─先の時─
『…………』
[多くの命散った夏から、一つ、二つ、時が巡った夏。
吊り橋の前に立ったのは、隻眼の旅人。
紫煙を燻らせつつ橋を渡った彼が向かったのは、村の宿屋]
『……邪魔する。
アーベル・ハービヒトの家ってのは、ここかい?』
[唐突な問いは、聞く者に何を思わせたか。
敏い者であれば、彼の周囲に漂う紫煙の匂いが、今、名を呼ばれた者の好んでいたものと同じと気づけるだろうが]
『ああ、俺か? ま……あいつの師匠みてぇなもの、とでもしとくかね。
……風の噂に、死んだ、ってのを聞いたんでな。墓ぐらいは参ってやろうと思って来たんだよ』
[何者かと問われたなら、男はにやり、と笑ってこう返し。
墓の場所を確かめると、ふらり、そちらへ足を向けた]