[その場所を訪れたのは、久しぶりだった。
今は、それまでと変わらぬ、枝だけの桜。
あの日に見たもの──紅に染まる白の記憶は、中々抜けなくて。
ここに近づくのは、可能な限り、避けていたのだけれど]
…………。
[紫煙を燻らせつつ、近づいて、幹に手を触れる。
触れる感触も、知っているそれと同じで。
今、この空間を見ている分には、何も異変などなかったようにすら思えた]
でも……変わってるんだよ、な。
[ふと、もらした呟きに]
「然様その通り。それも、よからぬ方に、な」
[唐突に答えたのは、男の声。
聞こえてきたのは、上。はっとそちらを見上げると、枝に腰掛けた緋色の影が目に入った。
逆光で捉え難いが、自分とさして年の変わらぬ男がそこにいるらしい]