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―廊下―
[朝から血が騒ぐ。彼はそんな気がしていた。身体中の筋肉が、しなるのを待っているような気がしていたのだ。]
踊りたい、というのは子どもじみた欲求かもしれんが……「番人」殿も、動き回ることを止めはすまい。
よし、今日は外だ。
土の上は滑るが、泉の畔ならば、壁も無い分、動きやすい。
[くしゃり、とひとつ髪を掻き、ギルバートは外へと向かう。]
[睦言を囁かれたかのように、かれは笑った]
[番人に注ぐ眼差しに人の理も感情もない]
[ 狩りを愉しみ
血肉を求め
終焉を齎す ]
[獣が、其処に在った。]
[玄関に近付くギルバートの鼻先を、奇妙な臭いが突く。
鉄が錆び、腐りかけた臭い。
――否、ただの鉄は、錆びたりはしない。]
………ん?何だ?
変な臭いが………
[嫌な胸騒ぎを感じて、ギルバートは異臭の方向――玄関へと向かっていった。]
終わりの場所。
[躊躇う態で、女は鸚鵡返しにくれないを開いた]
けれど、終焉を齎すものが居なくなりさえすれば。
もっとずっと、永らえるのでしょう?
私はこの花を、うつくしいあかが見られなくなることを厭います。
それゆえに、人狼をも。
[さざめく花弁の音に紛れる様なか細い声]
[音を生んだ少年の口許を、女は見る]
[彼に従い]
[彼の力と成れるよう]
[若き獣は在らんとした]
[同胞の狩りを]
[舞い散る緋を]
[*意識の奥底に迄、焼き付ける*]
『番人』が、そう言っていたから。
[己の紡いだ言葉を繰り返す女に頷く。
それは、後の台詞の肯定ともなった。
確かに番人は言ったのだから。
「厭うならば人狼を殺せ」と。]
でも、その後にはどうなるんだろうね。
何処から来たかもわからないのに。
生きとし生けるものは、最後には終わってしまうのに。
[視線は真っ直ぐに向けられている。
揺れる花へ、かれらの作る道の先へ]
―玄関―
[ギルバートの右目――琥珀色の眼球に、赤い色をした塊が映る。
周囲の人間が発する言葉から、それが「番人」のからだであるということが分かるまでには、それほど長い時間が掛からなかった。]
(ああ――…)
[人間の身体とは、こうも容易く壊れるものか――そのような類いの言葉が、ギルバートの脳裏に浮かんでは消えた。
やがて、彼はちいさく呟く。]
―――『終焉』。
[飽きるほど聞かされた言葉を、*ひとつだけ*]
[昨夜あちこちを回った後で、借りて休んだ一部屋で、わたしは目を覚ましました。]
…?
[胸の辺りで両手を合わせて、首を傾げます。
部屋の中に何かがあった、というわけではなく、そうだとしてもこの眼には色しか分からないのですけれど。
わたしは少し考えます。
が、]
…あ。
灯を、返さないと。
[途中で、意識は別のほうへと向きました。]
そのあと、でございましょうか。
わたくしは、今、此処にて、あかが見られれば、それで。
[少年の視線の先を辿り、歩む足はその先へ]
終わるものゆえに、足掻くのではありませんか。
いつ断たれるかも知りえぬものゆえに。
[女は咲く花の茎に指を伸ばし]
[爪先で、千切る]
[指先に触れる毒液]
そう。このように、断たれる前に。
そういうもの?
オレには、よくわからない。
死にたいとも、思わないけれど。
ああ、でも――…
[遮られる視界。
女に歩み寄り、滴を受けたその手を取る]
花は、儚いね。
[濡れた指先は僅かに疼く]
[放置すれば、そのうちに腫れ上がる事になるだろう]
はい。
きっとこの花の群れも、少しすれば朽ちてしまうのでございましょう。
[手を取る様を不思議そうに見る]
[逆らう動きは無い]
[チリン]
このまま残しておけるのならば良いのでしょうが。
人は、抗えば、そうならないのかな。
それなら、それも、いいのかもしれない。
いつかの終わりはやって来るに違いないけれど。
[顔を寄せ、ついで眉を寄せた。
袖を引いて、そぅと女の指先を撫ぜる。
それが何の足しにもならないとしても]
……あなたは、枯れたくないんだよね。
駄目だよ。毒は危ないから。
浸ってしまえば抜け出せなくなる。
[そう言って、手を離す]
[色と手探りで探し当てた二つ、杖を右手に、灯を左手に。
昨日と同じように、扉から出ました。
途端、鼻先に届いたのは。]
…、何、かしら。
[辺りを見渡しますが、特に異変は見当たりません。
杖を使って足元に障害物がないかを確かめながら、灯と眼は違和の元を探りながら、ゆっくりと廊下を進みます。
階段に着いた頃には、異臭は更に強くなっていました。]
たしかに、いつかは。
それでも私は、うつくしいあかを諦められぬのです。
どうせなら、最期にまでは…
[嘯く様な呟きは、指先を拭う布の感触に途切れた]
…。
[手に持った緋の花が、空を舞い、地に落ちる]
[離された手を、胸元に引く]
[リィン]
…はい。
では、私は指を洗ってこようと思います。
あの。ありがとうございました。
[小さく頭を垂れた後、壁に凭れる少年に背を向ける]
[緋色の靴は、城の玄関へと]
[杖の先で一段一段を確かめながら、階下まで降りました。
臭いと人の声とがするほうへ、足を進めます。
こつりと微かな音が、誰かの耳には届いたでしょうか。
そうしてその頃には、その臭いが何であるかを理解していました。]
あの、何か――
どなたか、怪我をされたのですか?
[一瞬、眼は昨日と同じ――その場にいた青年の、白い色を見ました。
けれど、源はそこではありません。
次に眼は、彼らの中心へと動きます。
そこに、赤い色がありました。]
―玄関―
[ラッセルが大丈夫そうなのを見て、少し安心したように笑った]
[それからキャロルと出て行くのを見送る]
[息を吐いた]
……せめてここからどけるか
[開け放たれた玄関と窓の間、空気は留まることを知らない]
[薄くなったとはいえ、臭いは残る]
[ギルバートの口にした言葉を、男も口の中で転がした]
[やがて聞こえる杖の音――]
そこに、おられるのですか?
怪我なら早く――
[治療しなければと続けようとした声は、別の声に遮られました。
恐らくはその傍らにいる、赤い色の男のひとの声でしょう。]
殺され、た?
[眼はそちらに向けられました。]
[少年らと遅い晩餐を取った後。]
[適当な部屋に入り、古びた寝台の上で、埃のにおいのする寝具に包まったのが夜半の月が傾く頃。]
[激動の一日に肉体が疲弊していたのか、速やかに暗黒の眠りの国へと堕ちていった。]
[翌朝。]
[階下で番人の無惨な骸が発見された頃、男はちょうど心地良いまどろみに浸っていた。]
終焉の使者。
そんな…
[続いた言葉に、眉を寄せました。]
どうして、そうだと?
[遺体の傷は見ていませんし、仮に布団を剥いだとてこの眼では見えないでしょう。
それが幸いか、不幸なのかは分かりませんけれど。]
人の手による傷じゃない
死体は見慣れてるからな、それくらいはわかる
――先に見たあの男もそう言っていたぞ
見た奴らに聞けばいい
[問いには簡単な答えを]
終焉の使者が二人居るとなれば、誰にアリバイを聞いても無駄だろうな
[リィン]
[鈴を揺らし、黒の門をくぐる]
[多少、顔触れに変化は有ったものの、広がった緋色は変わらない]
[そこに居た人々に、女は唯一礼をするのみ]
[手を洗えそうな場所へと足を進めていく]
ケッ呑気なもんだぜ。
記憶ねえ傷持ちをよく放置出来るもんだ。
あん、あれか? いつのまにか出来ちまってたのかねえ?
[誰もいないキッチンに入り込み、食料より先に刃物を漁る。一番切れ味の良さそうな包丁を布巾に包み腰のベルトにねじ込んで辺りを見回した]
お、何か残ってるじゃねえか。上等だぜ。
…冷めてるにしちゃまあまあだな。
[鍋の蓋を開けて昨夜の残りを平らげ、足りない分を漁る。連なる腸詰を齧りながら日持ちのする食料を幾つか包む]
…傷。
[それを聞いて、床の白に手を伸ばし掛けて、…止めました。
その手を胸前まで引き戻し、杖を両手で握ります。]
本当に、いるのですね。
[眼を伏せました。
傍からは、祈りのようにも見えたかも知れません。]
ああ、いるだろう
――いつまでも此処に置いておくわけにはいかないな
見たくないなら、行っていろ
[言いながらしゃがみ、男は死体の傍にしゃがむ]
[布団ごと持ち上げるつもりではあった]
[鈴の音をさせ、キッチンの扉を開く]
[男が一人何かをする態を見つけ、女はくれないを開いた]
物取りの様でございますね。
[その反応を見る事無く、女はその場にある水を指先へと掛ける]
お独りで、大丈夫ですか?
[非力な上にこの眼では、碌に手伝いなどできないことは分かっていましたが。
言葉からその動きは予測できて、わたしはそう問いました。]
なんとかなるだろう
少なくとも――生きている時よりは
[手伝うというのなら止めはしない]
[外に運んだ後は、埋めるなど手間のかかることを、*一人でやる心算はない*]
[一度止まった言葉の続きは察しがついてか、僅か、眉を寄せ]
……確かに、な。
何かしらやっとかんと、まずいだろうし。
[続いた言葉にには、ため息を交えて同意を示す]
[涼やかな鈴の音にばっと振り向き、警戒する目つきで下から女を睨む。指を洗う仕草を見で追いながら口からぶら下げた腸詰を噛み千切る]
…ケッ、もう番人はいねえんだ。
ここにあるのは誰のものでもねえよ。
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