―湖へと向かう道で―
[さくり、さくりと道を踏みしめながら一人の男が歩く。
手には大きめの鞄とバイオリンケースが一つ。
村を見渡せるところまで来ると立ち止まって息を吐いた]
……変わっていませんね、この村は。
[そう呟いて男は感慨深げな表情を浮かべた。
親の反対を押し切り家出同然にこの村を出て十年余り、その間一度も帰って来る事はなかった故郷。
今日ここに来たのだって、次の演奏会の場所の途中にあった、それだけのこと。
途中でどこかに一度宿を取らなければならないのなら、長年不義理をしていた知人に挨拶でもと思った、それだけのこと。]
いつまでもこういているわけにも行きません。
手が霜焼けにでもなったら仕事にならないですし。
[しっかりと厚手の皮手袋に包んだ手で荷物を持ち直して歩き出す。
目的は実家ではなく、湖の小島にある一つの館]
―→湖上の館へ―