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…そうじゃないよ。
[優しい、と囁かれた声に返した言葉は、やや苦笑めいた。
優しいはずがない。と、思う。
けれど、そう受け取られるのは、それほど嫌な気分にはならないな、と、想う気持ちはそっと仕舞った]
[マクシームの傍にいた男が屈む。
色の変わった敷布を摘んで
マクシームの顔が見えるようにする。
顔は損傷が少ない。
無残な傷痕のある其処から下は見せる心算はなく]
――…マクシーム。
カチューシャが来てくれたよ。
[声を掛けてからカチューシャに場所を譲る]
―― 村はずれ ――
[棺の代わりになりそうなもの。
友人を送るならしっかりした立派なものがいい。
けれど都合よく適当なものなどはなく。
とりあえず応急処置的なものしか見つからなかった]
麓の役人に届けるべきなんだろうか
[いつのまにか作業は止まっていて、そんな風に考える。
ゆらゆらと首を振った。
何とはなしに、近くにおいてあった鉈を弄ぶ]
………………。
[手の中でくるりと回した]
人狼。じんろう
[カチューシャへ伸ばした手は、先程と同じように
するりと撫で降ろされ、そっと離れた。
車椅子に彼女の震えが伝わってきていたから、
その目は案じるように細められて]
…悲鳴が無かった理由。
[ユーリーの言葉へと顔を向ける。
降ろした手を膝の上で握り、首を傾けた]
あげる暇も無かった、とか。
[顔の表面に損傷少ないが、
マクシームの口を開けさせれば中はまた別で。
崩れる程食べなかったのはカチューシャには良かったのだろうな、と、思いはするものの、食事の時にそれを考えて等いられなかったのは知っているから、少し、眉を顰めて。
咥内に甘い臭いを思い出して、笑み浮かべそうになる]
[赤い布は、赤く染まっていただけのようで。
それに気づいて蒼冷める。
ユーリーが兄の顔を見えるようにしてくれるのに、震える足で近づいた]
――……お兄ちゃん……
[傍らまで近づいたときに、血のにおいと、マクシームの顔にも残る傷にへなへなとその場に座り込み。
そっと手を伸ばして、いまはもう冷たく固くなった兄の肌に触れる]
……っ
[温かさも何もない。
眠っているようとはいえない兄の顔に、きつく唇をかみ締めた]
―― 村はずれ ――
[目を閉じると瞳の奥に鈍痛が走る。
は、っと荒く息を吐いた。小さな村だ。人が来れば分かる]
…………
[全員の顔を思い浮かべる。その中には恋人もいて。
胸が苦しい。守りたい。扉越しの会話。
怯えさせてしまった。噛み付いた。味見]
……………
[ふと気がついた。
旅人は自分の畑に埋まってた。違和に気づいたのは別の人]
あぁ、なんだ。そうか。当然だ。
[腹の奥から何かが噴出してきて、くつくつと肩を震わせる。
鉈の柄を逆手に握り、両の拳で目を覆った]
……本を貸したのは、まずったかな…?
[見知った者だ、と呟く男を見上げる。
疑いが内に広がれば、昼間は人ならざる力も使えない。
同胞が落としたらしき白い花のピンの行方も気になって、
少しばかり気は焦るものの、表情には出来るだけ出さず]
[兄を呼ぶカチューシャの姿に男は瞑目する。
二人きりにすることは難しいが
せめてと思い二人から距離をとる]
――…。
[見知った者、とミハイルが紡げば
ゆる、と頷き同じ考えだと示した]
ミハイル……
[名を紡いで彼を見詰める]
人の味を覚えた獣が再び人を襲う可能性は
どれくらいのものかな。
[獣に対する知識が豊富そうな彼にそれを問う]
…どう、手を、打つの。
[見知った者、と聞こえた、年長者の呟き。
それに頷くユーリーの様子に、小さく紡ぐ言葉は
微かに震えてしまったから、
抑えるように自分の肩を手で掴んだ。
彼の猟銃が見えれば、視線を向ける事になるかもしれず]
……なんで……
……、――
[嘆きも、悲しみも、理不尽な怒りも、ごちゃ混ぜになっていて、言葉にならない。
兄の姿を見れば、その死は現実感を伴い。
そして、どうして兄が、という思いもまた]
……〜〜
[唇を噛み切るかというほどにかみ締める。
村の皆を責めたくはなかった]
…100パーセントだよ。
ユーリー。
[声が震える。少し、怖い。
見つかる事。殺される事、人を、殺す事。食べる事。
全てが、――ほんの少しだけ]
悲鳴。
[広場にいる者への問い。
詳しい状況は未だ得ておらず、昨夜最期まで共にいた筈のミハイルを横目で見た。]
見知った者、……が。
…… 人狼、か?
[ただの殺人者がこの集落にいるとは思えない。
だが人狼ならば――人を喰らう者なら、ともすれば。]
[周囲でかわされる会話はどこか遠い。
ただ、誰かから兄を移動させる話を聞けば、ゆるりと瞳を瞬かせ]
――……うん。
[一つだけ、頷いた。
ずっと傍には居られないし、兄も家を汚すのはきっと嫌がる。
それなら、と小屋に移す話には頷いて。
村の中の誰かを疑う話にまでは、まだ頭がついていかなかった]
これ以上犠牲が出ないように
犯人を捜す、かな。
お伽噺なら村の為に怪しきを括れ、と
言うところなのかもしれないが……
[ロランに声を返すが
肩を掴む其の様子に男は目を眇める]
言葉が通じる相手なら
襲うのを止めるよう、諭したい所だね。
[マクシームは話す余裕さえなかったのだろうか。
ふ、と幼馴染へと視線を向けた]
―― 村はずれ ⇒ ――
あ
ぁああ あぁああああっ
[唸るように叫んでぐっと鉈を握る。振りかぶる。材木置き場の壁に叩きつけた。友人の死をもたらした狼に対する怒りと、自己嫌悪と、都会で覚えてしまった破壊衝動と]
[ぐちゃぐちゃに渦巻く頭をクールダウンさせるために鉈を振るった。振るい続けた。友人の棺予備となりうる箱に傷をつけなかったのは、せめてもの理性か]
………………
[しばらくの後。たくさん暴れてさすがに落ち着いた。こわばった、けれど表面を取り繕った面持ちでリヤカーに大き目の木箱(薪炭材を詰めていたもの)を運び出す]
[後に残された材木置き場には、木っ端の数と酷い刃傷ばかりが一面に残されていた。鉈はそこにはもう置いてない]
[その傷は、詳しくないものが見れば見ようによっては狼の暴れまわった爪あとにどこか似ている]
…通じなかったら…
[ユーリーの言葉に肩を掴む指先は白くなるけれど、
じっと烏色が花色を見詰め]
怪しきを括る、か。
[言葉は問いとは成らず、語尾は下がる。
犯人を探すという言葉に思い出す事はあったが、
言葉にするのを躊躇って、結局言わなかった]
[カチューシャの頷きが目に留まる]
今、イヴァンが……
マクシームの為に棺をさがしてる。
彼が戻ったら、川辺の小屋に運ぼう。
[静かに紡がれる声。
満月、とレイスが言えばはたと瞬く。
昨夜は空をみあげる事もなく]
満月……
嗚呼、月に、狂わされた、とか ?
[それが原因であれば、マクシームは――。
遣り切れない思いに男は柳眉を寄せた]
―― ⇒ 広場 ――
[台車にざっと洗った箱を載せ、ゆっくりと広場にもどる。
そこには多くの人影が集まっているようだった]
………………。
[そこにいる面子をくるりと見回す。
キリルの姿を目に留めると、ふっと目を細めた。
けれど今はそちらに駆け寄れない]
[深呼吸して、ユーリーを真直ぐに見た。
朱に染まるマクシームの方へと寄って行く]
悪い、遅くなった。
探したけど、こんなものしか見つからなかった。
…………ごめんな。
[最後の呟きは物言わぬ友人とカチューシャに]
[何時までも座り込んでいれば、キリルが傍にきてくれた]
……うん。
――
[案じる言葉にこくりと頷き。
もう一度兄に視線を向けてから、ゆっくりと立ち上がろうとした]
――…通じなかったら
[ロランの言葉を繰り返し]
口を塞がれるのだろうね。
[襲われるだろう事は予想できた。
甘い考えではいけないとも思っている。
僅か目を伏せ、溜息に似た吐息を零した]
占い師…
[と、ぼそり。
人の姿をした人狼を、見抜くことが出来る者が稀にいると書かれていた。
人狼自体信じがたい話なのに、そんな不思議な力を持った者が存在するなんて。
実在するのなら縋り付きたい気持ちはあれど…。
皆の前で公言するには少し躊躇われて。
独り言のように洩らすに留まった。]
[空から目を戻し、ユーリーに目を向けた。]
赤い色だった。
…… 血の様な。
[頷く。
遠い昔に読んだ伝承の記憶は、はっきりとはしていないが。]
[月が、という言葉にチラとミハイルへと向けた視線は丁度絡む。
彼に貸した本にも、確か伝承として書いてあった筈だ。
旅人が持っていた、其れに]
塞がれる前に、塞ぐ?
[ユーリーの言葉に向けて紡いだ言葉は。
掠れ震えて、自分でも驚く程低かった。
椅子の手摺から少し浮かせた手は誰にも触れられる距離でなく。
ただ、膝の上に落ちただけだった]
[ミハイルの考えに男は静かに耳を傾ける。
懸念が彼の言葉により濃くなるようだった]
そう、か。
[重い息を吐き出し呟いて]
犠牲者を増やさない為にも……
覚悟を、決めなくては……
[重い口調。
村で共に過ごした者を疑い
手に掛ける事さえ覚悟しなくてはいけないと思うが
其れを口にする覚悟はまだなく言葉を途切れさせた]
[イヴァンの姿がみえれば、軽く手を掲げた。
何時もと変わらぬ所作。
真っ直ぐ向けられる眼差しに
如何した、というように僅か首を傾ぐ]
――…いや、ありがとう。
[棺があればマクシームも少しは落ち着けるだろうか。
イヴァンへと礼の言葉を向けた]
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