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[それが危うい均衡を保ち、やがてゆっくりと均されていくのは影に解け込んだ影輝の竜の影響だろう。
『神斬剣』が帯びる属性の精神と影輝、二つの竜の力は天秤のように揺れながら釣り合いを取り始めている。何かのきっかけがあればまた容易く安定が危うくなるとしても]
―東殿・回廊―
起きたか?…ん、まだか。
まぁ…ここじゃ回復するモンも回復しないかね。
[よいしょとアーベルの左手を引き、背中に乗せるようにひっぱりあげて、背に担ぐ。ついて来る影に違和感を覚えたが、今は放っておく。
少し離れた場所まで移動し、そこの部屋の寝台にアーベルを寝かせてから、自身は椅子に腰掛けテーブルに突っ伏した。
消耗してるのはこちらも同じだったり。疲れはだいぶ、溜まってきている。]
―東殿/回廊―
[傷は治っても、固く腕輪を握り締めた掌には赤が残っている。無理に開いて拭くのは無理だから当然だが。左手を引っ張られ背に担がれて運ばれる間もその指が緩む事は無い]
………。
[寝台に寝かせれた時、微かに唇が動いたが音は結ばれなかった]
―東殿・回廊―
[動いた唇は何を告げていたか。人の名前のように見えたが。
答えは微か届く声で知ることになるわけだが。
はぁと一つついた息は、少しだけ呆れも含んだろうか。
アーベルの頭を撫でて。]
…お疲れさんと。
こっちも、アレはオティーリエに渡しておいたぜ。
[その後突っ伏したまま、ちらとアーベルを見るが反応は薄い。
念のため心話で話しかけようとも思ったが、余計な負担がかかりそうで止めた。
表面上なら直ぐ癒せるが、心や疲労は領域外。
こればかりは時に頼るしかない。…時空のが居たら早く回復したろうか。]
一人じゃ補えるものが少ねぇよなぁ…。
[それでも某風竜には反則言われてるおっさんだが。]
―東殿/どこかの部屋―
[呆れの溜息はともかく、髪を撫でられて青年の寄せられた眉から力が抜けた。穏やかな寝顔とは言いがたいけれど、見守られている内にそれなりに安定してきた様子になっていく。
尤も、視線や声への反応は薄く、凍らせた心は溶けていないのだが。
そして時は過ぎ、やがて微かに左の指先がぴくりと動いた。右の手にも力が入り、既に乾いた赤が小さく剥がれシーツに落ちる]
……ぅ……、っ!
[ぱち、と音がしそうな勢いで青年の瞳が開き、側の気配――生命の竜を見る。その色は心の奥を覗く赤紫]
―東殿・どこかの部屋―
[自分も軽く眠っていたのか、どれくらい経ったかよくは分からず。
先に目を開ければ、呻きと、微かな動き。
開いた赤紫の瞳に、灰茶の瞳は覗かれるが、静かに見据え返した。
心竜は内の何を見ただろうか。
想いだけならば、騒動の原因である二竜主とした他竜への労わり、命竜としての性が。
過去を覗き見たならば――この世界とは違う風景が。
世界の崩壊。何が起こったのか、悟る前に全てが終わり。
一転、現在の世界。
どうしてか、生きながらえた二つは、だが異なる世界で生きることが出来なかった。
例えるなら二匹のクラゲが砂漠に落とされたように。世界と存在は合わず。
生きられないなら、共に世界で眠り合おうと。そう誓い合ったのに。
一つは、それでももう一つが生きながらえる事を望み。
世界とのバイパスの役目を果たし先に、消えた。
それからは、永い永い孤独の日々。
望郷と片翼への愛憎は、ゆっくりと殻に覆われ褪せてゆく。]
[赤紫の瞳に映ったのは灰茶の瞳、見えるのは生命の竜のしての労わり、そして覗いてしまったのは――…生命の竜の遠い遠い過去。
青年の目が見開かれ、その色は熱が引くように紫紺へと戻っていく]
………、えぇ。
おはようございます、クレメンス。
[心を凍らせていなければもっと動揺が表面に出たのだろう。青年は温度の低い声で静かに生命竜の笑顔から目を逸らした。覗いてしまった光景に、心の奥底では覚醒した『願い』が揺れる。
目を伏せて腕輪と指輪を嵌め、眼鏡は少し迷ったがかけずに青年は無理矢理に体を起こした。立ち上がる事は出来ずに壁に背を預けて寝台に足を投げ出す]
御迷惑をおかけしたようですね。此処は?
―東殿・どこかの部屋―
[心を覗かれたことに気づいているのかいないのか。
こちらはいつもと変わらずに、椅子を引き少し近づく。]
気にすんな。だいぶ消耗してたっぽいしな。
剣は変わりないか?
[ひらと手を振り、質問にはさぁと首を振る。]
どっか空いてた部屋だ。倒れてた所からはそんなに遠くねぇ。
[軽く、心に届いた声に頷く。]
ああ、どっちも無事だ。
聖魔剣はオティーリエに渡してある。
それから爺さまと…、エーリッヒが結界の中だ。
こっち側に残ってるのは、ナタ、氷竜殿、翠樹の嬢ちゃんとナギ、それからノーラ殿だな。
んで。これからどうするんだ?
[剣は手に入れた。あとはどう動くのか。
その先はクレメンスは知らない。
揺らされきっていない為なのも原因だろうか。
まぁ何をするにしても、おそらく暫くは動けないだろうが。
自分の消耗はまだ何とでもなる範囲だが、アーベルにかかっている負担は大きい。回復にはまだ時間がかかりそうだと予感した。]
―東殿/どこかの部屋―
[近づくクレメンスの足元に視線を落し、かけられた声に頷く]
はい、大地殿の意思はとても固くて。
過剰に剣へ精神力を注ぎ暴走させた分、その反動で宥めるのに力を持って行かれてしまいました。
――…今は小康状態のようですが。
[膝の上でしっかり握る黒の腕輪――『神斬剣』に視線を落す。
それが影に沈んだ影輝の均衡もあっての事であるとは、剣の持つ気配に紛れて気付けない]
―東殿/どこかの部屋―
[彼女と剣の無事、結界の中と外の竜達、そしてかけられた問い。
いつかは当然訊かれるはずであったそれに、青年は口元に微かな笑みを浮かべた]
二つを合わせ『真・聖魔剣』に。
――…そう言いたい所なのですが、この状態では少々難しい。
[口元の笑みが苦笑に変わり、生命の竜を見る。紫紺は覗き込みはしないけれど、その心の動きをいくらかは映す]
……貴方は、いいのですか?
[今更かもしれないが、止めないのか言外に問う。それは生命竜の心の奥を覗いたからこその言葉]
―東殿・どこかの部屋―
流石爺さまだぁな。頭も固けりゃ心も固ぇってか。
[へらり笑って、顔をみやり。]
無茶にはこの際多少目ぇ瞑るかね。結果よければ何とやらだ。
[それから視線は膝の上の黒い腕輪に。
腕輪の均衡に影が役立っているのは、こちらも気づいていない。]
[二つをあわせて一つの剣に。
以前そういえばそんな事を聞いた気がしたが。
今難しい、にはまぁそうだろうなと、肩を竦めて一度椅子からは立ち上がる。
同じ部屋であれば、以前氷竜に出した即席の茶でもあるだろうと探し、見つかれば湯を入れて一つだけもってきて寝台の傍のテーブルへと置いた。自分の分はない。
再び椅子へと腰かけて。
問いと共に投げられた紫紺の視線には、少しの間沈黙し。]
そうだなぁ…ああ、一つだけ頼んでいいか?
どうやって願いを叶えるか分からんが。
俺の願いは叶えないでくれ。
…無論降りるわけじゃねぇよ。
叶える願いが少ない方が、負担も影響も薄くなるだろ。
[答えの代わりの頼みには、さてどんな顔をされたか。]
[へらと、いつもの軽薄の笑みを浮かべ。
さも何でもないことをいうように口調は軽く。]
止めは、しないさ。
だが今は…世界の崩壊すら省みずに、渇望した願いってやつが叶った時の、その結末が見てみたい。
おいさんはよ、もう全部捨ててまで願いをかなえようって気持ち、薄いのよな。
何度か、その時の心持ちを思い出しはしたんだが。
[内側に埋めた過去は、殻を破って何度か鮮やかにその時の情景を、強い思いを呼び起こし、揺らされた。だが。]
それでも時間が経てば……すぐ色褪せちまう。
代わりに出てくんのは、姐さんやら兄さんやら、チビやら氷竜殿やら卵姫やらティルやらなにやら、そういうので。
…歳は取りたくないもんだな。色んなものが増えちまう。
[苦笑して返したその顔にあるのは、微かな悲しみと苦み。]
俺は、一番叶えて欲しい時に、願いを叶えられなかった。その手段が俺には無かったからな。
ただ時間だけが過ぎていって…その結果がこれだ。
今のお前さんらには、強い願いも、叶える為の手段と力もある。
全部揃ったら何が出来るか、何をするか。
…ま、止めはしないさ。
[それは、進むも引くもという二つの意味を含んではいたが。]
―東殿/どこかの部屋―
[暖かな湯気ののぼるカップに視線を落し、沈黙を待つ。
やがて返された生命の竜の頼みに、小さな声を上げて笑った]
願いを叶えない事が願いなら、叶えない事が叶える事。
ですが、貴方が言いたい事は違うのでしょうね。
[負担を減らす為と言われ、やはりという風に頷いて顔を上げる。
そして語られるクレメンスの言葉と心を静かに受け止めていく。
凍らせた心は揺れて、ゆっくりと溶けて、緩んだ封が腕輪の気配をよみがえらせていく。危うい均衡を保ちながら]
――…私の『願い』、オティーリエの『願い』――…
[青年の口元には、いっそ優しげな笑み]
止めないなら、止まる筈も無い。
私は――…『願い』を叶えますよ、クレメンス。
貴方が得られなかった機会を、手段を、手に入れたのですから。
[言葉と共に黒の腕輪をもう片方――左の腕に嵌める。
少しずつ心の封を説き、使える力を戻しながら青年は微笑んだ]
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