―出立の前夜―
[夫を埋葬したそれからは、今までと同じように過ごした。
ただ朝一番、夜と朝日が混ざる狭間の時間に、
夫と同胞の墓を訪ね石を磨き花を添えるという行動が付け加えられていた。
身重な体でそれは結構な労働だったが、一日と欠かす事はなかった。
明日麓への道が繋がる―――――と村中に伝えられたのは、
もう夏も終わりに近づきかけた頃だった。
その知らせに村は大いに湧き、開いた店のあちこちで
酒が酌み交わされ笑い声が村の中を抜けた。
おそらく明日は、旅人や商人が足早にやってきて、
朝から村は賑やかに忙しくなるだろうか。
そんな最中、工房『Horai』の只一人となった主は小さな鞄に荷を纏めていた。
必要最低限の荷の中には、着替えや金品の他に、1セットに満たない細工道具、
夫の瑠璃細工が少し、ジャムの空瓶が一つ。
一回り大きな金に瑠璃のついた指輪だけは手放さないようにと、
紐で括って胸の中に入れた。]