─ 遠い日の一幕 ─
[教会のピアノは、興味を惹かれながらも中々触れる事が出来ずにいたもので。
周囲とようやく打ち解け始めた頃から、少しずつ弾き始めるようになっていた。
最初は、楽譜がすぐ傍にあるもの──聖歌や神父の教えてくれる地元の歌などが主体で。
記憶の中にある歌──両親が奏でていた音色をそこに再現する事は、いつも躊躇われていた、のだけれど。
その日はたまたま、神父も姉も出かけていて。
一人きり、という事が、演奏を思い切らせていた]
……え、と。
[ピアノの前に背筋を伸ばして座り、深呼吸して記憶を辿る。
その曲をピアノではきと聴いた記憶は少ない。
旅の空、鍵盤に接する機会は決して多くなかったから。
それでも──それだけに。
白と黒から生み出されるそれは、心に深く刻まれてもいた]