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あ……。
……な、ん……。
[目を見開く。ヨハナの手が右手を覆う。
穏やかな笑みは、ただ自分の知る優しい老婆のものでしかなく]
ちが…おれ、は……。
…どう……ヨハ…婆……。
[手を離すことも出来ず、ただ震えて。
過去と同じように。ただただ震えるばかりで]
[ぼやける視界を取り戻した時]
[それは既に遅かった]
婆、ちゃん…!
[エーリッヒとベアトリーチェの間に割って入った老体]
[真紅が見開かれた]
[ふらつく足が床を蹴り]
[倒れ込むような形でベアトリーチェの横、ヨハナの傍へ]
[わたしはヨハナおばあさまの傷口を押さえる。服が血に染まっていく。]
…あなたは…あなたという人は…!
[憎しみを込めた目で、エーリッヒを見据える。]
[ナターリエが幾分か落ち着いた様子にエーリッヒに駆け寄り]
エーリッヒ、落ち着け。
ゼルギウスっ!ヨハナさんの容態をっ!
[この場でもっとも医療の心得のあるもの、ゼルギウスに声をかける]
頼むっ!ゼルギウスっ!
[ベアトリーチェやゼルギウスが駆け寄り、エーリッヒが嘆いているのを見れば、老婆はもう一度大きく笑みを浮かべる]
……ほぉら……。
本当は……みんな……優しい子なんだから……ケンカしちゃ……駄目……。
だから……仲直りの……挨拶として……みんな……握手なさいな……。
いつまでも……ケンカしたままだと……このばば……怒りますよ……。
[そう言っているそばからも、老婆の顔からは血の気が引いていく]
どけ!
[手を離せずに居るエーリッヒを突き飛ばし]
婆ちゃん!
しっかり!
[ベアトリーチェが抑える傷口に懐に忍ばせてあった布を何枚か取り出し押さえつけるように当てた]
くそっ、道具持って来る!!
[今この場に仕事道具は持ってきていなかった]
[紅に濡れた手はそのままに、立ち上がり二階へと駆けて行く]
[部屋に入り仕事道具を引っ掴んで戻ってくるが、はたして間に合うか]
違う!
俺はヨハナ婆を殺したかったんじゃないっ!!
[絶叫。それは確かに先のイヴァンにも通じるものがあり]
俺は。俺が。俺は……!
[言葉が紡げない。
ゼルギウスに突き飛ばされ、マテウスに引き離されるまま。
視線は老婆を見つめて]
どうしてだよ。
どうしてこんなことするんだよ……!!
[その言葉はヨハナに向いているようで。
どこか違うものも混じってもいた]
大丈夫……大丈夫……。
ばばはこう見えて……頑丈なんだから……。
何も……心配することありませんよ……。
[その目は段々と焦点を失っていき、意識が朦朧としてくる。
それでも、老婆は何度も何度も]
……大丈夫……。
[と、繰り返す]
[何も出来ない事に、軽く唇を噛む。
悲鳴すら、上げられなかった。
唇の微かな痛みが頭を、身体を動かす]
エーリッヒ。
[責める響き以前に、普段の抑揚に乏しい声音で名前を呼ぶ。
そちらへと歩み寄れば、聞こえるのはヨハナの言葉]
お願い。
今は、ヨハナ様の言う事聞いて。
喧嘩しないで。
――…ベアトリーチェも。
ゼルギウス、代わりに抑えておくっ!
[エーリッヒも気がかりだったが、
目の前の死にいきそうな命が今は優先だった。
ゼルギウスと代わり、傷口を布で押さえつけ]
わかった、わかったよヨハナさん。
しゃべると傷口にさわる。
失血多量…刺し傷は…深いな。
くそ、薬師は医者じゃない。
対処にも限度があるってのに…!
[流石に傷口を縫うような道具は持ち合わせていなかった]
[造血剤となり得る薬と血止め、痛み止めなどを出して対処を試みる]
婆ちゃん、これ飲めるか?
意識しっかり持っててくれよ!
[ベアトリーチェに手伝ってもらい、血止めを塗り込んでもらう]
[自分は声をかけて意識を保たせつつ、痛み止めと造血剤をヨハナに飲ませようとした]
だいじょうぶじゃないよ!
おばあさま、全然だいじょうぶじゃない!
[わたしはもはやエーリッヒを気にする余裕も無くして、ただ必死に傷口と、ゼルギウスさんが配した紙を押さえていた。]
ゲルダ、ナタリーっ!
エーリッヒのことを頼むっ!
[その声は二人に届いたであろうか?]
ベアトリーチェもおさえるのを手伝ってくれ。
[傍らに立つ少女に声をかける]
[喧騒を見ようともしない。
全てが遠かった。
血塗れのイヴァンの体に手を回し、抱え上げようとするが、体格差から到底できるはずもなく、半端に体を浮かすのみ。
ぬると体が滑り、ばしゃりと血溜まりに落ちる。
顔まで飛び散った血はまだ生暖かい。]
[マテウスが離れていっても。
再び近寄ることはなかった。それは出来なかった]
俺は…。
[脱力するようにその場へと座り込む。
近づいてくるゲルダを、呆然と見上げる]
俺は……。
[届いたヨハナの声。のろのろと視線を返す。
大丈夫。その声に縋りたくとも、今のこの状況は。
ベアトリーチェの声が頭に響く]
[指に残るほんの僅かの血液。
薬師が来れば、場を譲り]
…エーリッヒ。
[兄に言われるよりも先に向かっていたから、ただ頷いて]
…いたい?
[エーリッヒに問う言葉は短い]
[再びゲルダを見上げる。
もう声が出なかった。コクリと人形のよに頷く。
右手が熱い。あの時のように。
自分は大切な人を自分の手で――]
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