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─広間─
[呼びかけに、緩慢に顔を上げてそちらを見る]
う……ん。
[こく、と頷いて、それだけ告げるものの。
不安や、諸々の感情に基く無意識だろうか、手が、伸びて。
縋りつきそうになるけれど]
……っ……。
[それを押し止めるように走る、微かな痛みに、その手は左の胸へと置かれる]
[不自然な動きに気づいてか、訝るように名を呼ぶ青年に、なんでもない、と早口に返し]
……部屋……戻る……。
[呟いて、立ち上がる。今は、自分は独りの方が、いいと。
そう、思えたから。
それでも、立ち去り際]
ハーヴェイ……。
ハーヴェイは……しなない……よね?
[思わず、問いがこぼれて。
でも、答えを聞くのは何故か怖くて。
逃げるように二階へと駆け上がり、部屋に飛び込むと、感情の赴くままに、しばし、泣きじゃくって。
そのまま、いつか、眠りに落ちていた]
─二階・自室─
[そして。
翌朝]
……ん……。
[弱々しい朝の光。
それが眠りを破って目覚めを呼び込む。
前夜の一件の疲れが残るためだろうか、目を開く時に警戒心はなくて]
…………あ。
[開いた目。
異能の視界。
そこに映るのは]
神……父……様?
[掠れた、声が、こぼれる]
[視えたもの。
それは四肢を損ないつつ、それでも、聖書を抱えた姿で]
─『聖書』を。貴方に託します─
[聴こえた声は誰に向けられたのか。
彼と共にいる事を好んでいた少女だろうか]
……ねえ。
ボクは……どうすれば?
[問いは、何者に向けて投げられたのか。
少なくとも、今、視えるものではないだろうけど]
……もう、誰も…………なくしたくない……よ。
[呟きの後、目が閉じられ。
開いた時には、視界はいつもと変わらないものに]
…………。
[しばしの、沈黙を経て。
準備を整えて、下へ。
重苦しい静寂の漂う館内を歩いて、*浴場へと向かう*]
-広間-
[開かれたままの扉から、室内へと。
彼女が騒ぎの現場にたどり着いた時には、既に少年は動いていなかった。
床に投げ出された小さなナイフ。血にまみれた少年を抱く男。
状況についていけず、目を瞬く。]
もう、誰も死なないって……
[人狼は死んだ。
では何故、少年は血に濡れて動かないのか。
”俺が殺した”
そう言った男を食い入るように*見つめた*。]
[気が付けば、]
[あの少年][トビーと言った][の泊まっていた客室に居た。]
[ぼんやりと寝台に腰掛け]
[あの少年が飛び出して行った時の儘の]
[寝乱れたシーツ][乱雑に捲くれ上がった上掛け]
[見開いた目で]
[宙空を虚ろに見つめる。]
―ニ階・客室―
[ 目覚めは変わらず、余り快適ではない。朝早くに風呂を済ませれば薄手のタートルネックとジャケットに着替え、広間に出向くでもなく、客室の寝台に腰掛け昨日同様煙草を吹かす。揺らめく薄い白を見詰める黒曜石の双瞳も叉揺らぎを持つか、煙と共に吐き出される深い息。]
死なないよね、か……。
[ 昨晩、メイの口唇から零れた問い掛け。青年が答えを紡ぐ前に彼女は逃げる様に其の場を去っていったけれども、若し回答を待たれたならば自分は何と答えたか。死なない、と断言出来ただろうか――此の館において、死は身近だった。
数日前、ピアノの旋律を聴いた事が遠い昔の様に思える。麓からの救援は、未だ期待出来そうに無かった。]
[ 煙草の先端では仄かな焔が燻り続けるも、未だ半分以上残る其れをやや乱暴に灰皿の底に押し付けて消せば漂う煙も次第に薄れ、大気の中に紛れていった。
硝子製の器を卓上に置けば、緩慢に立ち上がり部屋を後にする。換気の為に扉は薄く開けた儘。苦く何処か感覚が痺れる様な煙草の残り香は強く躰に纏わりつき、自らの鼻をも突く。]
[ 軈て歩む廊下の先には開かれた儘の扉。
其の部屋の前まで辿り着けば、嗚咽が耳に届いたか。微かに眉根を寄せる。]
ギルバートさん?
[ 肩を震わせて嘆く其の男に掛ける声。]
[びくり。]
[伏せていた面を上げ]
[鋭い琥珀色の視線を投げ付ける。]
[そこに浮かんでいるのは]
[不快][苛立ち][軽い敵意]
[ 琥珀の視線を受け止めて返すのは黒の視線。其れはやや冷たさを帯びた色。]
……失礼しますね?
[ 口調だけは何時もの通りに一歩、部屋の内に足を踏み入れようか。]
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