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「メイ……さん?」
[困惑した声が名を呼ぶ。
それも已む無き事だろうか。
この少女の知り得る『知識』では、霊視の力を持つ者は人の味方。
狼に与する事など、あり得ないのだろうから]
……キミは、正しいんだろうね、人として。
でも、ボクにとっては、今のキミは正しくないの。
[何故、と。
震える声が問うたろうか。
正しき力を持つあなたが、と]
……ああ、言ってなかったかな、キミには。
ボクは、人でもなければ獣でもない、狭間のものだから。
人の法にも、獣の掟にも。
従わないし、従えない。
……だから、ね。
[微笑む。幼子のように、無邪気に]
ボクにとっては……ボクのたいせつなものをこわしたもの。
こわそうとするものは。
……ボクがこわさなきゃならないもの、なの。
[例え、それが何者であっても、と。
淡々と告げて。
銀色を振るう。
小さな刃が、少女の胸に吸い込まれて。
伝わる衝撃。
それが。
忌避し続けてきたものを、自らもたらした事を、巫女に認識させる]
[金の髪の少女は、驚きながらも、どこか。
哀れむような瞳を巫女へ向けたろうか。
その唇が、赤毛の少女の名を紡ぐ。
彼女に、自分のペンダントを、と。
かすれた声が、告げた]
……そう。わかった、伝える。
[それに対する呟きは、ごく、簡素なもので。
薄紫の瞳は、静かなまま。
*消え行く生命を見つめていた*]
人は、何度も過ちを繰り返してきた。
これからも、過ちを何度も犯してゆくのだろう。
だが、それを嘲笑う事等赦しはしない。
人だからこそ、疑い罵り殺し合う。
けれど、人だからこそ互いに歩み寄る事もわかりあう事もある。
その過程を、そこから生まれる想いを。
嘲笑う事は赦さない。
嗚呼、今宵も…
[…それは、人の中で生きるための、偽りの心であるはずなのに。
あの調べを紡ぐ指が血に染まる。
この胸の痛みが分からない。]
…鉄の牙にて、人が……
[メイの呟きを聞き、首を横に振る。]
ああ、やはり。
力持つ者はそれに囚われる。
主よ、哀れみたまえ。
未ださ迷い続ける、生者の魂を。
[手を組んで祈り、十字を切る。]
[――始まりの場所――
ある者は覚悟を込めて、またある者は引き止められるままに、またある者は自ら望んで訪れたのではないけれど。
彼等をもてなす晩餐会の代わりに、血の惨劇が始まると皆に知らしめた場所。
あの時のように、今もまた、彼らはそこに集まって。
生きている者、死んでいる者。
人、獣、どちらでもない者。
全ての者が――最後の幕が下りるのを見届けようと。]
[かつて彼を「一人で歩くのはあぶない。」と心配してくれた青年の笑みは、ぎこちなくも温かみが感じられたのに。今、青年が浮かべているのは、一掻きで掻き落とせるのではと思う程に薄い笑み。]
………ぁぁ…。
[黄金に煌く琥珀の眸は、肉食の獣のようで。身を震わせて、嘆く。]
[そして――場は動く。その時を待ちわびていたかのように。]
……なっ…ウェンディっ!? ハーヴェイさん……っ!
[銃を向ける少女。散る鮮血。床に落ちる、小さなナイフ。
そして彼の良く見知っていた青年が浮かべたのは――獣の嗤い。]
そんな……そんなっ!
ハーヴェイさん…が…? ねぇ、どうして……っ!?
[やや皮肉な笑みを浮かべて鋭い言葉を放つ青年は、彼にとってやや苦手であると共に、いつか越えたいと願う目標でもあって。
そして、そのぶっきらぼうとも見える態度や言葉の奥には、確かに親しい者への気遣いが含まれていた、と思う。
だから、目の前の”現実”を信じたくはなくて。
大好きなお姉さんの死を知った時のように、目も耳も心も閉じてしまいたかった。
けれど――見届けると、心に決めていたから。
ぼろぼろと涙を零しながらも、目を逸らす事無く、それを見続ける。]
[背後で青年と少女の会話が流れ]
「でも、私は…神父様の敵を討つためなら…人だって殺せる程に…なってしまったんです」
「前者です、と云いたいですが。……喰らったのだと、貴女は云うのでしょう。
[其れを耳に入れ乍ら][揺らめく焔に魅入られた態で]
[す、と][何気無く][暖炉にくべられた薪に手を伸ばす]
[其の行動は]
[対立する二者と其れに注視する者達][広間を覆う緊迫の空気故に]
[誰にも見咎められる事無く]
「敵を討ちたいのなら、此の時間に行うべきではなかった。
如何して、神父殿と同じ過ちを犯すのか。」
[其の言葉に一拍遅れて銃声。]
[少女の軽い身体が反動で後ろへと]
[青年の右腕から][鮮やかな赤が]
[同時に]
[侍女服の女性が掌中の“物”を]
[投付け様としたのか][手袋の白が閃いた其の瞬間]
[その彼の視界に入ってきたのは、これまたよく見知った村の少年(?)――いや、纏う服からして、少女なのだろうか?]
…ぁ、メイさん………っ!
[けれど彼が叫んだのは少女の服装のせいではなく、床に落ちていた彼の名が刻まれたナイフを少女が手にした為で。]
ダメだよ…! メイさんやめてっ!
[元気で良く彼の事をからかっていた、少年とも少女ともつかぬ事が気にならぬ程、親しかった人。
けれど、人の死に怯えて震えていた姿を見てしまっていたから。
いけない、と叫ぶ。
よく見知った少女が、よく見知った青年を傷つける姿なんて見たくない、と。]
[風切る音を立てて][飛来した物体]
[火の点いた薪が]
[其の手を打ち]
[掌から黒い塊が弾かれ落ちる]
[ハッと][驚きに打たれ]
[其れでも脚に手を走らせ][短刀を抜き放ち]
メイ…さ………
[声が、かすれる。涙がまた溢れて、頬を伝う。]
[それは、健気に神父様の敵を討とうとした、金髪の少女の死が哀しかったのか。
己と年端の変わらぬ少女の死が、己の死と重なったせいなのか。
それとも――仲が良かった少女と青年が傷つけ合わなかった事への安堵なのか。
わからぬままに、魂を削りゆく。]
[人為らぬ速度で襲い掛かって来た影に]
[尚も抵抗し、][脚で蹴り付け]
[爪で掻き毟り或いは抉ろうと][手を]
[…然し、][其処迄、だった。]
[──圧し掛かった女の脚を両膝で押さえ付け]
[左手で][女の手首を][骨も砕けそうな力で握り締めて]
[黄金に煌く眸][細い月の形に歪んだ唇に]
[微かな嗤いを浮かべた]
[ 普段の彼ならば気付けただろう。旋律が何時の間にか途切れていた事も、彼女の気配が近付いて来ていた事も。然し人の意識は眼前に、獣の意識は男へと向けていた彼が“其れ”を知った時には全てが遅い。
闇色の双眸が月を宿し掛け、夜の獣が覚醒めようとした瞬間、銀の煌めきは碧の少女の手中に収められ、一驚を喫した彼の瞳から月光が消え理性の光が過る。]
な、……メイ!?
[ 少女の名を呼ぶも、寂寂とした薄紫の双瞳の巫女は留まらずに彼を傷付けた者を狙う。妙に淡々とした、其れでいて何処か稚い子供の如き声が彼の耳を突いた。]
馬鹿、何をして……!!
[ ――何をして? 其れは己に向けられるべき科白だ。“賭けに勝った”以上、其れはもう己が身を獣へと変え、全てを喰らうと決めたのだから。詰まりは碧の少女をも殺すと云う事。彼女が如何しようが、彼には何一つとして関係無い。
其の迷いが彼を其処から動けなくさせていた。其れは幾度目かの事。嗚呼、然うだ、彼女が絡むと何時も斯うだったと今更ながらに思う。]
[涙で霞む視界が、ゆらり、揺れて。
目に入るは、お下げの少女を押さえ込む、茶色の髪の青年の姿。]
…ネリー…さ…ん……
おにぃ…さ……
[控えめながらも優しく庇ってくれた、お下げの少女。
変わってしまった――変えてしまった…?――茶色の髪の青年。]
[あぁ、いっそ全て涙になって流れてしまえと、*嘆く。*]
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