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[夢]
[夢に食われる]
『揺藍様──揺藍姫様。あとり様がお探しですよ』
『…私だけ?』
(我が呼ばれる、はずもない)
『…行くとよい、そなたの姿が見えずご心配なのであろう』
『……でも』
『早よう顔を見せて差し上げるといい』
(我のことなど気にせず)
『…今、行くわ』
[少女は、こちらに申し訳なさそうな顔をして]
(早う、いってしまえ)
だって……。
[わらわん、と言われて。
紅緋は深く伏せられる]
……だめだから。
[そう呼ぶものは、近くに寄せては、と。
こぼれた小さな呟きは、唐突か。
だが、その意を説く術は見つからず]
左様で。
[寂し気に見える男の笑みには、声音も和らごうか]
消えたと言うが神隠しなら、心当たりはございますよ。
俺が以前に、天狗に呼ばれた子供の頃に、他にも二人同じ年頃の子がおりました。
そのうち一人は男の子。名は確か…
[はて、何と言ったかと眉を顰める]
[何が駄目なのか]
[判らずに泣きそうな顔のまま]
おらぁ……
ふうれんさまに、笑ってほしかよ
好きじゃもん……
[駄々をこねるようにか]
[小さな声で]
[泣き出しそうな声で]
―烈琥―
[「以前呼ばれた」―その言を問うのも忘れ呟くその顔は、一種人形の様であるか―]
れく―と。そう―呼んでおった―
(かあさま)
『何故』
[半狂乱のまま、泣き喚く女]
『何故揺籃なの。どうして。
どうして私のかわいい揺籃なの』
(かあさま。──泣かないで、かあさま)
『どうしてお前ではないの。どうして揺籃なの。
何故天狗などに私の可愛い揺藍を──』
『……かあ、さ──』
[紡ぎかけた言葉を遮るよな派手な音、頬には痛み]
『煩い…!』
[汚らわしいとばかりに、掴み掛かる手は何度も、何度も頬を打つ]
[ぐるぐると、ぐるぐると。
言葉が回る、意識の淵で]
……だめなのだよ。
約束、したのだもの、舞弥のにいさまと。
にいさまのほかに、風漣を、さまと呼ぶものは寄せてはだめ、と。
[なくしたから、消してしまったから。
いらぬ子に沿おうとした、やさしいこ。
誰も、同じにしてはならぬから、と。
露草色の若人と、そう、約束したのだから]
[雅詠の紡いだ名に、ああ、と頷き]
そうだ、その名。
子供心に変わった名だと、そう覚えておりましたよ。
あの頃俺には、教えてもらった字も読めず…
大事な御方でしたか?
[静かに、そう尋ねた]
[周りの誰もが静止できぬ空間であった]
[ばしり、ばしりと何度も何度も音が響いた]
『――何故、どうしてお前ではないの。
どうしてあの子なの。
必要ではないお前ではなくて、必要なあの子なの』
(…やめて)
『お前など産みたくなかったのに。
私を蹂躙した、どこの骨ともわからぬ汚らわしい男の子など』
(…やめて。やめて、母さま)
『お前など生まれてくる前に死んでしまえばよかったのに―――!』
(やめ、て───)
[微かな転寝]
[けれど唇を揺らす強い否定]
やめ、て───!
[自らの声の大きさ故に目を覚ませばぽたりと頬を伝うしずく]
[肩で大きく息を繰り返して]
[その言葉に]
[きょとん]
[首を傾げて]
やくそく?
[何故それが駄目なのか]
[それはわかるわけがなく]
ふうれんさまを、呼んではならんのけ?
なら。
おらぁ、ええと。
ふうれんって、呼ぶけ。
笑って?
[子供ながらの考えか]
[さまがだめならと]
[そう尋ね]
[浮かびし表情は悲しみと安堵―]
―ああ、大切な―
―大切な存在だった―
[烈琥が居なければ今頃自分はここにおらなかったのだと―]
[名で呼べばよいかと。
問われても、答えようはなく。
それは、なくしたものと同じ言葉で。
だから、答えられずに。
ふる、と首を振って俯くのみ。
仔うさぎ、いつか草を食むのを止めて。
なだめるよに、その足元に擦り寄るか]
……風漣は……ねいろの御霊など、みたくはないよ……。
[そのぬくもりに、心やや鎮まりてか。
間を置いて、零れたのは、掠れた呟き]
ならば、旦那がここへ来たのは、そのせいなのかもしれませんねえ。
旦那が、れくを探したなら、いや、思い起こしてでもいたのなら、鈴の音に呼ばれたとしても不思議はない。
[得心がいったという風に頷いて]
なんとなれば、あの日、俺は戻って、あの子は去った。天狗の里へと現世を逃れて。
[ぽたり]
[ぽたり、と───]
………、…っ……ぅ…
[ぽたぽたと、それは雨粒のように]
[海藍の袴の上にまあるい水跡がひとつ、ふたつ──]
[小さな声にこたえるは]
[小さな声]
[呟く言葉に首を傾げて]
みたま?
みたま……?
[首を傾げて]
[だけれどはっきりしているのは]
おらぁ、ふうれんを、悲しませるようなこと、せんよ。
絶対せんよ。
ふうれんに笑ってほしいんよ
[にこにこと]
[笑って]
じゃって、好きじゃもん
そう―かもしれぬな―
[頷き返しまつりの時を思い出さんと―しかし次の言葉に顔を上げる]
それは、本当なのか―!
[浮かびしは―困惑]
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