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[だからブリジットは立ち上がると、エルザの手をとった]
[早く早くとせかすように]
[今にも部屋から外に飛び出してしまいそうだった]
[その手は、腰のホルスターへと伸びる。
銀の弾の込められた、現役時代から愛用していた銃。]
もう後戻りできねぇんだろ?
繋ぎ止めるものすら、自らの手で壊しちまって。
[ゆっくりと、それを抜き、銃口を向ける。]
[――また、死んだ]
[知覚した瞬間、血の気が一気に引く]
[それを無理矢理押し止めたのは]
…痛……っ…
[責めるように走る痛み]
[けれどそれは、不意に、すぅと引いて]
[堪えるように閉じていた目蓋の奥には、青紫の瞳]
殺してください、私を
――ふたりをころすまえに、しんでしまえばよかったのに
[微笑んで]
[それから][エーリッヒの体を見る]
[うごかないからだ]
月が、でるまえに……
…そう、か。
[口元だけは、その言葉に笑んだかもしれず。]
獣だってことさ。
お前さんも獣ならば、俺も獣。
お前さんは、羊を喰らうべく生まれた狼。
…俺は…、狼を嗅ぎ付け、追い、そして殺す猟犬。
[銃口は、その微笑に向けられて。]
そのためだけに、生まれたのだから。
[嬉しそうに急かすようなブリジットの手を取って]
そうね、でもちょっと待ってね?
…ブリジットは…荷物、ないのよね?
[そう言って、自分の荷物を簡単にまとめる]
[元から大した量の荷物ではなかったけれど]
[急げば、見つからないかも知れない]
これでいいわ…行きましょうか?
[荷物を持って、そっと微笑んで]
そう、私は狼
[ハインリヒに微笑む]
[その銃口が][何よりも望んでいたものだと]
[自分の涙には気づかずに微笑む]
殺してください
あなたが望むように
私を、この世から、けしてください
[ただひとり、守れなかった少女を、思うけれど]
[ふらりと立ち上がって]
[ぱちぱち、と火のはぜる暖炉に両の手を伸ばす]
[熱さは感じない][寒さも感じない]
[何も感じない]
[なのに][ひどく][つめたい]
[微笑んだままに][その銃を受ける]
[身じろぐこともなく]
[打ち込まれた瞬間に][体は衝撃に震えたろうか]
[手にもったままだった心臓を握り]
[そこから血が零れて]
荷物ない…大丈夫。
[準備が出来たエルザの手をとると、旅行に行く子供がはしゃぐように先に立ってぐいぐいと引っ張る]
[階段を降り、居間を通りぬけ、外へと……]
[その瞬間に安堵したのか]
[ひとつ、ふたつ、名前をささやく]
[そして]
[微笑んで眠るエーリッヒに手を伸ばして]
[伸ばそうとして]
闇に響く衝撃。
それは、一筋の銀の軌跡を残し、消えゆく。
気配は、その場へと引き寄せられる。
不定形だった靄は姿を少しずつ変え、何かの形を取ろうとしているかに見えた。
[黒いリボンの、真白の仔猫。
それは静かに、そこにいて。
常日頃から、同居人の願いを聞いていた仔猫には。
これが彼の願いと。
わかっていたからだろうか。
何もせず、じっとしていた。
人の気配が増え、銀色が闇を裂いて。
真白の仔猫は。
ただ寂しげに。
か細く、鳴いた]
[倒れ、力尽きる…その一匹の獣をただ見下ろす。]
…あんたとは、お互いヒト同士で出会いたかった。
[かける言葉は、ただそれだけで。]
待って、ブリジット…
あんまり急いだら危ないわよー?
[手を引かれて、そのままブリジットの後を追って]
[まるで何かを急いでるようだと思ったけれど]
[手を引かれるまま、外へと歩き出して…]
夜が来る、闇が来る、世界の終わりが来る。
それは全ての物にとっての終わりではないかもしれないが、どちらであろうと終わりには変わりない。
認識できない世界は無に等しい。
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