─ 音楽室 ─
[譜面台には、落ち着いた雰囲気のスコアブックが乗せられているが、それが開かれる事はここ数年はほとんどなかった。
各地を巡る旅の音楽家だった母の遺した楽譜は、ほぼ完璧に頭と、それから、指先が覚えこんでいる。
元々、母親譲りの才はあったのかも知れないが。
視覚障害が無視できなくなってから、一つも余す事無く覚えこもうと躍起になっていた時期を経て、今に至る。
やがて、旋律は最後の音を紡ぎ、一時途絶える。
一曲弾き終えると、は、と一つ息を吐いて一度席を立ち、集まった人たちに一礼した]
……さて、何か、リクエストおありですか?
ぼくに演奏できそうなものなら、遠慮なくどうぞ?
[軽く首を傾げて問いかける。
その表情は、音を紡ぐ事、そのものを楽しんでいる、と傍目にもはっきりわかるものだった]