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―遺跡―
[遺跡へたどり着いたミハエルが見たのは、時を巻き戻したかのような姿の柱。以前に見たときは、ひび割れ、欠けてなかば砂へ還りかけていた筈だが。]
[そこへ在ったのは、力の残響と、その行使の跡のみ]
[亀裂の無い柱を、憎々しげに見つめる]
[ぴたりと手を当て、]
[だが首を振って]
[なんだか少し疑いの眼差しになったかもしれない風の子に、はやくしないとわるくなっちゃうから、なんて尤もらしく言いながら、
苗床は、ゆっくりと、そちらへ向かう。
聖なる子の力の方へと]
そうか、もうそんな時間なんだね
[こんばんは、と言い直して]
うん、まあおはようかもしれないけれど。
……君にとってはこんばんは、だよね。多分。
うん、そうだね。
[小さく肯いてから、首をかたむけます。]
きっとティルも、ユリアンから聞いているよね。
[なにを、とは云いませんでしたけれど。]
[意識を光の小鳥に宿して、彼女は今は少女の傍らに。
今は心にも力にも波風は立たずに、少女は落ち着きを見せていた]
「彼女を護るために。」
[その声は、ベアトリーチェの口から紡がれたものではありませんでした。ティルの方をじっと見つめる、小鳥から。それは声ではなくて、思念のようなものでしたけれど、まるでほんとうの小夜啼鳥のように澄んだ声に聞えたでしょう。]
[まるで歌声のようなコトノハ。
小鳥を見やり、苗床は少し考えて口を開く]
かの女を?
……守る、とは、どうして?
[かの女というときに、見たのは、ベアトリーチェの姿。]
……ベアトリーチェはね。
ほんとうは、ずっと昔に死んでしまう筈だったんだ。
[フィロメーラはそれを助けて呉れたのだと、ベアトリーチェは云います。
それは“過干渉”であり、“赦されざること”。ミハエルが云ったとおりのことだと、よくわかっていました。]
「この世界の律では、彼女は生きてはいけないから。」
[けれども、変えるのだと決めてしまったのでした。]
そう。
[二人の言の葉は、互いを思いあうようで。]
君は、助けられたのだね。
かの女を。
大切な人の子を。
[小夜啼鳥を見る目は、どこかまぶしいものを見るようで]
たとえ誰に攻められようとも、君が僕にはうらやましい。
[そっと囁くような呟き。
左の手は、首にかかる小瓶を、そっと握って。]
……でも、書を使うということで、本当に、生きていける世界が作れるのかい?
……わからない。
[訊ねられて、こどもは小鳥へと眼を移しました。指から離れた小夜啼鳥はティルの周りを一度巡り、ベアトリーチェの元に戻ります。きらきら、光の粒が零れました。]
「……断言は、出来ません。
けれど。
ただ、滅びの時を待つよりは。」
君は、賭けを選んだのだね。
[光の雫に目を細める。
片目の金は、何も変わらぬまま]
僕も、それを悩んだ。
君もきっと、悩んだのだろうね。
このままではどうしても駄目なのかい?
ただ今の生を、楽しむだけでは駄目なのかい?
[問いかける声は、静かな響きを持つだろう。]
[風が樹を優しく撫でていくのを見ながら、波長が合ったらしいという言葉に頷くと、ちょうど花がティルに留まった所だった。
彼の謝罪に緩く首を振って、アマンダは二人の再開を少し離れて見守る。外見に近い、少年と子どもらしいやりとりに、微笑みが浮かぶ。
人の子の成長は早いと、アマンダは思う。
3年前、この町に着たばかりの頃。アマンダに当たりかけたボールを【疾風】が弾き飛ばし飛ばしたのが出会い。
その時ユリアンは、ちょうどティルくらいの姿だったはずだ。
思わぬ対との出会いに反発しながらも、見かける度に眺めて…睨んでいたなと、不意に懐かしさを感じる。
少年になった彼が今、青年になりつつあるのだとまでは気付けないけれど]
…私は、少し寄り道。
楽しいデートだった。またね。
[少し元気になった様子のティルに、手を出すユリアンに微笑んで背を向けた。ユリアンが居るなら、*きっと大丈夫*]
[小鳥はベアトリーチェの肩で羽を休めたまま、なにも語ることはありません。なにか考え込んでいる様子でもありました。代りにか、こどもが口を開きます。]
知る前なら、そうだったかもしれないね。
けれども、知ってしまったから。
[シャラン、左手を掲げますと、鎖の輪が音を奏でました。]
ベアトリーチェが今まで生きて来たのには、
何かしらの意味があるのだと、そう思っていた。
……世界を変えることに、その意味を見出したのかもしれない。
[曖昧な言葉。そこにたしかなものなんて、なに一つありませんでした。]
君は、
[こんどの目は、人の子に向き]
まだ子どもでいられるのだね。
僕は知る前から、諦めていた。
かの女がしあわせな、元気な人の生を送るのを見るのを。……そんな時はないのかとすら思っていたんだ。
だけれど鍵のことを知って、考えた。
[悩んでいると言っただろう? と、苗床は微笑んで]
世界をかえれば、かの女はうまれてくれるだろうかって。
それともかわらぬまま、かの女を待つほうがいいのかって。
君の生きる意味がそれだというのなら、
僕が今まで生きてこれた意味は……
それが決して開かれない、そんな世界をつくることなのかもしれないと、今は思うよ
[こどもで居られる。それの意味するところがよくわからないというように首をかたむけますと、金の髪が頬にかかりました。けれども、ティルの決めたことだけは、わかったのでした。]
ティルの思うように、したらいいよ。
ベアトリーチェは、ベアトリーチェの思うように。
[ぼうっとした緑の眼は、ティルの金いろの眼を見ていました。]
ベアトリーチェはこの世界が好きだった。
でも、届かない世界なら……。
[言葉の途中で、ベアトリーチェは顔を天へと挙げます。樹々の合間から覗く月は、円いかたちをしておりました。]
時が移ろうまで、あとわずかだ。
ベアトリーチェは、もう、行くよ。ここの果実は美味しかった。
そうだね。
僕は僕の、君は君の、思う通りに。
[すこし、困ったように微笑んで、苗床も天をあおぐ。
陽のひかりは葉を越えてやってくるけれど、月のひかりは遠くに。]
……それでも君たちの手は、
僕よりずっと大切なものを掴めているのだよ。
……だから鍵を開かないでほしい。
そう言うのはきっとわがままなのだろうね。
君がそれを渡してくれることをこの森も僕も望んでいるよ
[それでも、手は伸ばさずに]
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