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ん……ああ……どうぞ。
[数回、首を振ってから、答えを返す。
入ってきたのは、話に行かねば、と思っていた家主]
大丈夫だ。
……世話をかけたな、家主殿。
[起き出そうとすれば、止められ。
気だるさは残っていたから、それに従った]
……軽くて悪かったな。
[最後の軽口には、さすがにむっとしてこう返し。
背を向けたまま語られる話を、黙って聞いていた]
[目前で閉ざされた扉。子供は抗うこともなく、暫し扉の前に佇んで、それが再び開く事は無いと知ると、そのまま膝を抱えて廊下に座り込んだ]
………泣いている。
[空を見つめる瞳はガラス玉のように、何の感情も映してはいない]
イヴァンが。
あの子を、人狼と。
[霊視の間にあった出来事を一通り聞いて。
小さく、呟く。
暗き翠には、思案する色彩]
……迷う、な、それは。
俺とて、イヴァンの力を真なるものと判じているかと問われたなら……是とは、言えない。
[それは、過去が心にかかるが故。
真っ先に名乗りを上げた師父は、人狼の正体を知り、それに与していた]
判ずるのは、俺にとっては容易い。
だが、視えるのが俺だけである以上……真実と主張するのは容易くはなかろうな。
[何を信じればいいのか、という言葉。
聞こえた嘆息。
暗き翠は微か、伏して]
……俺を、信じろとは、さすがに言えん。
死を持ってのみ判ずる力……ある意味、人狼よりもタチが悪い。
[静かに、告げる。
振り返る翠、その陰りに。
暗き翠は、微か、険しさを増すも]
ああ。
寝てばかりも居られんだろうし、起き出すさ。
[返す言葉は、常と変わらず。
それでも、最後の言葉には]
だから、家主殿にそれを言われたくはないんだが。
[ぽつり、と返して。部屋を出る背を見送った]
─二階・ベアトリーチェの部屋─
[目が覚めたのはいつだったか]
[椅子に座って眠ってしまったために身体が強張ってしまい]
[少し表情を歪めながら縮こまった筋肉を伸ばした]
[ばさりと毛布が身体から落ちる]
[ベアトリーチェは既に目を覚ましていたらしく、寝台の上に姿は無かった]
[その内戻って来るだろうと、毛布を畳んで暖炉の火を点け直し]
[空気を入れ替えるべく窓を開けた]
あ、お帰り。
[ややあってベアトリーチェが戻って来る]
[微笑んで迎えると、持ってきておいた料理を勧めた]
ん、簡単なものだけど。
…約束しただろ?
[礼にはそれだけを返し、柔らかな笑みを浮かべる]
[ベアトリーチェが食べ始めるのを確認してから、自分も用意した料理に手をつけた]
― 集会所二階・個室 ―
[眠りは深かったか、浅かったか。
夢を見たかも判然としない。
ただ、寝覚めがよくないのは確かだった]
…、
[十字架を握り締め、声なく祈りを捧げる。
変わらぬ日課の一つを、黙々とこなした]
[一人になった所で、ベッドを寄せた壁に寄りかかり。
しばし、瞑目する。
猫が膝の上に飛び乗り、案ずるような声を上げた。
その頭を、ゆっくりと撫でて]
見極めるもの、見定めるもの、守護せしもの、象徴たる双花。
……牙をもつもの、牙を護るもの。
全ては、要素。だったか、師父よ。
揃えば始まり、終わるまで逃れられぬ束縛。
[胸元に手を当てつつ、呟く。
自らが手にかけし者の、最期の言葉]
[わたしはまた頬が赤くなるのを感じる。]
[恥ずかしくて、その後は俯いたまま食事を続けた。]
…どうして、こんなに優しくしてくれるの?
……さて、どうするか。
俺にとっての確証は、アーベルと、双花が人である、という事実のみ。
[呟きに、猫が不満げな声を上げる。
見やれば、睨むように見上げる眼]
……わかってる。
家主殿は……信じたいさ。
[零れたのは、小さな本音と微かな笑み。
笑みは、猫にだけ向けるもの。
机の上、眼鏡を収めた小箱を軽く見やり。
ゆっくりと、起き出す。
ここにいても、何も、始まらないから、と思い。
いつものよに猫を肩に乗せ、部屋を出た]
…生きている。
[呟く。]
今日は。
誰か、死んだんだろうか。
[自衛団長以来、犠牲者は出ていない。
単に事実を音にしただけ。
それでも、以前より抵抗がなくなっているのを感じる]
[信じようと信じまいと、終わっていないと、花が報せる。
その手が何処まで伸びているかを見ようとはせず、衣服を変え、階下に向かおうと扉に手をかけた]
─二階・廊下─
[部屋を出て、ふと感じたのは人の気配]
……ん。
[見やった先には、座り込む子供の姿。
あれは誰の部屋だったか、と考えつつ]
何、してるんだ……?
[訝るように呼びかけるも、答えはなく。
とりあえず、そのままにはできまい、とそちらへ足を向ける]
[どうして]
[訊ねられて食事の手が止まる]
[少し前までははきとした理由が思い出せなかった]
[けれど今は]
……昔、病気の子を助けられなかったことがあってね。
自分が病気であると分かっていても、明るく振る舞う子だった。
ベアタと、雰囲気が似てるんだ。
その子を助けられなかった分、君を助けたくて、力になりたくて。
[語る間、真紅はベアトリーチェを捉えず宙を彷徨い]
[かつてのことに思いを馳せるよに瞳は遠くを見る]
[誰かをベアトリーチェに重ねていることは少女にも理解出来ることだろうか]
……おい、どうした?
こんなところで寝ていると、風邪引くぞ?
[歩み寄り投げかけるのは、日常的な言葉。
肩の上の猫も、同意するように一つ鳴く。
微かに開いた扉の向こうに、人の気配があるのも感じて]
大体、そこにいたら、そこの部屋の主が出入りできまいて。
[声をかけるライヒアルトを見上げ、肩ごしに扉を見て、子供はふらりと立ち上がる]
ライヒアルトも食べられていない。
[声は不思議そうに響いただろう]
…そう、なんだ。
[一瞬、視線が泳ぐ。]
へー、責任感があるんだね、ゼルギウスさん。
[なんとなく、面白くない。声もちょっと不自然に棘がでた気がする。]
…。
[別になにがあったわけじゃない。わたしはそう思い直すよう努力して、心を切り替える。]
ねぇ、下にいかない?何が起きてるのか分からないのは不安なの。
[声が二つ。
誰のものか、考えるまでもなく知れる]
…、ずっといたんですか。
[動く気配の後に、戸を開いた。
怪訝な眼差しを向ける]
[立ち上がる子供の言葉。
不思議そうな響きに、一つ、瞬く]
……食べられていない?
[何の事かと。
悩むのは、僅かな時間]
……人狼に襲われた者がいない……のか?
[そう言えば、団長の死の時は感じたものは、未だに感じてはいなかった、と。
今更のように、思い至った]
責任感と言うよりは、償いに近い、かも。
[病気を治すと言って治せなかった]
[護ると言って護れなかった]
[それを繰り返したくないと]
[強く願う]
[それが人として歪んだものになっていることには]
[未だ気付いていない]
ん、ああ。
何か変化があったかも知れないな。
…でも、大丈夫か?
[昨日のことを思い出す]
[イヴァンに人狼と告発され、震えていた目の前の少女]
[また何か言われぬかと心配を募らせる]
[出てきたウェンデルの問い。
子供の答え。
意識を失った後の事は知らないが]
……あのなぁ……。
もう少し、状況を考えて、動いてくれ……。
[双花は人狼を引き寄せる。
その実例を間近に見ているだけに、ため息まじりの言葉が口をついた]
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