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〔ゼルマが気づいたけれど、アナは気づかずじまい。
てく、てくと、アナは道を歩いていく。
角を曲がって消えていく先に、あるのは一件の宿屋。
そんなことはきっと、誰だって、よく、知っている。
宿に辿り着いたなら、アナは扉を開く。鍵の開いた扉は、難なく開く。〕
こんにちは!
〔そうしていつも通り、元気に挨拶をするんだった。〕
おや?
[突然開いた宿の扉に、おじいさんは目をぱちくり。
けれど、元気の良い挨拶が聞こえると、おじいさんはにっこりと愛想の良い笑顔を見せました]
おお、こんにちは。
どうしたんじゃ、こんな所で?
[ゼルマはアナに声を掛けましたが遠すぎて届きません。]
ドミニク、宿に戻るわ。あなたも来てくれない?
あの子を、アナを一人にしておいたらいけないと思う。
[老婆に頷き返し、木こりは一歩踏み出しました。
アナが一足早く宿へ向かう様子に口を曲げました。]
さあて、人狼も酔うもんかな。
そんなら、ちぃとは楽なんだが。
[斧を握る上腕には薄汚れた包帯が巻きついたままです。
人間であったルイと人狼であろうベリエス。
どちらが手ごわいだろうと思いながら、宿を目指しました。]
こんにちは、ベリエスお爺ちゃん。
……お酒の臭いがする。
お月さまの時間には、まだちょっぴり、早いのに。
〔いけないんだ、っていうみたいに、アナは眉を釣り上げた。
でも、ベリエスからの質問には、ちょっと考えるそぶりをして。〕
お爺ちゃんは、もう、知っていますか?
きょうは、ドロテアお姉さんが、からだをなくしちゃったんです。
牧師さまはもういないのに、でも、人狼は、まだ、いるんです。
でも、だれだかわからなくって、アナは、探しにきたんです。
[言うと、ゼルマは宿に向かって歩き出しました。がんばって歩きますがさっき急いだせいで思うように足が進みません。アナに追いつくどころかむしろ離されてしまいました。]
はぁ、はぁっはぁっ。
ホホ、ゼルマの勧めは断れんわい。
[アナにたしなめられても、おじいさんはのんびりと笑います]
おや、ドロテアが?
そうか、それで村がざわついておったのか。
人狼は、2匹居るという話じゃったのう。
さあて、どこに居るのやら。まさか嬢ちゃんではないと思うがのう。
ドミニク、あたしは裏口から回るわ。
[宿の裏口は体の大きな者は通りにくいのです。でもちょっとだけ近いのでゼルマはそちらから入ることにしたのです。]
ゼルマさん、無理すんな。
オイラが先に行って来らあ。
[そう言う大男も決して早くはないのですが。
それに牧師を殺した少女に複雑な気持ちもあるのです。
けれど、アナを責めても戻らないし、人狼探しが先と意固地になっているだけなのでした。]
[ドミニクが先行し、後れて裏口から入ったゼルマはそっとロビーを窺います。
アナはベリエスと何かはなしているようですが何を話しているかまでは分かりません。]
アナが人狼なら、どうして、お兄ちゃんを食べちゃったのかしら。
〔ベリエスを叱るのは諦めたみたい。
人狼のきもちになってみるというように、アナは腕を組んで考え始めた。〕
きっと、ほんとうのことを、言ったからかしら。
アルベリヒさんは?
羊といっしょにいて、おいしそうだったかしら。
それなら、ドロテアお姉さんは?
お姉さんも、おいしそうだったのかしら。
[木こりの大きな体はかくれんぼには向いてません。
斧の柄が、何かにぶつかった音を立てます。
ドミニクは柄に手を伸ばし、ぐっと握りました。]
そうじゃのう、そうじゃのう。
[おじいさんは、アナの言葉に頷いています]
人狼だって、そんなに難しい事はきっと考えんよ。
嬢ちゃんとおんなじじゃ。
[その時、宿のどこかで物音がしました]
ばあさん? どうしたんじゃ?
[ゼルマがもう一人のお客さんを連れて来たことを、おじいさんはまだ知りません。
だからびっくりした顔できょろきょろ]
[ごんっ、と鈍い音が宿の壁に響きました。ドミニクがぶつかった音でしょうか。
気持ちを切り替えるように背筋を伸ばしてゼルマはロビーに入って行きます。]
待たせちゃったわね。
[ヴァイスがカウンターに上がって村人たちを見つめています。]
おお、なんじゃ。
わしはまた、ばあさんが包丁でも持ち出すのかと思ったわい。
[冗談なのか本気なのか、おじいさんはホホホと笑っています。
カウンターの猫が、こちらをじいっと見ていました]
ゼルマお婆ちゃん、こんにちは。
音がしたけれど、どこか、ぶつけちゃった?
だいじょうぶですか?
〔そばのベリエスと、入ってきたゼルマの間。視線を行ったり来たりさせながら、アナは心配して尋ねる。〕
包丁?
お爺ちゃん、お婆ちゃんに料理されちゃうようなこと、したんですか?
〔そんなことを言うアナも、どこまで本気なのかわからない。
丸くなる眼は、どこまでも本気みたいにも見えたけれど。〕
[アナのそばに寄り添い、少し口ごもってからベリエスに向かって話し始めます]
ベリエス。
間違ってるかも知れないけど、アナも、ドミニクも、あたしも、あなたが人狼、人に化ける獣ではないかと思ってるの。あなたは何か言うことがあるかしら?
[アナに向かってドミニクも来ているのよ、と小声で付け足しました。]
………。
[アナとベリエスがなにを話していたかはわかりません。
木こりは厳しい顔で、出て行くゼルマを見送ります。
物陰に隠れ、じっと人狼が尻尾を出すのか伺うのでした。]
そうじゃのう。
人狼は、昼間は人に紛れているという。
人を襲うだけの獣とは、違うんじゃろう。
[アナに答えて、彼女がもう一度問い掛けた言葉に目を細めます]
さあ。何をしたかは問題ではあるまい。
問題は、「何をしたと思ったか」じゃよ。
のう、ばあさん?
[おじいさんは、ゼルマの方へ視線を向けました]
[包丁、というところにゼルマは苦笑しました。]
あたしが包丁持ち出してたってあなたには敵わないわよ。
今のあたしでは、アナに傷を付けることだって満足には出来ないわ。
〔ゼルマの言葉に、アナは初耳だって顔。
何度もまばたきを繰り返す。〕
そうなの?
でも、ベリエスお爺ちゃん、アナといっしょに帰ってくれたわ?
アナは、牧師さまのからだを壊しちゃったのに。
それに、旅人さんを、弔おうとしてくれたのに?
ベリエス、そうやってあたしたちが混乱するように仕向けようというの?
でもダメよ。
アナは何か特別な力があるみたいだわ。
ドミニクにはヴァイスが寄って行くわ。
でも、あなたの傍には寄り付かなかったの。
それは、あなたが、けものだから。
[おじいさんは、べろりと長い舌で舌舐めずりしました。
帽子が、ふたつの三角で盛り上がっています。
みるみるうちに、おじいさんの体は、ふさふさした毛並みで覆われていきます]
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