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[躊躇った。
ベアトリーチェが人狼であるなら、恐らくゼルギウスは人間。
ならば、捨て置けばいいと、『象徴』たる花は言うだろう]
[転じた視線は、死した護り手を見た。
そして、雫を零す幼馴染を]
[扉へと、足を踏み出した。
ゼルギウスの後を追うような形で]
…ゲルダ。
[涙を流すその様子に、ナターリエの末路を知る。
唇を噛んで。息を吸い、吐く]
そう、花を持つものは……。
[マテウスの呟きに応えようとして。
不意に言葉が途切れた。
花はいまも鮮やかに。蒼花の持ち主は何と言った?]
[青き花は陶然とした快楽を子供の中に呼び起こす。けれど、広がる炎は、まだ全てが終わっていないことを告げていた]
人狼は、他にも居る。
[ゆっくりと子供の瞳が人々を見渡す]
ウェンデルとエーリッヒは、違う。
ゼルギウスも、多分。
残っているのは……
[ナターリエの傍らにあるマテウスとゲルダを通り過ぎ、ベッドに横たわる老婆の上で、子供の視線が止まった]
見極めるもの…、見定めるもの…、守護せしもの…、象徴たるもの…、
牙をもつもの、牙を護るもの。
[いつしか聞いた単語をつぶやいてから]
そういえば、ライヒアルトはどうした?
[その言葉をつぶやいていた人物のことを尋ねた。
今日まだ、その姿を見ていない人物の名]
にい、さ…
[はたはた。はたはた。
抱きしめられても、落ちる雫は止まらない。
むしろ一層、増すばかりで]
ごめんな、さい。
[小さな小さな謝罪の言の葉。
ゆっくりと、身体を離そうと身じろぐ]
[エーリッヒからの問いにも返答は無かった]
[その足取りはしっかりしていて、運ぶことに何ら問題ないことは見て取れるだろう]
[少女を抱えたまま向かうのは、少女が使っていた個室]
─ヨハナの部屋→ベアトリーチェの部屋─
[命の鼓動無き少女の骸を抱え廊下を歩く]
[ゼルギウスが通った場所に紅が点々と続いて行った]
[廊下を歩き続け、自室の隣の部屋の扉を開く]
[そこは抱える少女が使用していた部屋]
[扉を開け放したまま中へ入り、寝台に少女を寝かせる]
……お休み、ベアタ──。
[ただ見れば眠っているように見える少女]
[その姿にそう声をかけた]
[自分の弟を重ね合わせていた少女]
[自分の弟を重ね合わせていた青年]
[そのどちらにも、彼は拒絶され、否定された]
[無条件で信頼し、護ろうとしていた子達に裏切られた]
[蝕まれた精神はそれを負の感情へと変え]
[彼を完全に狂気へと走らせた]
[少女の骸だけが在るこの部屋で]
[彼は立ち尽くしたまま少女を見つめる]
[黒に彩られた彼の真紅から]
[白の残滓が一筋零れ落ちた]
[護るべき者を選ぶ二択で]
[彼が青年では無く少女を選んだのは何故だったのか]
[少なからず好意を持っていたであろうことは]
[今では本人すら知り得ぬ事実と成り果てた]
[ヨハナに近づこうとした子供の足が止まったのは、ウェンデルが部屋を出たのに気付いたからだった]
[狂気に捕われた薬師を追っていくのだと知って、子供は、その後を追おうと踵を返す]
[それを突きつけるようなエーファの言葉。
名前を挙げられなかった三人。即座に否定の言葉が浮かぶ]
…ライ、は。
……ころされた、よ。
[マテウスに応えて声を絞り出す。
残る誰がそうであっても、それは恐ろしい予想]
………人狼に。
ナターリエ、守れなかった。
あたしも、何も出来なかった。
[謝罪の理由を、ぽつりと告げる]
あたしにはナターリエを止められたかも、知れないのに。
[ナターリエに被せたエプロンを引いて。
そのポケットから、昨日渡された小箱を取り出す]
…。
そう…か……。
聞いて悪かった…。
[エーリッヒの言葉に沈痛な面持ちで応えた、
エーファの言葉は耳に入り]
他にも…?
[そういえばベアトリーチェはどうなったのだろうか?
ゼルギウスが抱えてつれていく姿は見えて]
ベアトリーチェは人狼だったのか?
彼女、ゼルギウスが連れて行ったみたいだったが…?
[問いかけながら視線はエーリッヒに向いたまま]
[渦巻く疑惑。信じたくない。否定。
老婆は未だ眠りの内に。
ゲルダとは共にライヒアルトの死に出会った。
感情を表に出さないことの多い彼女。相当な演技でないかぎり、あんな反応にはならないだろう]
あ、ぁ。
花の持ち主が言うんだ。
見極める者ほどの確証はないけれど、多分…。
[向き合う視線。翠は半ば恐怖の色に染まって]
[白の残滓が乾き消える頃]
[ようやくゼルギウスの身体が動いた]
[視線を落とした先には紅で汚れた服の端]
[着替えなきゃ、と考えて]
[開け放したままの扉の外へと足を踏み出した]
─ベアトリーチェの部屋→二階廊下─
[エーリッヒの応えに]
じゃあ、彼女を殺せば…終わるのか……?
[思わずつぶやいて出た言葉。
まだ、ベアトリーチェが死んだことは察していない様子だった]
………でも………
[子供は、朱花の主を見つめる。ガラス玉の瞳が一瞬揺れて、すぐに伏せられた]
一緒に、いては、だめ?
[彼の意志を問うたのは、初めてのことだった]
いや。
ベアトリーチェは、死んでいた、よ。
[終わるのか。終わって欲しい。
正確な知識があるわけではない。心が逃げようとする。
信じたくない。信じたくない。信じたくない]
終わるかな。
終わってくれた、の、か…。
[だがもし彼が人狼だったら。
もしも彼女が人狼だったら。
決めたはずの覚悟は既に砕けてしまっていた。
今すぐに新たな覚悟を決めることは。出来かねた]
…ゲルダ、どうしたの?
[小さく頭を振る。
そしてゲルダが何かを取り出しているのに気がつくと、そちらに声を掛けた。結論を出すのを厭うよに]
[子供は、首を傾げる。ウェンデルの問いに込められた意味は、子供には理解できないものだった]
わからない………
[だから、そのままを答えた]
…違うよ。
あたしたちは、これを終わらせなきゃ…いけないの。
[手の甲で眦を擦る。
薄らと、肌に滲む紅の色]
これ。昨日ナターリエから、預かったの。
何か有ったら割って、って言ってた。
[今思えば、間違い無く、彼女の死の覚悟の現れだったわけで。
床に思いきり、叩き付ける]
…教会のものだったって、いってた。
[廊下には二つの姿]
[青灰と金]
[その内の金の姿を見て、口端が持ち上がった]
…ウェン君。
[紡がれた声は常のもの]
[けれど浮かんでいた表情は]
[ベアトリーチェに向けたものと同じ]
[狂気を含んだ微笑み]
死んだ…?
そうか………
[エーリッヒの返答にゼルギウスの普通じゃない様子がなんだか納得できた。
エーリッヒの思うところはその呟きから大体察することができたが、
エーファの他にもという言葉が脳裏をよぎる。
ヨハナに自然と目が向くがゲルダのことを呼ぶ声、
そちらに注意が向き思考が途切れる]
ゲルダ…?
ナターリエから?
[ゲルダの頬に薄く伸びる紅。小さく息を吸う。
何かあったら。最初から彼女はそんな覚悟もしていたのか]
教会のもの。
[床に叩きつけられ、壊される箱を見た]
…そう。
貴方も、他の誰かの幻影を求めているのかと思いました。
貴方は、誰ですか。
エーファは、原初の母の名でしょう。
死から逃れるため、異性の名をつける例はありますが。
[ちらと掠めていた思考。
容姿と実際の異なりから、子供の話から抱いていた疑問を、口にした]
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