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[ 食事を終えれば帰宅する旨を告げ、此の場に居ない皆にも宜しくと軽く頭を下げて広間を後にする。未だ用事を終えられないトビーが、若干恨みがましい目で此方を見て来たかもしれないが、敢えて無視しておく。
そしてアーヴァインに見付かって引き留められる前に――恐らく主は未だ自室だろうが――と、早々に館を出た。]
[ハーヴェイのツッコミ…もとい呟きは、ナサニエルの背に隠れる彼の心にぐさりと突き刺さった。
さらに言えばコーネリアスはなんだか具合が悪そうで、二日酔いという理由はわからずともなんだか罪悪感も湧いてきていたりする。]
…………ぅー。
ぁー…騒がしくしてごめんなさいぃー。
[小さな声で、広間の皆へと謝罪する。ついうっかり頭を下げようとして苦しんだりもして余計にあきれられただけかも知れないが。]
[やがて昼食が広間に運ばれれば、今更ながらに育ち盛りのお腹が空腹を訴えて。椅子にちょこんと座り、朝食の分までたっぷりと胃袋に詰めんでいく。
その途中、さっさと食事を終えて館を後にするハーヴェイの背を若干恨みがましい目で見てしまったのは、きっと自分にはない青年の毒舌…もとい弁舌の強さと要領の良さゆえだろう。たぶん。]
……ごちそうさまでしたー。 …けふ。
[帰るとなればついお腹いっぱい詰め込んでしまうのは貧乏性ゆえか。皿を下げていく使用人のおばさんが笑みを抑えきれずにいる様子に少し赤くなる。
鞄を持って、館の主のいぬまにお暇しようと立ち上がれば、患部なのにちっとも大切にしてもらえない首が抗議のように鈍い痛みを発して、溜息。]
ぃったー。
……まぁ、帰ってからでいっか。
[風呂に入った時に包帯は巻きなおしたし、とシップの張替えは諦めて、宥めるようにそこをさすって。
ふと、何か大切な事を忘れているような違和感を覚えて――]
[思わず出した大声は、コーネリアスの頭痛を増したか否か。
しかしそんな事に彼が気がつくはずもなく、慌てて客室に戻り、寝具に埋もれたままだったショールをぱたぱた叩いて簡単に畳む。]
………ちゃんとお礼言わないとなぁ。
[そんな風に呟いた頬が少し火照っていたのは、階段を駆け上がったせいではないだろう。
――しかしまぁ、ローズマリーと逢ってショールを返す前にアーヴァインと遇ってしまい。行き倒れの青年の怪我の理由がわからぬ今、子供の彼が1人出て行くのは危険だと説得されてしまうのは *運命と言うヤツなのだろうか?*]
[ 安定性の悪い吊り橋を危なげ無く渡り終え、乾いた固い土を踏み締める。
然し空気は湿り気を帯びていて、早急に下りる必要があるように思えた。黒の視線は緩やかな坂道の先へと向けられ、目指す先は天に煌めく陽光とは対照的に薄闇に覆われていた。来る際にカンテラを無くしたのが、益々悔やまれる。
地に視線を落とせば、森へと繋がる一筋の道に、黒ずんだ緋色の軌跡が点々と続いているのが目に入った。其れも、ずっと奥まで。……彼の男のものだろうか。]
[ 血の痕。
既に乾き切っているにも関わらず、其の赤い色と僅かに残る匂いに甚く惹かれる。
“同族”と感応した所為か、獣としての性質と感覚とが、以前に増して強くなっている事に、否が応でも気付かされた。ずっと封じて来た筈の其れが。]
……。
[ 瞳を閉じて首を振り、其れから目を離す。]
[ 成る可く其れを見ないようにしながら暫しの間黙々と歩を進めていたが、樹間から覗く太陽が翳ったのに気付き顔を上げ天を仰いだ。空は見る見るうちに暗澹たる雲に包まれ灰色がかっていく。山の天気は変わり易いとはよく云ったものだ。]
げ、拙……。
[ 小さく舌打ちをして、振り返り自らの歩んで来た道を見遣る。
館の影は既に見えぬにしても、未だ大した距離を進んではいない。麓までの道程を考えれば、今なら戻る方が早いのは明白だった。唯でさえ冷えるというのに、雨具も無しに雨の中を歩く等というのは正気の沙汰ではない。]
[ 再び、緋色が目に入る。思考が逸れる。
――彼の男は、アーヴァインを殺すのだと云っていた。
血の惨劇。“また”あの鮮やかな色彩が見られるあの馨しい匂いが嗅げるあの甘美なる味を味わえるかもしれない。其れは、酷く魅力的なものに思えた。アーヴァインは駄目だとしても他の人間は如何だろう。容疑者は沢山居るのだ。]
[ ぐらりと、世界が揺らぐ。]
[ ガサリ。風も無いのに視界の端で傍ら茂みが揺れた。
深き森には人を喰う魔が棲まう。其の様な言伝えが想起されたか、青年は視線だけを些か機械的にゆっくりと動かす。
――闇の奥で煌く、金色の眸。
遥か遠くにも聞える低い唸りは雷鳴か。
降り出した雨が一滴、頬を濡らし*伝い落ちる。*]
[ 頬を打つ雨にも意識が奪われる事は無く、闇色の瞳は真っ直ぐに其れを見据える。欲望の光を湛え爛々と輝く金色の眸。
他の部位は辺りを包む黒に紛れて見えないのにも関わらず、其れは獣だと判った。理性等欠片も無い、欲望を剥き出しにした狼。
或いは、其れは――。]
[ 何れだけの時間そうしていたのか、不意に金の光は黒き闇の中へと消えた。
額に張り付いた髪も水を吸い込んだ服も、重みを増して滴をポタポタと零す。陽光は失われ、代わりに木々の合間から覗くのは遠くに落ちる稲光。]
(……寒。)
[ 我に返ってみれば思うのはそんな事で、再び傾斜を見上げれば躊躇いなく来た道を辿り館を目指す。
大地に描かれた緋い雫の軌跡は、今宵の雨に*埋没する事だろう。*]
[ベッドから身を起こす。
『あの時』の夢を見た。酷い頭痛がする。
外を見ると、日はとっぷりと暮れていた。
やはり、昨日飲んだアレのせいだ。
もったいないと思って飲んでしまったのだが、それがいけなかったらしい。
口の中には、未だにあの生ぬるい風味が残っている。
そのうえ、あんな夢を見たせいか妙に息苦しい。
無性に空気が吸いたくなり、窓を開けようとした。が、開かない。
忘れていた。この屋敷の窓は嵌め殺しだ。
その場で深呼吸をするが、やはり息苦しい。
仕方がない。
軽く身支度を整えて、*新鮮な空気を吸いに屋敷の外へと足を運んだ。*]
――回想・自室――
[早朝。目を覚ませば旅支度を整える少女に、使用人の一人が声を掛ける。
――内容は滞在を促す物で、少女は頑なに首を横に振るが、恩人の申し出と聞けば渋々承諾して、もう一日だけと屋敷内でゆっくり時を過ごす旨を使用人に伝えた。]
[旅支度が無駄になれば、余った時間は何を求める?
自身に問い掛けながら、少女は屋敷内を探索し始める。]
[書庫で古い本に手を伸ばし、音楽室で鍵盤に白く細い指を落とせば、薄紅色の唇からはアリアが零れ落ちる。細くも高く透き通る歌声は、この屋敷の誰の耳にも届くことは無く、まだ日が昇りきらない静謐な空間に、僅かに漂っては消えていく。]
[日が中央に昇る正午、少女は音楽室を出て再び屋敷内を探索し始める。
途中、使用人に声を掛けられれば、厨房で彼らと食事を共にし、再び屋敷内を歩き始める。]
[使用人から教わったとおり、屋敷の裏手にある庭園に顔を出し、花を愛でること数時間。日が傾き始めたのをきっかけに、少女は広間へと向かう。途中、書庫から本を一冊拝借し、使用人にティーセットを準備してもらって…。]
――庭園→書庫→広間へ――
――広間――
[中に入ると、昨日挨拶を交わしたナサニエルの姿が目に入り、軽く会釈をする。
他に何人かいるようだったので、微笑を浮かべながら挨拶を済ませ、一角のテーブルに着き本を開く。]
[給仕を申し出られればお願いしますと唇に乗せ、熱いアールグレイをティーカップに注いでもらい、ゆったりと啜りながら。しかし他の人の邪魔になら無いようにひっそりと、少女は自分の時を刻んでいる。]
[ 其の頃。静かに刻まれる少女の時とは正反対に、青年の時間は甚く騒がしかった。
俄かに降り出した雨は愈強さを増してザアァという音が耳を突き、其れに混じるのは泥濘るんだ土を跳ね上げる音。暗い登り道を走るのは些か危なっかしいが、のんびりしていては凍えて動けなくなりそうだった。
森を抜ければ館が見え、深く吐いた息は安堵か嘆きか、兎も角白に染まる間も無く雨に流されていく。]
─音楽室─
あー……降って来たなあ。
[ふと見やった窓の向こうの様子に、ぽつりと独りごちる。
浴場で汗を流した後、また、音楽室でピアノを弾いていたのだが、さすがに空腹に我に返ったところだった]
……これじゃ、帰りたくても帰れない、かあ。
ま、父さんを黙らせる口実にはなるから、いいか。
[呟きと共に口の端に浮かぶ笑みは、苦笑と見えただろうか]
―自室―
[ここに来てからというもの来客への対応に追われ、荷の整理をまだ済ませていなかった。お勤めの合間に与えられた部屋に立ち寄ると、替えの服をクローゼットに仕舞い、一通り整理を終えると一息吐く。
ふと、開いたスーツケースの隅に視線が注がれる。
見つめるのは無機質な双眸]
…
[が、ふいと視線は逸らされ。
そしてそれに触れることなく、ケースの蓋は閉じられた]
[左の胸──場所的には、心臓のある辺りか。
そこを、押さえるように手を触れつつ、雨の帳を見つめて]
しっかりしろ、メイ。
気にしすぎちゃダメ……気にしないの。
どうせ……どうせ、何も起こらない。
これだって……きっと、すぐに、消える。
……消えるはずなんだから。
[まるで言い聞かせるように、呟いて。
ゆっくりと窓辺を離れ、音楽室を出る]
[──然うして眼を見開いたまま、]
[何れ程の時間が経ったのだろうか]
[ざ────]
[くぐもった][雨音]
[部屋の中にも漂い]
[ 目に入りかけた前髪を退け手の甲で顔を拭うも、其の手も濡れているが為に和らげる効果しかない。
森と館との間に架かる吊り橋が、今日は特に怨めしく思えた。風が然程無いのが唯一の救いか。ギィと橋の立てる軋みすら雨音に紛れ、揺れは降り注ぐ雨滴に隠される。
寒さに音を上げる躰と悴んだ手とにもう少しだと云い聞かせ、如何にか渡り終えればベルを鳴らすが、其の古びた鐘の音すら掻き消されるか。]
[窓の外を眺めては、降りしきる雨音に耳を傾け]
引き止められて…正解だったのかしら…
[小さく呟く。カップの底に残る紅茶を飲み干し静かに本を閉じた少女の眼差しは、いつの間にか窓越しの暗闇の中に*奪われていた*]
―廊下―
[外で降る雨の音は次第に強さを増していた。何となく、暗鬱な気分にさせられるような。
丁度同じ程のタイミングで出てきたらしいメイの姿を見つければ小さく会釈をして、自らは二階に向かおうと。
その耳に、玄関のほうから微かにベルの音が届いた気がした]
[音楽室を出て、広間へと向かう。
ふと、人の気配を感じればネリーの姿が。
会釈するのにやあ、と挨拶を返した直後に、ベルの音らしきものを捉えた気がした]
……また、誰か来たのかな?
[ 開かれた扉。今度は紛れも無く安堵の息を吐く。]
あー……っと、今晩和。
……済みません、取り敢えずタオル御願い出来ますか。
[ 殆ど感覚の失せ赤らんだ手を軽く不利、バツが悪そうに苦笑を浮かべつつ云う。寒さ故か、顔色は蒼褪めていた。濡れた髪から服から、パタパタと止め処無く水が滴っていく。]
―広間―
[どれ位ぼんやりとしていたのか。
広間に現れたウェンディに会釈を返し、周りを伺う。
相変わらずの様子に一つ息を吐き、恐らくは昨日飲み過ぎたせい、と]
それにしても静かだな…。
[きっといつもはこんな感じなのだろうと。
その静けさを打ち消すように、雨音]
降って来たのか。
[そういえば先ほどハーヴェイが帰ると言っていたが、大丈夫だろうかとふと思い。
微かに届くドアベルの音にあぁ、やはり…と]
[開いた扉の向こうにいた者に、きょとん、とまばたいて]
ハーヴェイ……何、やってんの、そんなになって。
[問いかける声には呆れと共に、僅かに心配の響きも織り込まれ]
[扉の向こうにいたのは酷く濡れそぼってはいたけれど、ここ数日で見慣れた客人であることは一目瞭然であった。
その酷い姿に思わずきゃ、と小さく声を上げつつも]
しょ…少々お待ちを!
[奥の部屋へとぱたぱたと駆け出して行く]
[そういえば、とふと思い出す。
昨日のあの怪我人はどうしているだろう?
先ほど訊いた時は落ち着いていると言っていたけれど]
そろそろ、目ぇ覚ますころかな…?
[怪我の程度から流石に気にはなって、立ち上がり彼が居る部屋へと様子を伺いに]
―広間→二階・客室―
途中で降り出して来たんだから仕方無いだろうが。
御蔭でずぶ濡れ……って、あ゛ー……。
[ メイに誤魔化すような言葉を返す途中、ポケットを漁れば案の定グシャグシャのシガレットケース。此れでは使い物に成らないだろう。]
一箱しか持って来て無かったのに。
[ 思わず愚痴が零れるも、]
あ、済みません。助かります。
[慌てて駆けて行くネリーを見れば小さく頭を下げる。]
[その部屋の前に立てば、一応驚かせぬようにと軽くドアを叩いてからゆっくりと開いて。
近付こうと見れば、目を覚ましているようでゆっくりと視線が漂う]
気が付いたか…?
あぁ、様子を見に来ただけだから安心していい。
[昨夜の怯えた姿を思い出し、刺激をしないようにと声を掛けて]
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