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―自宅前―
[辺りから人影が消えていた。
取り残されたのは僕と、動かないイヴァン。2つだけ。
彼をこのままにしてはいけないという思いも在るのだが、如何して良いのか、ぐちゃぐちゃになった頭では分からない。遺体をシーツで覆うという簡単な事すら思いつかないまま、ふらりと立ち上がった。
おぼつかない足が歩む先は、開かれたままの扉の中。
身に纏う未だ乾ききらない赤が滴り、僕の辿る道筋を忠実になぞる。
僕が足を進める度、僕らの家が赤で汚れて行く。]
[凶器こそ無いけれど、イヴァンの遺体には勿論食い千切られた痕も爪で引き裂かれた痕も無い。辺りに飛び散るのは血だけで、肉片も転がってはいない。
マクシームの時とは明らかに違うのが分かるだろう。
ただひたすら同じ物で突いた、単調な傷しかない、人為的な遺体。
良く知る筈の家を迷路のように彷徨った挙句に、僕は一つの部屋の扉を開いた。
かつては家族の憩いの場だった、今は薬を作り、保管する為に使っている部屋。]
― ミハイルの家 ―
[ユーリーとミハイルの会話を震えながら聞いている。
この目で見たことを思い出して、ぎゅっと自分の腕をつかんだ。
イヴァンの話で、目撃したことを問われたら震える声て話すけれど、そうでなければただ震えるだけだった**]
―自宅―
[古い棚には薬草の瓶。
引き出しの中には調合済みの薬。
埃のない床も綺麗に片付いた作業台の上も赤色に汚しながら、僕は棚の奥に手を伸ばす。手前の瓶が倒れたが、気にはしなかった。
隠していた鍵を掴み取って、もう一つの引き出しの前に立った。
この中に何が入っているかは、妹にすら話した事はない。
両親が死んで、この引き出しを封印した後、開けたのはただ一度きり。親友とも言える男を亡くした後だ。
差し込んだ鍵を回した。かちりと音がする。]
[両親が死んだ後、人を救う薬を作り始めた――と言えば立派に聞こえるが、それは結果的にそうなっただけに過ぎない。
僕はもっと矮小でつまらない人間だ。]
……あった。
[息を吐いた。
引き出しの中にはラベルの無い瓶が一つ、転がっている。
あの時買った本で必死に調べていた製造法は、傷薬でも病気の薬でもなくて、
僕を殺す為の薬だった。]
― 昨夜:広場で ―
――…わかったわ。
[ロランの提案に、ミハイルが乗る。
しばらく沈黙をはさんで、ため息交じりにそんな風に答えた]
そこで譲歩しましょう。でも倒れたりするようなことがあったら、明日もっとけなしてあげるから、覚悟しておくことね。
ロランくんが泊まるのは良い案だと思うの。
[にっこり笑顔でそのへんは援護射撃も出した。
そんな風に自宅に送ってもらって、おやすみと別れてすぐ、鍵をかけた]
ほんと心配性ね。しっかり鍵かけるから大丈夫よ。
[言葉の通り、かちゃりと鍵をかける音は相手に届いただろう。
そうして、家の片付けをして]
─自宅─
イヴァン、が…。
[ぎり、と歯を食い縛る。
昨晩マクシームが死に、今夜はイヴァンが…。
キリルとレイス、どちらがというのは分からないらしいが。
続いて紡がれた言葉に、驚いた。]
うら、ないし…? お前が?
それで、…キリルが人狼?
[次いで、イヴァンは人間だったと聞けば、「なぜ黙っていた」と言いそうになって、言葉を呑み込む。
ロランが「一番ころしたいはず」と言ったことを思い出したから。
あの時に納得したはずだ、発揮する前に殺されては意味がないと。]
― 自宅 ―
[呼び鈴の音、名を呼ぶ声。
微睡み始めた意識が、揺すぶられ、目を開く]
キリル…?
[昼は幸せそうに、褒められたと語った少女。
ずっと心配をしていたから、扉へと向かうのに躊躇いもなかった。
いつでもいらっしゃいと言ったのは本心からだったから]
どうしたの、こんな夜更けに…?
[玄関先、鍵へと手を伸ばす。
ドアの向こう、のぞき窓から見えた彼女は、薄暗く、それでも普段と違うことはわかった。
一瞬止まった手は、それと気づかれぬよう、鍵を回して――]
[危険だと思ったのに、扉を開けたのは、彼女の為でもなかった。
だから、そっと、呟いた。
喉はもう、ないから、言葉にもならなかったけれど。
彼女がそれを見ているかも、認識できるわけもなかったけれど。]
ごめんね――…
[つくったつもりの笑みは、痛みに消えてしまったのかもしれない。
それ以上、思い出せることも、ない]
[死を選ぼうとしたのは二度。
引き出しを開いたのは一度。
けれど瓶の封が解かれた事は一度も無い。
いつも妹の事を思い出して、寸での所で止まった。
しかし今度は違う。
彼女の最愛の人を手に掛けた僕は憎まれて、きっともう必要とされないに違いない。
そう思ったから、微かに震える手を瓶の蓋にかけた。]
……。
[けれど今度も、毒薬の封が開かれる事は無かった。]
[頭を過ったのは、やっぱり妹の事だった。
旅人が死んで、でも集落は未だ平穏だった頃の、少し不謹慎な会話。
首に伸ばされる手と、向けられた言葉は――]
……そうだ。
[掠れた声で呟く。
手から滑り落ちた瓶は床に落ち、重い音を立てた。]
[きっと、幼馴染の言葉を聞けば立ち止まっていた。
けれど声は遠くもう聞えなかったから、
ボクは一人きりで夜の道に立ち止まる。
紅い月はもう沈み始めている。
思案して、ロランの言葉に甘えることにした]
─ 夜 ─
[恋人の血とイライダの血と。
ふたつの赤に染まって、暗闇の中を歩く。
家に帰る気にはなれずに、迷う。
…あそこには未だ、イヴァンがいるはずだったから。
森へと向けかけた足を止めたのは、幼馴染の家の傍らだった]
おおーい。誰も…いない…?
[そうっと覗き込んでみる。
鍵のかかっていない扉は、ごく軽く開いた。
人の気配のない家屋に、こそりと足を踏み入れた。
歩む。既に血は乾いていたから、侵入が床を汚しはしない。
けれど血の匂いは、きっと微かに残り続ける]
[暫く後。僕は家を後にした。
家中を赤に染めたまま、僅かに罅の入った瓶は床に転がしたまま。
漸く乾き始めたイヴァンの血を纏ったまま、宛もなくふらふらと歩く様は異様だったに違いない。
何処かで狼が哭いた気がする。けれど気にも止めなかった。
今僕が探すのは、ただ一人の姿。**]
…ロラン、少し借りるね。
[今いないということは、彼もどこかに泊まったのだろう。
ならば今暫く、ここに人が来ることはないだろう。
だから今ここにいない幼馴染に、断りを入れて家を借りた。
そうして手早く水を浴び、身に纏う血を洗い流す。
幾ら浴びても、ずっと、血の匂いが取れない気がした]
[身に纏う服も、少しだけ洗った。
けれども洗いきれるわけがないから、息を落として諦める。
夕刻に洗った衣服>>2:368にも、マクシームの血がついていた。
服は未だに、家に干してあるだろう。
本当は兄の目に付かぬうちに、仕舞ってしまうつもりだった。
あの血がきちんと落ちていればいい。
カチューシャの目に触れなければいいとまで思ってから、
唇の端が微かに、わらうように歪んだ]
………。
[寝台は使わない。
目を閉じれば、嫌なものを見てしまいそうだった。
部屋の片隅に蹲る。紅い月が沈みつつある。
懐にある、鋏と香袋を胸の上からじっと押さえ続ける。
夜明け前、人目に触れぬうちに思い立って移動した。
やっぱり、自分の家には帰らなかった]
/*
おおおあ、兄貴と入れ違ったか!
もしや兄貴殺してくれるんだろうか、そうなんだろうか。
2連続キリングとかすみませんすぎるなww
─ 早朝 ─
[向かった先は、恋人の家。
翌朝訪ねるといった約束が、頭の隅にあったのかも知れない。
今となってはひどく虚しい約束だ。
途中、畑を通った。”あの人”を咄嗟に隠した畑。
……まさか掘り返されると、あの時は思いもしはしなかった。
白みゆく空、どこか色彩を失った青色の空気の中に、
鮮やかな黄色の花が揺れている。
その花を摘む人は、もう、ここにはいない]
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