う、物的証拠です。
[そうは言うが、この話を自衛団員に聞いたなら、全員が知らぬと言うことだろう。
これを拾ったのは、全く別の場所なのだから。
ただ、全員にそのことを確認するのは時間のかかること。
ナターリエがついた嘘を、今すぐ看破するのは難しいはずだ。
エーリッヒを手にかけるまで騙すことが出来れば、それで良い]
ロミちゃん。
エーリッヒさんを、襲っては駄目ですよ。
[会話の合間、ロミに対して聲を届ける]
彼には、”人狼”になって頂くのですから。
[人狼は人狼を襲えないのだから。
彼を襲ってしまえば偽りが見抜かれてしまう。
それを用心してのことだった]
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