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-館外 枯れ木の下-
[少し前までの自分なら、血痕だけでも震え上がっただろう。
けれど今は、何故か恐ろしく思えない。血も、肉片も、命を失った全てはただの物体。
自分の中の何が麻痺してしまったのか、少女にはもうわからない。
赤い標をもとに、たどり着いたのは枯れ木の下。
そこが現場だと、分ったわけではない。ただ、目の前に広がる崖に足を留めた。]
[此方を見る目は怪訝そうに
今の自分の姿では其れも仕方がないかと薄く笑う]
いや、昨日神父さんと話しをして…
武器庫の鍵が一時行方不明だった、と。
で、彼はあんたが持ち出した可能性を言っててね。
武器庫の鍵を持ち出したのは、ネリーなのかい?
[再開された演奏に]
[ゆるり――]
[耳を傾け。どうして『神父様と』と付け加えてしまったのかには…目を逸らして――]
そうよね…魂は…『物』ではないわよね…。
[返された言葉に、悲しそうな笑みが零れる――]
[そして、『伝言』という言葉には、確信めいた色を瞳に湛えて――]
ねぇ、メイさん…。その…『伝言』――
私に…聞かせてもらえないかしら?
[さらり――髪を揺らして…少女は微笑んだ――]
[崖の周りにあるはずの垣根や杭はここには見えず、一歩踏み出せば、縋る場所一つないむき出しの斜面が果てなく続く。
枯れ木を支えに、崖下を覗けば深く。
はるか遠くに川の流れるのが見える。
思わず一歩後ずさった拍子に、小石が一つ、崖下に飛んだ。
子供の手のひらでも握れるほどの大きさのそれは、小さ過ぎて落ちる途中で見えなくなる。
ここから落ちれば、楽に死ねるのか。
誰も殺すこと無く、殺されること無く、ここから解放される。
それは救いかも知れない。
そう思ったのに、足が震える。
自身さえも殺すことの出来ない己の弱さを、ヘンリエッタは噛み締めた。]
[微笑む少女に、薄紫の瞳は一瞬だけ向けられて]
これは、キミ宛て。
それ以外の誰に向いてるとも思えないね。
「『聖書』を。貴方に託します」
それが、ボクの聴いた、『声』。
[静かに、告げた後]
……悲しい?
[投げられたのは、前後の脈絡のない、問い]
[怪訝そうな表情は、話を聞いているうち―“武器庫”の単語が出ると同時にす、と失われ。
薄く笑みを浮かべる目の前の男性を見つめ]
――彼は。
如何して、私と。
[感情の読めない眸で、それだけを告げる]
ただの消去法さ。
俺は自前の武器がある。
子供たちに扱えるものじゃない。
メイは自分では人を傷付けられないし、ハーヴェイは鍵を探していた。
そしてもう一人は怪我で動けなかった。
残ったのが、ネリー、そういうこと。
もっとも、彼は断定はしてなかったけど。
[崖の側を離れ、館を振り向く。
逆光で暗く陰る館は遠く、大きかった。
そこから顔を背け、裏手の庭園へと足を運ぶ。
訪れたことはない。けれど、広間の窓から見えるその存在は知っていた。
自分は死ぬことは出来ないから、せめて、先に逝った人たちに、花を。]
[一瞬だけ――
目の前の少女の瞳の色が変化し――]
あぁ…やっぱり――
[少女は確信したように溜め息を吐く。
形は違えど、同じような力は何処でも息衝いている――
少女は僅か記憶に残っている言葉を思い出す]
[そして呟かれた言葉に――]
[瞳は潤むけれども…
涙として見せないのは――]
聖書を…私に…。
そうですか…神父様はそのような言葉を…。
神父様の声を聴いてくれて…ありがとう――
[にっこりと笑顔を浮かべて礼を言い]
――悲しい?
[投げ掛けられた言葉には、同じように問い掛けて――]
今はまだ…悲しむ時期では無いわ?そう…思わない?
[口角をきゅっと上げて微笑む。――誰かを挑発するように]
ああ、成程。
流石、異端審問官を名乗られるだけのことは。
[観念した、とでもいうように表情を緩める。
そういえば今日は彼の姿を見ないと、そう思うも]
……それで。如何なさるおつもりですか?
[開き直ったのか、それともあの時短刀を持ち出した時点で、罪の意識など消えてしまっていたのか。
視線だけはずっと、男性の姿を捉えたまま]
-庭園-
[名も知らぬ花を乱暴に手折り、花束を作る。
茎が、葉が、指を傷つけたが、花鋏など、少女は持っていなかったから。
花束は、同じ緑の髪をした二人と、束の間父と呼んだ男に。
銀の髪の青年には用意しない。
そんなものを彼は望んでいないだろうから。
殺された三人が、それを望んでいるかもわからないけれど、少なくとも拒否はしないだろう。
とりどりの花束を抱え、少女は館へ。]
そう。
[返ってきた言葉に対するそれは、妙に簡素で]
ボクは、悲しい。
ちっちゃい時に、憧れてたお兄ちゃん。
元気が良くてからかいがいのある、弟みたいな子。
どっちも、死んじゃった。
人の手で。
だから、悲しい。
[独り言のように、呟いて。
その手は緩やかに、旋律を織り成して行く]
-玄関〜広間前-
[花束を抱え、広間へと向かう。
そこにはまだ、少年の遺体が安置されているはずだ。
玄関の肖像に少しだけ歪んだ笑顔をみせて、通り過ぎる。
広間の戸はわずかに開き、そこから零れるのは、甘い南瓜の匂いと、二つの声。]
そうですか。
[目を閉じて、息を一つ吐き出した。
後の問いには]
――いいえ。何も。
[嘘を吐いたのは、目の前の彼を信用しているわけではないからか。
尤も――入っておいて何も手にしていない、など通用するかは別ではあったが]
[返された言葉に、少女は自嘲気味に微笑を浮かべて――]
素直に悲しめることは――幸せだと思うわ…。
私は――その感情すら…二年前に失くしてしまったの。
父も母も、雑貨屋のお姉さんも、小さい頃から可愛がってくれていたおばあちゃんさえ――全て失ってしまったから…。
[少女は薄紅色の唇で呟き。聞こえてくる旋律にはくるりと踵を返し――]
もし、神父様に伝えられるなら…伝えて?
あなたの死は…事が全て終わったら…一人で嘆くからと――
今はただ…残された時間で、出来る限りの事をしたいからと…
[それだけを口にすると、何事も無かったかのように歩みを進め――]
[ぱたり――]
[ドアを開け――]
[少女は部屋を*後にした*]
[ふ、と。手が止まる]
……そう。
[既にいない背に、小さく呟いて。
ふ、と瞳を伏せる]
……仇を討つのが先、ってことか。
キミの仇は、異形。
なら。
ボクの仇は?
[呟く刹那、瞳は冥く]
…そう?
[持ち出したか、との問いに否を返され意外そうに]
何も持ち出さなかった…でも、気にはなった、と言う事なんだ?
で、鍵は元に戻した、と…
いやね、もし人狼なら自分を殺す為の物を放置しとくかな?って。
鍵を返さずに武器を使えなくして。
奴らは武器を必要としないだろうし、ね。
でも、あんたは鍵を返した。
ついでにそれを持ち出したことも認めた。
全てを信じるわけじゃないけど…
でも、俺にはそれだけで良い。
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