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[言い掛けた言葉を途中で切り、]
[一瞬目を伏せ嘆息]
…………ほって置いて呉れ。
[如何でも良い癖に……と殆ど声を出さずに呟く]
[ 再び肩を竦める所作。然れども其れはやや芝居がかっているか。]
つれないな。
[ 部屋の中に脚を踏み入れ扉を閉めれば、其の口調も叉変わる。]
折角斯うして話に来たと云うのに。
[ 艶やかに咲く薄い笑み。]
[芝居がかった所作][艶やかに浮かぶ微笑]
[がらりと変わった口調にも][驚く事は無く]
[素っ気無く][気怠るげに][視線を流すのみ]
……暇だから俺を弄りに来ただけだろう。
[その発語は完全なもので。]
哀しむ犬の様子を心配して見に来てやったとは思わないのか?
[ 気を悪くした風もなく、否、寧ろ愉しそうに謂う眸は変わらず黒曜石。唯、湛える其の色の奥底には欲望の光が僅か覗く。口許が象るのは弧を描いた月。
閉ざされた扉へと背を凭れ掛け軽く首を傾ければ、濃茶が揺れる。]
……まあ、其れも或いは正解か。
哀しむ。
[クハハッと]
[自嘲じみた][或いは揶揄も含むような][嗤い]
[唇を歪め]
……そうか。其れが普通だ。其れならば……
[亦も途中で口を噤み]
[ちらり、と][面白くもなさそうな顔で]
……心配だなんて笑わせるな。
俺もお前も所詮は自分の事しか考えて居ない。
[ 細められた黒曜石は男の様相を冷静に見、声を聞く。]
普通、ね。……唯の御犬様では無さそうだ。
其の方が面白くはあるが。
[ 口許に軽く握った手を当て腕を組み、体重は壁に預ける姿は気怠げか。]
……当たり前だろう?
人の絆の脆さ、愚かさはお前も見た通り。他者の事等考えるだけ無駄だ。
[ 視線は逸らされ窓の向こうを見遣り、続く男の科白に返すのは事も無げな言葉。]
そうか。似合いかと思ったが。
[ 拒絶には少し残念そうな声色に成る。]
若しくはお前も獣か。
ギルバート……、否、"Giselbert"?
分かっている、そんな事は。
[その声が沈み][苦いものを含んでいる様に聞こえるのは][気の所為だろうか。]
……けれども、人を愛する事だって在る筈だ。
孤独を埋めたくなる事も。
あの娘も、お前にとっては如何でも良いのか。
“我等にとって彼等は搾取するべき資源でしかない”
[ 其れは何時かに聴いた同族の科白と同じ物。淡々と紡がれる。]
……そう云う事だ。
十八年、人として生きてきた。
然れども斯うして覚醒めてみれば、全ては容易く崩れ去った。
[ 窓の外、遙か遠くを見遣る双眸には僅か懐旧めいた色。]
あれは、……果実が熟すのを待っているだけに過ぎない。
[ 後の言葉には微かに洩れる嗤い聲。]
人としても獣としても中途半端、か?
[ 嘲りを含む其れは何処か己に向けられているかの如くにも聴こえる。]
嗚呼。そう、其の通りだ。彼等は唯の肉、何れ捥ぎ取られるべき果実だ。
お前は正しい。
ハーヴェイ=ローウェル。
[クスクスと嗤う男の双眸からは][何故か壊れた様に涙の雫が]
お前は正しきを厭うか? Giselbert.
[ 誘われる様に壁から身を起こせば緩やかに寝台に腰掛ける男へと歩み寄り、其の琥珀から流れる雫を指先で掬い取れば口許に運び紅い舌が其れを舐める。眼前の男を見遣る黒曜石は、未だ陽の照る時間にも関わらず月の如き冷艶さを湛えるか。]
……俺もお前も、変わらないよ。
所詮は、――獣だ。
[涙を掬い取られた時には]
[ふるり][身震いしたが]
[黒曜石の双眸][其処に湛えられた色に]
[魅入られた様に琥珀の眸を]
──すっかり獣に成って仕舞えば。
自分の心が変わって仕舞った事も忘れられるのだろうか。
……さぁな。
[ 琥珀から黄金へと変わる濡れた双眸を眺める黒曜石は揺れる事も無く。]
然れど、獣に堕ちてしまえば昏き闇に揺蕩えば、其れは快い事だろう。
[ せせ嗤う様な声ながらも、薄い口唇からは零れる吐息は僅かに甘い。]
成りたいのなら、――己が欲望の儘に動けば好い。
[ 差し伸べられた手は誘いか。]
[突き放す様で居て][誘い掛ける様な]
[其の言葉に]
[ゆっくりと眸、瞬かせ]
[瞬時差し伸べられた手を見つめる]
[けれども躊躇いは無く]
[手を取り]
御自由に?
[ 近付く其れにも動じた様子も無く微笑は湛えられた儘。]
尤も。俺は、喰うなよ。
[ 触れ合った手をすいと別てば彼の指先が男の口唇を掠めるもそれも叉直ぐに離れ、服の内より取り出すのは皮鞘に包まれた短剣。抜き放たれた其れの柄に刻まれしは緑髪の少年の名。其の刃で自らの左腕に立て軽く引く。]
此れくらいならやるが。
[ 零れる緋色。]
嗚呼……。
[腕に引かれた緋色の線に吸い寄せられ]
[蕩けた蜜の色した眸][黄金に煌き]
[逡巡を振り払う様に]
[久しく求めていた]
[赤く赫い][甘く甘い]
[生命の美酒に口を付ける]
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