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─ 自宅 ─
[……ふと気づいたら、しぼり袋を手にしていた。
そのままの流れで、鉄板にしぼり出しながら]
(わたくしは何をしているのかしら?)
[と、自問する。
いや、分かっている。クッキー作りだ。
泣いて泣いて、泣き疲れた時に、目の前にキノコ粉の袋があったのだ]
[よいしょ、と声を出しながら拾って立ち上がり、
いつもどおりに台所に立ったら、慣れた動作が出た。
大椀を取り出しキノコ粉を開けたら、もう手が止まらなかった。
途切れることを恐れるように、卵を割り、甘草粉を混ぜ、杓子でこねあわせていた]
[綺麗と思ったことが無かった>>+52と聞いて、緩く瞳を瞬かせた]
そうなの?
アタシそれ見て新しいカップの形考えたんだよ。
それにこれも、平皿に描いてみたんだ。
色合いが上手く行ってね、良い出来になったと思ってんの。
[この花が持つ意味に関係なく、良いと思ったもはデザインに取り入れる。
意図せず遺した物を思い出しながら、ユーリに笑いかけた]
ふふ、ありがと。
………思い出したな、その顔。
[数秒固まるのにはそう言って意地悪げに笑う。
移動は問題なく進み、普通に歩くよりも早い速度で移動出来た。
本当に便利だと思うのは刹那。
建物が見えてくれば、そこがどこなのかを確認するように注視する]
[「日常」を惜しむように。
あれほど望んでいた「刻」を、自ら否定するように]
……。
[手袋をはめて、鉄板を竈に押し込む。
何カ月も、何十回もやってきた動作だ。どれくらいの時間で火が通り、香ばしい匂いがして、おいしそうな焼き目がつくかも感覚が覚えている]
[繰り返される言葉に、困ったような顔をする。
まっすぐなミケルの視線に、道具屋の眸が揺れた。]
まだ周期の中にいて、終わらないなら……
僕は自分よりもキミが生きる事を望む、かな。
[刈られる事を望んでいるわけではなく
ただ、誰かが選ばれるのならその方が良いと思う。
そんな心のうちを吐露するのは弱っている証拠かもしれない。
重ねた手の先、ゆるむ気配が伝えば安堵したように表情も緩んだ。]
大丈夫ならいい。
――…でも、ミケルが痛いのもヤだけどなぁ。
[少しだけ軽い口調でそういって、触れていた手は離れてゆく。]
[高い絶壁の上の方に生える草で、勝手に落ちるとは思えない。おそらく誰かが必要として抜いた物だろうが、その者が見つからない。
だから、香草なのか薬草なのか毒草なのか分からないと言う]
まあ、わたくし、薬師はもう引退しましたのよ。
[正体が分からなければそれでいい、処分してくれと、大人は草を残して去って行った]
……おかしいですわね。
もう全てが終わりですのに、こうして「明日」を思うヒトがいる。
誰かがいなくなっても、
わたくしがいなくなっても、
この都市は続いていく……。
[竈の火を落とした。
クッキーの甘い香りは、家いっぱいに充満し、通りまで漂いはじめている。
きっとその内、お腹をすかせた子供が、「コレットおばあちゃん」におねだりに来るだろう]
[揺り椅子に座り、エプロンの膝に草を並べた。
葉脈の数は読めなかった。そこは諦める。
指先で潰して揉み、香りを嗅ぐ。
舌先に軽く乗せて、味を確認し、すぐに吐き出す。
ひとつひとつ、可能性を消していけば、どこかの本でちらりと見た、珍しい香草の名が浮かんだ]
― テレーズ宅前 ―
……良かったです。
[左の首筋に手を当て、口元を綻ばす。
望まぬ存在と思っていたそれが、何かを遺す糧になったのなら、と。
しかしそんな表情も、図星を指され消え失せる。
早足になって歩いていると、揶揄うような声が追いかけてきて。>>+59
錯覚なのだろうが、頬が熱を持った気がした]
[足を止めたのは、それからしばらくしてからのこと]
ここ……テレーズさんの家ですね。
[周囲を見たが、ミレイユの姿はないようだ]
行き違いでしょうか?
[もう一度移動しようかと、軽く首を傾げ考える。
誰かの姿が見えたなら、そのまま足を止めるだろう]
[自分よりなんていわれて、また首を横にふった。
嫌だ、と。
生きていてほしいのだと。]
……気をつける。
[手が離れてゆくのを、名残惜しいような、そんな感情で見送って。
それから、手を開いた。
少し血の気が巡ったばかりで、ほんのりとピンクの色をしている。]
痛いのは、……言葉の方が、痛いよ。
[自分が言ってしまった言葉を思い出して、小さく言った。]
[これは薬草にはならない。
でも、丁寧に乾燥させ発酵させれば、茶にはなるかもしれない]
ユーリちゃんが生きていたら、興味を持ったかもしれないわ、ね。
[その人がもういないことを、ヨリシロは知っていた。
香草茶を作る技術は誰が受け継いだのだろうか。
そちらはしかし、ヨリシロでも知らなかった]
[腰をトントンと叩いてから立ち上がり、机の上に草を並べる。痛まないよう、紙で包んだ]
[問いに返された肯定の意>>+61
足を止めずに仰げば、天を覆う岩肌も目まぐるしく流れて往く]
…そ、か。
思ってた以上に刈られてんのなぁ。
テレーズにクレイグ、サリィ、ミレイユ。
それにメリルで…俺も入れりゃあ6人か。
[もう一人を今は知らない男が、ふ、と零す苦笑い]
…そんなに価値のあるもんなのかね、天上青ってのは。
[呟くのとそれほど間を置かず、景色は加速を止めた]
……酔った、かも、しんね。
[歩みと全く異なる速度で巡るのに耐え切れず、
ぐったりとその場にしゃがみ込む。
其処に目的の人物がいるかどうかを確認する余地はなかった]
もう、充分なのに。
[頭に手を乗せられて。
表情は前髪の陰になる]
たくさんいなくなって、たくさんの人が悲しんで。
そうまでして、『花』なんか、見なくてもいいのに。
[苦しげに、言葉を吐き出した]
[そうして、ごく簡単な「準備」をした。
大した物は必要ない。それに持ち物ももう多くはない。
だからそれは、エプロンのポケットいっぱいだけで済んだ]
……さよなら。
[長く使ってきた揺り椅子に、
使い込まれた竈に、
よく手入れされた小さな家に、
……告げる]
[そうして、家を出る]
[後に残るのは、
竈の中でゆっくりと冷えつつあるたくさんのクッキーと、
机の上の香草だけ]
[……もう二度と、
ここへ帰ることはない]
[首を振るミケルの仕草から思いが伝わるようだった。
困ったような顔のまま、僅かな笑みつくり]
わかった、から。
[今できる一番の返事をして、小さく頷いた。
そろと腰をあげ掛けると見送る眼差しを感じる。
離れた手は、柔らかなミケルの髪を軽く一撫でして]
いいこだな。
[子供を褒める時のフレーズを口にした。]
言葉は――…、難しいからなぁ。
一度発したものは取り消せない。
だから、……痛いのを気にしてるなら、さ。
痛いのを和らげる方法を探せばいいんじゃないかな。
ああ、結構刈られた……な。
[短い時間に、いくつもの命が消えた。
それが『周期』とわかってはいるが]
……さあ、な。
俺には、わからん。
[天上青の記録。
そこに寄せられていた思いは様々で、過去の記録からそれを判ずるのは難しい。
そんな事を考えながら、一つ、息を吐いて]
……って、大丈夫かー?
[移動が終わった所で、酔った、としゃがみこむノクロの背をぽふぽふ、と擦ってやりつつ、周囲を見回し]
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