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[扉に手を掛けたまま停止している彼女には、男性の表情までは見えはしなかったけれど、その言葉ははっきりと耳に届いた]
[息を飲んだ]
―一階・書斎―
[ 平時より賑かな館内でも此処は喧騒からは遠く、周囲に満ちる空気は幾らか冷たいながらも落ち着く。窓を叩く雨滴の音すらも快く感じられた。
先程の広間での出来事等無かったかの如く、彼は一人其処に居た。緩やかな足取りで室内を歩めば濃茶の髪が微かに揺れる。書棚の一つの前で足を止め暫し背表紙を眺めていたが、其のうちの一冊を抜き出そうと手を伸ばす。]
あー……、頁、折れてなきゃ好いが。
[ 独り言ちしゃがみ込んで本を拾い上げ……ようとして、其の手が反射的に引かれる。]
……っ。
[ 眉を顰めながら掌に視線を落とせば、如何やら紙で切ったらしく、指の腹には一筋の線。大分深かったのか、次第に赤が薄く滲み始める。]
……痛ぅ……、今日は厄日だな。
[ 小さく愚痴を洩らして、薄い口唇から舌を覗かせ、指先の緋色を舐め取る。彼の御茶とは全く異なる、独特の味。]
……“殺して”か。
[ 零れた囁き含まれる色は自嘲か哀愁か狂気か。
唯、僅か緋に濡れた青年の口唇には笑みが刻まれ、黒曜石の眸には仄暗い光が宿る。]
けれども、俺はお前といき たか た
[「行きたかった」なのか「生きたかった」なのか]
[それとも]
[すうっと]
[身体から力が抜けて行き]
[ぱたり、]
[*崩れ落ちる。*]
…死にたがりなど、食べてもおいしくありませんよ。
[実も蓋も無い返答を。
いくつかの花や木の葉を、酒の小瓶に潰して詰めてゆく。]
[此方が掛けた言葉には無言のままで、男の行動が読めずに見つめたまま。
その後の呟きに気付き、何かを問おうとした所で男が意識を失う]
…おい!どうした!?
[慌てて体を起こそうとして…酷い発熱に舌打ちをして]
無茶すっから…
[そうしてようやく扉を傍に佇むネリーに気付く]
あ、良い所に。
もしかして着替え持って来てくれたのかな?
酷い熱なんだ、着替えさせないと。
[とにかくこのままではいけない、と]
……いきたかった…?
[男の呟きを反芻して、気を失った男を見つめる]
どういうことだ?
[もちろん返事は返らないが。
判ったのは男が殺されかけたらしい、という事と、誰か仲間が居たらしいという事]
これ以上無理させるわけにもいかねーしな…。
[いずれ判る時が来るんだろうか?とはただの希望]
[酷く戸惑ったかのように彼女の瞳の奥は揺れていた。
けれど]
あ、…はいっ
[ナサニエルの声に慌てたように頷いて、そちらへと歩み寄る]
─二階・客室─
雨……やまないな。
[ベッドの上で、膝を抱えるようにして座り込みつつ。
窓の向こうを見つめて、ぽつりと呟く]
……ばーちゃんに、相談したいんだけど……いつ、戻れるかなぁ……。
[はあ、と。
言葉と共に零れ落ちるのは、重苦しいため息で]
[熱いお湯をその体に掛ければ、少しだけ身を竦めて汗を洗い流す。
傷自体に痛みはなく。ただ皮膚を抉らた為に感触が通常とは違い全てが過敏に反応する。
香り高い泡に包まれれば、戻りたい過去の記憶が蘇る。しかし少女がその苦悩を口にする相手は…居ない。]
そういえば…ヘンリエッタさんって…今日はどうしているのかしら…。
[塞ぎこむ心を留めるように、少女はわざと接点の無い事柄を口にし、思考をシフトする。
自らに目隠しをするとは言え、少女が彼女の名前を口にしたのには、何処かでヘンリエッタの事を気に掛けているからなのだが。]
夕食の時間には…会えるかしら…
[お湯で泡を流し、浴槽に足を入れる。身を沈めて僅かに上気した頬を指でなぞりながら、少女はヘンリエッタの事を考え僅かに楽しそうな笑みを*浮かべていた*]
ちょっと、ごめんよ…
[とりあえず着替えさせる為に男の体を持ち上げ服を脱がせようと。
あちこちに巻かれた包帯が痛々しく、ほんの少し顔を顰め。
ネリーが持ってきた着替えを受け取り]
ありがとう。
ちょっと手伝ってくれるかな?
[流石に一人では気を失った大人の扱いは難しく。
二人掛かりで着替えを終えれば、そのまま床に、という訳にも行かず、かといって部屋に運ぶにも無理があり]
……ここで良いか?
[目星を付けたのは暖炉の前のソファで。
何とかそこまで運んで男を寝かせて。
自分も近くの椅子に腰掛け*様子を伺って*]
……まあ、落ち込んでても、仕方ないよね。
[小さな呟きで、ループを続ける思考を一先ず区切って。
ぴょん、とベッドから飛び降りる]
あ……あれ?
[直後に襲う、視界の揺らぎ。
何か……霞がかかるような、そんな感じがするものの、それも一瞬のこと]
今の……感じ……。
[嫌な予感が掠める。
軽く、唇を噛みつつ、右手が無意識に左胸へ当てられ。
何かを掴もうとするような、そんな動きを]
……考えすぎ、思い過ごし……。
[掠れた呟き。
それは、何とか自分を納得させようとしているかのような、そんな、焦りめいたものを帯びて]
……大丈夫、きっと。
何も……何も視えたり、しない……。
[雨は未だ止む気配もなく。
温室の硝子窓の向こうには、
雨に濡れ、風に揺れる冬薔薇の茂み。]
That's my tears.
Though it's not yet cured, my sorrow be charmed by a sigh of a month…
My voice does'nt reach you.
Though the last words that you gave are still these places and continue crying.
Though I decided not to grieve, the moon cries in a night sky.
[*届くことの無い、微かな歌声。*]
ダメだな、こんなじゃ……。
しっかりしないと。
[小さく呟いて、ゆっくりと部屋を出る。
その足はごく自然に、音楽室へと向いて]
─…→音楽室─
[一旦自室へと向かい、クロゼットの天井をずらして屋根裏へ。
音も立てずに四つ足で疾走する。
十代の頃にやんちゃしたおかげで、この辺の構造は熟知していた。
目当ての部屋の天井板をずらす。
眼下には、文机に向かう癖のある黒い髪。]
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