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―― キリルの家 ――
[広場から出て、キリルの家の方へと向かう。
空にはいつのまにか月が出ていた。
畑に咲く花が黄色から紅に変わるように、赤い光を湛える月が]
………………
格好が悪いことだけど、正直に言おう。
[歩きながら自分の手を見て呟く。
目的地の家にはぼんやり灯がついている]
………こんばんは、キリル
[しばらく戸口の前で逡巡した後、静かにノックしてみた]
[昔はよくユーリーにも頭を撫でられていた気がする。
最近はなくなったそれが、なんだか大人として扱われている気もしてちょっと嬉しい]
料理は趣味みたいなものですし。
じゃあ、お互い様、ってことですね。
[にこにこと笑みを返したところで、兄が見えないところで何かした様子。
ちょっとばかり睨んでみるがマクシームは視線をそらすだけだった]
―回想・ロラン宅―
[ロランの家に来たのは初めてではないはずだが、久しく来ていなかったように思う。
台所が目に付き、幼馴染が食事の世話をやいてくれているのだろうな、などと。
ロランに促されるまま>>257]
あぁ、
[短く返事をして、扉の先の作業場へと足を向けた。
勝手に空いていた椅子に腰掛け、脚を組む。
子どもの頃、ロランの祖父の作業を見させてもらったこともある。
まだ、ロランがこの世に存在しなかった頃の、遠い記憶だ。
今腰掛けている椅子にロランの祖父が座り、作業台に向かっていた。
記憶と重ね合わせるように、ぐるり、と作業場を見渡した。]
―回想・ロラン宅作業場―
[車椅子の音が響き、着替えを終えたロランの姿>>258が。
早速皮を手渡し、彼の作業を見学させてもらうことになる。
気が散っては、と、黙って作業を眺めていた。
丁寧に脂肪や肉を削ぐのをじっと。
集中していたという訳ではないが、こちらに投げられた問い>>258にピクリと少し肩を揺らした。]
さぁ、な。わかんね。
[「大人」としては、「子ども」の不安を拭う為に「いる訳ない」と答えるべきだったろうか。
けれど、目の前で作業する彼が、そんな言葉で安堵する気もしなくて。]
俺は…実際見たものは信じるさ。
人狼に関しちゃ見てないからな。
だが、いないと信じ込むにゃあ、噂や伝承が多いとも思う。
現状、いる、とも…いない、とも言えねぇ。
─ 自宅 ─
……、
[あかりを灯す手を止めて、ふと月を見遣る。
震えるように息を落として、自分の腕をぎゅっと掴んだ。
鏡の前に置かれてあるのは、イライダから貰った化粧品。
やわらかな春の色を映したそれは、いかにも紅い月に不似合いだ]
───…、え?
[ことん。と、音がした。気の所為かと思った。
それでも再びコツコツ。と響く音に、戸口へと歩み寄る。
けれど、響いた声にふと手が止まった。
恐れるように扉を開く、手が動かなくなる]
イヴァン…?
[だからそっと、喉から声だけを押し出した。
隔ててあるのは、鍵も掛からぬ薄い木の扉一枚だけ]
[深い皿に入れられたクッキーに手を伸ばす。
口に運ぶ]
…美味しい。
[空きっ腹に染み込む。
素直な感想は、ぽつりと、心情関係無く落ちた]
もしいたとして、人狼がどんな存在なのかもわからねぇ。
本当に、噂通りのヤツ等なのかも…な。
[こんな話をして、不安を煽ってしまっただろうか。]
(マズったか…。)
[反省しかけた時、旅人から譲り受けた本の話>>259を聞くこととなった。
その本を読んでロランが何を抱いたのか。
語られるのを無言で待っていたせいか、
すぐに、「何でもない」とロランは口を結んでしまって。]
なぁ、その本。後で貸してくれないか。
[それだけ言って、後はロランの作業を見て時間を過ごした。
無意識にだろうか。
それ以降は、人狼の話を避けて世間話のような会話を交わしただろう。]
[イライダが持ってきた深皿に手を伸ばしクッキーを一つ摘んだ。
さくりと一口頬張れば紅茶の香りが口腔に広がる。
甘みが薄い代わり紅茶の味が引き立つようだった]
良い香りだね。
こうばしくて、美味しいよ。
[残りを口にほおりこんで一枚食べきれば
ぺろりと指についた欠片を舐めとり目を細める]
どうしてそう思うのかしら。
[ロランの言葉には、苦笑してそう言って。
一度、クッキーを取りに戻る時に、そっと頭を撫でたりもしよう。
カチューシャの言葉を聞くと、視線はこの場の男性陣(兄を除く)をちらと見て]
――…まぁ、大丈夫だとは思うけど。
でもね、いつ何があるかもわからないんだから、カチューシャちゃんはかわいい女の子だから、だめよ。
[すごく真剣に言った。
さすがに此処に住む人たちだから、そういう信頼はしているけれど、という意味だが、完全な安全パイ扱いしたことも否めない。
料理については嬉しそうに頷いたのだった]
―回想・夕方ロラン宅―
あぁ、もうこんな時間か。
[ロランにつられて窓から外を眺めた。
ここから見える広場には、昨晩同様に篝火の準備をする人影があり。]
働き者だねぇ…。
[そう言い終わるが早いか、ロランの腹がか細く声をあげて>>282、差し出されたチーズを一欠だけ貰い、口に放り込んだ。
その後レイスがここを訪れるまでは、また少しの間、他愛もない話をしたか。
傷の手当が済んだ頃、ロランに言われて>>297]
じゃー、俺も手伝いに行くか。
昨日も来たら終わっちまってて、晩メシと酒をもらいに来たようなもんだったからな。
[広場に出ようとして、ロランの疑問のような声>>308に首を傾げる。
[誘われるように窓から広場を覗き見、先程はなかったイヴァンの姿>>306を認めた。]
―篝火そば―
[ロランがイヴァンに声を掛けるのを見て、自分は遠慮した。
気にはなったが、ユーリーやイヴァンと軽く挨拶を交わし、]
今日は間に合ったか?
[などとマクシームの肩にぽむ、と手を置いたりして。]
―― キリルの家 ――
[扉の向こうからキリルの声がする。
けれど扉は開かない]
キリル
[名前を呼んだ。もうノックはしない。
開かなくても仕方がないかなあと思っている。
扉に掌を当てた]
怖かったら開けなくていいよ。
この時間だ、それが普通の対応だし。
迎えに来たわけじゃないんだ。ただ知って欲しくて。
キリル、好きだよ。とても好きだ。大切なんだ。
――…飲み物、か。
ン、……僕はそろそろ戻るからクッキーだけで十分だよ。
[飲み物は遠慮するらしくイライダにはそんな言葉を返した。
チラと目を遣るはミハイルの方]
今夜も飲むなら、何かもってくるけど。
[ぽつと呟く]
今夜は冷えそうだから余り長居しない方がいい。
風邪をひいてはかなわないからね。
[獣への警戒は別の言葉となって紡がれた]
[わかったと頷いてくれたレイスに、ありがと、と小さくお礼を言った。
それから戻ってきてクッキーを食べる皆の言葉に、嬉しそうに笑う]
お口に合ったようでよかったわ。
そうね、じゃあ一緒に。お願いしてもいい?
[カチューシャが手伝いを申し出てくれたから、一緒に、と誘いかけて]
[今日の食事は朝に一度取ったきりだった。
だから程なく運ばれてきたクッキーは有難く頂くことにする。]
頂きます。
[さくりと一口齧る。
いつも通り甘くはない。]
……何だか、落ち着くな。
[落ちるのは味の感想、と言っていいものかは分からない言葉だった。]
[イライダとカチューシャ。
女同士の会話には口を挟まない。
安全パイ扱いには微かに苦い笑みが過ぎるがそれも一瞬。
ほろほろと口腔でとけゆくクッキーが気に入ったのか
また一つ、手に取り口許を緩める]
[宿酔でからかわれたときのミハイルの反応はちゃんとみてなかったから、ちらりとそちらに視線を向けたりもしたけれど。
お茶とクッキーの時間が終れば籠を手にして]
それじゃ、あたしは帰りますね。
また明日。
[火の番をする人には後で差し入れでももってこようとは思いつつ、みんなに手を振って、家へと帰っていった**]
…イヴァン。
[名を呼ぶ声に、震える息をそっと吐き出す。
片手を木の扉に添えた。知らず、恋人と対象の形となる]
ううん、
…ううん、違うんだ。
[上手い言葉が見つからない。ことりと、扉に額を預けた。
薄い扉に、恋人の声がくぐもって響く]
[怖いわけじゃ──…ない。
そう続けかけて、喉奥に飲み込んだ。
怖いのは本当。けれどイヴァンが怖いのじゃない。
……本当に怖いのは、自分自身]
[クッキーは口の中で、ほろりと崩れる。
甘く無いそれは、美味しい、と思った。
思ったのに、どうしても、物足りないと思うのを止められない。
平静を装って、無表情をつくる。
それでも、熱いものが背を昇り来る。
必死で、漏れぬ様。
身体を抑えるように手を回す事すら、出来ず。
ただただ、強く、口の内側を噛んだ。
口の中に広がる血の味が、少しだけ飢えを和らげてくれる]
……違うの?
でも、いいよ。一番気楽な形で聞いて欲しい。
[木の扉を一枚挟んでいる方が、落ち着いて話せるかもしれない。それでも少しさびしかった]
好きで、大切で、俺はたまに君を、君の意思を無視して無茶苦茶に手折りたくてしょうがなくなるときがある。さっきやりかけたみたいに。この欲求は俺だけのものじゃないのかもしれないし、でもだからと言って正当化していいもんでもないだろう。
それは嫌なんだ。
きちんとキリルとゆっくり関係をつくって、レイ兄にもきちんと義理を通して、幸せになりたいんだ。
年ばっかりくってる癖に、いつまでもガキみたいな事を言ったり辛抱が効かなくなったりしてごめん。
[ゆっくりと話してく。
都市での生活は自堕落で享楽的すぎて未だ誰にも懺悔できていないくらいのものだった半面、ここまで大切に思う人は初めてだった。だからこそどこか過敏すぎるほど怯えている]
……。
[紡ぎかけた言葉は、上手く音にならなくて消えてしまう。
扉の向こうの気配を、息を詰めるようにして探った。
扉に添えないもう一方の手を、強く握り締める]
……、イヴァン。ボクも、大好き。
[だから本当に大切なことだけを言った]
帰るのなら、ユーリーも気をつけるのよ。
こんなに明るければなんにも起きないとは思うけれど。
[自分にも言ったのだから、と、ユーリーを見て言う。
飲み物は一緒にカチューシャと運んで。
それから、ロランの不思議そうな声色に、困ったように笑った]
ロランくんは、自分が思うよりずっと、格好良いと思うわよ?
今でも、ね。
[火の番をかってでる幼馴染に苦い表情。
先に戻るらしいカチューシャには軽く手を振り]
おやすみ、カチューシャ。
[声を掛けてその背を見送る。
マクシームへと向き直ると]
さっきも言ったが……
火はいいから、しっかり戸締りして家で寝ておけ。
[嗜めるように言ってはみるが幼馴染の返事は曖昧だった。
やれやれと肩を竦める]
…え、
イヴァン……?
[この扉をあけてはダメだと思った。
なのに僅かな力が、手に篭もる。
キイと、扉の軋む音かが高く細く響いた。
それにも気付かず、ボクは息をつめる]
それはどういう、
[混乱した頭は、言葉の全てを理解しない。
扉が再びきしりと音を立てた。僅かな隙間が外と繋がる。
ひやりとした夜風が頬を撫でた]
[お茶の時間が終わり去ってゆくカチューシャに、ひらひらと手を振って。]
うん。おやすみなさい。
また明日ね。
[笑顔で見送った。
クッキーへの賛辞には嬉しそうなのにかわりはない]
…イライダは、少し意地悪だ…
[イライダの言葉に、眉を少し寄せて見上げる。
指先が車輪を弄り、キィ、と音を立てた。
マクシームの視線がちょっと痛い気がしたけれど、
敢えてそちらは見ない事にして]
子供を、からかう。
[都合の良い時だけ子供になって。
良い男、ってのは、ユーリーとかミハイルとかレイスとか。
と、マクシームを態と抜いて、低く唸るように言った]
イライダも気をつけて。
――…女性は特に、と。
言うまでもないか。
[イライダから掛かる声に応え]
ごちそうさま。
夜食に少し貰っていくよ。
[断りをいれてからクッキーを数枚手にして立ち上がる。
広場に残る面々に空いている手を掲げ、揺らして]
お疲れさま。
良い夜を――。
[そんな挨拶を残して男は家に戻っていった**]
―― キリルの家 ――
[知らず自分も話しながら思いが募って掌に額をつけるような姿勢になっていた]
!
[掌の向こうで扉が揺れる。身を少し離すと細く扉が開いて、中の花が白く見えた。目を細める]
だからダメだよ、キリル。もう月が高く出てる。
どういうって、そういうこと。
[細い隙間から彼女が見える。そのことに頬がゆるんだ。
これ以上開かないように、扉に手をついた]
今日は怖がらせてごめんね。
明日か明後日、仕切りなおそう。
おやすみ。
[ささやかなお茶会は終わり、やがて解散して行く其々を見送る。
僕はと言うとイライダとの約束もあったし、何となくだが未だ帰る気にもならなかった。
目配せをして一旦家に帰るミハイルもまた見送る。いつの間にか随分と暗くなっていた。]
今日は満月か。
[見上げた空には赤い月が掛かっていた。]
大丈夫、大丈夫。
騎士がいるからね。
[ユーリーの言葉にくすくすと笑って頷き]
いえいえ、どうぞ好きなだけもってって。
おやすみなさい。
[ひらひら、とユーリーに手を振った。
ミハイルが一度戻るというのも、見送って。
それからロランの方をちゃんとみて、笑う]
意地悪なんて。本当に思っていることを言ったのよ。
からかってるわけでもないわ。
レイスも、ロランは良い男になると思わない?
[笑み含んだ声で問いかけつつ]
[落ちる光にいろを感じて、空を仰ぐ。
…きっと、皆知って居た。
紅い朱い月が、大きく照らしていることを。
目を眇めて、烏色に映す。あかい――]
…、
[本にも書いてあった。
赤い月は、人狼の本能を刺激する。
ロランはそっと、自分の細い肩を、手で摩った]
―自宅―
[手に馴染んだ猟銃を眺め、じっと。
「彼」がまたこの辺りに帰ってきた…ということは無いだろうか。
それは彼が噂通りの人狼であったなら…という考えから。
もしそうであったとして、彼は自分を覚えているだろうか。
自分もまた、彼を覚えているだろうか。
もしも噂のように獣の姿で現れたなら…
分かるはずもない。
この集落に危険が及ぶなら、例え彼でも撃ち殺さなくては。
そう、思っているのに。
あの哀し気な笑顔がまた胸を締め付け、太ももの傷がズクンと疼く。]
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