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[突き刺さった銀が身体全体へと広がるのを感じる。
致命の一撃、それは銀の毒も多大に含んでいて]
──…ごめん……イレーネ…──
[呼んだのは人狼として出逢う前の愛しい者の名。
嘘をついたこと、遺していくことに対する謝罪の言葉。
理性の意識は優しくゲイトを包み込み。
そして少しずつ弱まっていく]
[ティルの声は聞こえない。もう主の姿しか見えていない。
ティルの腕はすり抜けた。敬愛する以上に愛する主の所に真っ直ぐ走る。
意識はすぐ傍にいてくれるのに。
伸ばした手が届かない、前に躍り出る事すら出来ない。
もうすぐ…もうすぐなのに。
だから間近で愛した人が、刺され再び守護者に襲い掛かるその様子がゆっくりと、見れた。
同時に毒が、心臓に深く刺さってゆく様も。]
……なにっ!?
[弾かれる可能性も掠めた突きが伝えて来たのは、深く、他者の身体に食い込む手応え。
相手が避けなかったのだ、と。
それに気づくのが、少し、遅れた。
そして、それに思考を奪われた隙をつくよに迫る、顎。
それを避ける暇はなく──]
……ぐっ!
[伝わる衝撃。
次いで、熱さが伝わる]
てめぇ……上等、だっ……!
[激しい痛みを感じつつ、しかし、手の力は抜きはせず。
歯を食いしばりつつ、ぎり、と短剣の刃を回した]
ユリアン――――!
[目の前の景色と、赤い世界の言葉とが、ゆっくり体を回ってゆく。]
いやだ、逝かないで、
私を、一人にしないで―――――――!!!!
[両手で抱いた意識は、砂時計のように零れ落ちて消えていく。
失っていくのが怖かった。
かたかたと、震えながら、それでも話すまいと腕の力は強めたまま。]
ガアアアアアアアアアアッ!!
[捻られる刃に咆哮とも悲鳴ともつかぬ叫びが上がる。
叫びのために肩口から浮く牙。
全身に回る銀の毒も相まって、顎門は緩み、身体は後ろへと倒れ行く。
最期の足掻きと、横薙ぎに揮われた爪は、果たして相手へと届いたか]
姉ちゃん!
[エーリッヒに向かっていくイレーネを捕まえようと走る。
しかし、子供の足では届かなくて]
駄目っ!駄目っ!
[腕を伸ばし、止めようとして]
[消えかかる理性の意識。
それは死への前兆]
[何度も、何度も。
ゲイトへの謝罪の言葉は紡がれて。
その声は徐々に小さなものへとなっていく]
[震える少女を抱き締めたかったが、その力ももう残ってはおらず]
[不意に、腕にかかる、重み。
視線を向けた先の少女に、舌打ち一つ]
……放せっ……。
[痛みを堪えつつの言葉は、咆哮にかき消されるか。
肩が自由になる感触。
動ける。
そう思った瞬間、とっさに縋りつくイレーネを強引に横へと振り払っていた。
それで、動きが止まったが故か。
直後、振るわれる銀の爪は完全に避けきれず、熱さと痛みが腹部を駆ける]
……く……はっ……。
[声は出ず、代わりに零れたのは、真紅。
二、三歩、後ろへとよろめき、その場に膝を突いた]
謝らないで、いい、からっ、
だから、いや、いやぁっ…駄目、駄目だよ…
ずっと、一緒だって。
約束…私が貴方の居場所なんだって…!
帰ってこない居場所なんて、そんなの…、そんなの必要ないじゃない…!
[もう意識はそこに小さく在るだけで、抱いてくれる事も撫でてくれることも出来ないようで。
代わりに自分が、震えながら小さな意識を包み込む。
ここにいるからと、口にしないまま伝えて。]
[どう、と仰向けに地へ倒れ。
左胸からは紅き雫が湧き出るように流れ行く]
ゲッ、アッ……ゴ、ホッ…。
[声を出そうにも喉に込み上げてくるもののせいで言葉にはならず。
ただ呻き声が響いた]
ぅ、あっく!!
[遠慮なく思い切り、振り払われ丘に叩きつけられた。
聞こえる咆哮、血の匂い。苦悶の声、そしてティルの声。
それが遠くに聞こえるほどに、表の意識が一瞬霧散した。]
…、ぅ。
ぅ…ん…、―――!!!
[ほんの数秒、消えた意識を取り戻すと、草だらけの体を起こし、倒れた主の傍らへと膝をついた。]
ユリアン、ユリアン!
ぁ、あ、ユリアンっ!!!
[銀の短剣からは血が溢れ出て。この毒を抜かなければいけないのだが、今抜けば確実に今以上の血は溢れるだろう事は理解できて。ただ今は、傷口をストールで押さえるだけ。]
ユリアン、しっかり、しっかりして―!
[呻く主の名を何度も呼びかける。]
[響く、声。
それは、いつかも聞いたもの。
その時は、自身のした事への覚悟もなく、押し潰された。
だが、今は。
心揺らされる事もなく、静かにそれを見て、聞いていた]
……ち。
さすがに……効いた……。
[勿論、動けぬ理由には、肩と、腹の傷もあるのだけれど]
[白銀の姿はいつしか元の人型へと戻っていき。
瞳を彩っていた紅い光も鳶色へと戻る]
ごほっ…!
っは……、イ、レー……ネ……。
[どうにか発した言葉は、己を上から覗き込み、傷口を押さえる愛しき者の名。
大量の失血と、銀の毒が身体に回ることにより、徐々に視界が霞んでいく。
滲むイレーネの姿。
やはり死ぬのか、と心の中で呟いた。
僅かに残る力を振り絞り、震える右手を持ち上げて、目の前の少女の頬に手を伸ばす]
[やっと追いついたけれど、その場は入り込める雰囲気ではなくて。
傷ついたエーリッヒの姿を見て、青ざめる]
エーリッヒ兄ちゃん!大丈夫!
[エーリッヒに向かって駆け寄った]
ユリアン…
いや、いやだ…
せっかく、やっと、会えたのに、
待ってたのに、ずっと、待ってたのに、ロスト様と、エウリノと、
私の、私の愛するご主人様、どうか、どうか、死なないで―――
[涙は溢れ止まらない。
頬に赤いぬめりとした感触を感じ、細い指でそれを包んだ。]
[呼びかける、声。
は、と一つ息を吐いてから、そちらを見る]
ティル……?
なんだよ、ついて、来たのか……?
危ないから、ついて来させないように……黙って出てきたのに……。
[まったく、と。
浮かべる笑みは、いつもと変わらず]
大丈夫……って、言っても、説得力は、ない、が。
どうにか、生きちゃ、いる……。
[唇の動きが止まると、辛うじて持ち上げていた右手から力が抜け、するりと地面へ落ちた。
イレーネを映していた鳶色の瞳は、もう何も*映していない*]
[聞こえない声は確かに聞こえて。
支えていた手が、ずるりと地面に落ちていく。
もう呼びかけても何の反応もなく。
いくら探しても、あの赤い世界に愛した人の欠片もない。]
あ、あ…
ユリアン、ユリアン、私…
[光の消えた瞳を覗き込んでも、優しい言葉は返ってこない。]
ああああああああああああああああああああ!!!!!!!
[酷い絶叫が唇から漏れた後、少女はかくりと肩を落とし、それっきり、*動かない。*]
……ざわめき。
ざわめき、が……
塔が崩れしは怒りによって。
なれば怒りとは何か。
黒き影は怒りであり、怒りとは黒き影でありしか。
ただ、……
[静寂が広がる宿の中、ふと、水滴のように落ちる呟き。視線を落としていたノートの空の頁に指先で触れ、なぞる。ペンを取り出してはおもむろに線を引き始め――少しずつ、細い、だが強い筆跡で文字を書き込んでいく]
うん…ごめん。出かけるの、見えちゃったから…
[そして、いつもと変わらない笑みを見ては、思わずつられて笑顔を向ける]
そ、そうだ。早く誰か呼んでこないと。兄ちゃんの治療しないと。
[そう言って駆け出そうとすれば、聞こえる悲鳴。
何が起きたかを理解して。その場を*離れるだろう*]
[人へと転じ、動きを止めた姿。
響く、絶叫。
左腕の熱が、少しずつ、鎮まるのが感じられた]
……ああ。
終わった、な。
[零れ落ちたのは、小さな小さな、*呟きだけ*]
[やがて開かれた二頁に渡って書き込まれた文字。端から端まで、殆ど隙間なく密集したそれは遠目に黒く塗り潰されたようにも見え、判読は難しかった。
最後に。その「文章」に終止符を打とうとしたペン先が、滑る。頁を外れ、テーブル上に抉るような線を引く。
じわりとペン先から滲んだインクは、黒ずんだ*血のようだった*]
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