―数年後・とある城の一室―[仕えていた主は、確かにあの日以来、別荘に戻っては来なかった。姿を見ることもなかった。屋敷へと報告をし、後に別荘を引き払うことになったとき。そのときに見つけた羊皮紙の束を、女は今も大切に抱えている。そこに紡がれていたのは、未完のままの人と狼のものがたり]フォン・ティーク卿……。いいえ、ヘルムート・フォン・ティーク様。[今日が、遺稿となったそれの発表日だった。だからこそ女は、使用人として主の名前を呼ぶのではなく。愛読者として、作家の名前を呼んだ]