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[近づいてくるアレクセイを見上げて、迷う。
けれど逃げることはしないまま、アレクセイと視線を合わせ。
苦しそうだったと曰われれば、唇を噛み締める。
アリョールの様子を思い返し、震える吐息を零した]
逃げて、どこにいくというの。
――アリョールも、ヴィクトールも、アナタもおいて?
アタシだけ、どこかで幸せになれって?
[生きていたい。
死にたくない。
けれど――]
……アリョールと、一緒に逃げるなら、どうだ。
[タチアナの言葉を受け。
沈黙の後に問いかけた]
ヴィクトールも連れていってくれると助かる。
三人で、逃げろ。
ここから、この香から離れれば、あんたを食おうとも思わなくなるんじゃないか。
そう勝手に思ってる。
隣の村まで行って、それからまた、他の場所に行けばいい。
そんなに近くない場所に。
殺したくないと、アリョールが願っているとしたら、この選択肢が最善なはずだ。
[提案する声の色は、冷静で。
そこまで言い終わると、口元に笑みを浮かべた]
――大丈夫だ。
人狼は逃げたとしても、俺がお前らの逃げたほうと違う場所を言えばいい。
少なくとも、誰かにお前達が全員殺される事はなくなる。
俺はそう踏んでいる。
/*
さっき香がしみついてるんじゃないかとかいった口がこうですよ。
俺大変嘘吐きですね。知ってる。
とか言いながら、お風呂いってきます。すちゃっと出てくる。
[首筋から流れる赤で、肩の部分は赤く染まっていた。
ナイフを見つめていると、扉からノックの音が響く]
――……。
[次いで名を呼ぶ声がした。
ゆっくりと、扉の方を振り返る。
鍵はかけていたが、アナスタシアの部屋のことを考えれば、意味のないものだ]
……私を、食べに来たのでしょう?
なら、人としてで無く、狼として入ってくればいいのではないですか。
[静かに、口にした。
不思議と、恐怖はない。もう、諦めてしまったからかも知れないけれど]
[じ、とアレクセイを見やる]
――それじゃ、アナタは?
……三人で逃げて――でもきっと、ヴィクトールはアナタの傍にもどるわよ。
それに……たった一人、生き残ったアナタが
疑われなないワケないでしょう……
[むりよ、というように首を振った]
[それでも、アリョールが、ヴィクトールが。
その提案に乗るのなら――
それはそれで、試してみるのも、ありだとは、思うけれど]
アタシじゃ、無理よ、きっと……
[引きとめることもきっとできない]
[何時の間にか広間に置かれていた、一冊の本。
紙の草臥れた其れは、以前からアリョールが手にしていたもの。
赤に染まることの無かったその本には、頁の合間に僅かな隙間が有った。
その頁を開けば、一通の手紙が挟まれていることに気付けただろう。
それは"アリョール"と"マグダラ"についての、全ての記載。
"マグダラ"は、心近しい相手を喰らう事で恍惚を得て。
"アリョール"は、心近しい相手を喪う事で絶望に至る。
"アリョール"が誰かを喰わずにおこうと想うのであれば、それはたった一人にしか許されなかった]
[たった一人の大切な相手。
それを何時か来るべき日の餌と定めるのなら、時間は稼げた。
最上の甘露を得ることが出来るのなら、"マグダラ"はどこまでも長い時間待てると"アリョール"に告げた。
そう手紙に記されている]
[大切な相手など要らなかった。
先代の下で、ひっそりと生きていくことが出来たならそれで良かった。
それでも、たったひとり、いつしか大切だと想う様になってしまえば、その大切な筈の気持ちが逆に"アリョール"を苦しめた。
選択肢は、たった一つしか無かった。
そんな日が来なければ良い。
いつまでも、逃げ続けられれば良い。
真摯で切実な祈り。願い。想い]
[口数の多くない彼女の、どこに此れ程の言葉が秘められていたのかと想うほど、長い手紙。
手紙の最後は、シンプルな謝罪で締めくくられている]
君は嘘だと思うかもしれないが、
喰べずにすませられるなら喰べたくはないんだ。
[ すまないとは言わない。
だから、拳を作ると、]
フィグネリア、
君が望むなら……、
[ どくり、と目の前が紅くなるような心臓の鼓動。
破砕音。
ノブの直ぐ傍の扉板が貫かれた。
ぱらり、と落ちる木屑。
内側に入ったヴィクトールの手が、鍵を外し、
やがて扉が開いた。]
[ きぃ。
扉が軋む。
烏羽色ではなく深紅の双眸をして立つヴィクトールと、
傍らにはアリョールが見えただろうか。
ヴィクトールは、木屑を踏み、フィグネリアへと近づく。]
自傷……かい。
それとも、歓迎して?
[ 何処か陶然とした響きが含まれ、
普段の声よりも揺らいでいる。
首元から涙の様に流れる血に視線をやった。
先程扉をぶち破った左手をぺろりと舐める。]
[食べたくはないという言葉に、口元に少し笑みが浮かんだ。それから激しい音と共にドアに穴が開く。
その手が鍵を開けるのを、じっと見ていた]
食べられるまえに、死のうと思ったけど。
私を殺す人をちゃんと見ておこうと思ったの。
[切れた首筋から流れ続ける血は、もう体半分を赤く染めている。
青白い肌はさらに白く、けれどどこか赤くも見えた]
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