[今から10年ほど前、今よりは旅人も多かった、夏の日のこと。
宿屋の娘が日が暮れても家に戻らず、騒ぎになった事があった。
本人は翌朝になって帰って来たけれど、何処かで引っかけたような傷をあちこちに作っていたり、服も随分と汚れてしまっていたり。
何をしていたのかと問い質された娘は、『逃げてきた』と呟き、それ以上は何も言わなかった。
宿には丁度男の宿泊客が1人いて、彼女が居なくなる直前に2人で話しているのが目撃されていた。
失踪事件のあった翌日、彼の使っていた部屋はいつの間にか空になっていた。
人懐こかった娘の態度に変化が現れ始めたのは、それから数日後のこと。
最初は知らない男性を避けるようになり、次第に知り合いに対しても距離を置き始めた。
傷を広げてはいけないと、事の仔細は一部の人間以外には伝わらず、未だ単なる迷子事件だと認識している人も多い。
その冬訪れた少年に問われた人>>149が、どちらだったのかは分からないが]