[例の惨劇が収まり、少しずつ日常が戻って来た頃。榛名はいつも小説を書いている木の根元に座り、何をするでもなくぼぅっとしていた。
あの惨劇で失ったものは数多く。友や知人はもちろん、母親までもが犠牲となった。榛名は肉親を全て失ってしまったのである。惨劇によるショックも大きく、小説を書くことはおろか、日常生活も必要最低限のことしかしなくなっていた]
……………。
[惨劇の最中で張っていた気も、今はふつりと切れていて。その反動からか無気力状態へと陥っている。木に凭れたまま、疲れたようにすっと瞳を閉じた]
「……にぃ」
[意識がまどろみ始めた頃、足へ擦り寄る柔らかな感触と、呼ぶように鳴く声が聞こえた。ふる、と瞼を震わせ瞳を開ける]
……コダ、マ?
[視線の先に居た柔らかなものの正体は、旅籠で飼われていた猫。あの旅籠も惨劇の被害に遭い、コダマの主達はこの世の者では無くなってしまっていた。おそらくは腹を空かせ村を彷徨っていたのだろう。毛並みのところどころに泥がこびり付いていた]